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妥協なき選抜

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何かの会合から戻ってきたグレンは執務室の机に乱雑に書類を投げると開口一番不機嫌そうにつぶやいた。

「やっと謎が解けたぜ畜生。」

「謎?グレン、何の話ですか一体?」

「センダルタ城の隠し通路から逃走したユグルトを暗殺したゴミクズ野郎さ。本物のブラド=センダルタ家なら拠点の一つだったセンダルタ城の隠し通路なんざ知ってて当たり前だ。」

「そんなことですか・・・」

「そんなことだと、スカーレット?あれで俺はモーゼルトの旦那の前で赤っ恥をかかされたんだ!ただでさえ返しきれねえほどの恩があるってのに、旦那に俺の尻拭いさせちまったんだぞ?アルフォンスだな・・・ぜってー忘れねえぜ。」

かつてのセンダルタ城急襲はマルトリス同盟の存亡を賭けた決戦だった。軍事貴族が軍隊を持たない自由都市の平民風情に寝首を掻かれるなど夢にも思わない、その虚を突くという作戦だ。
表向きこそユグルト伯爵領の領民蜂起だが、誰がどう見ても都市同盟の関与を疑うことだろう。つまりは絶対に失敗など許されない。
そして捕縛した後はユグルトを幽閉して傀儡化する段取りだったが、あろうことか当のユグルト伯爵を取り逃がしてしまった。方々に追手を向かわせたものの発見したのはユグルトの亡骸。隣接の領主邸に駆け込むという最悪の事態を回避しただけで、大失態だったことに変わりはない。

グレンももちろん取り逃がした場合を考慮して、それぞれ隣接領近辺にトーラスやレダムなど腕利きを事前に送り込んではいた。ただユグルト本人が殺されてしまってはグレンのかけた保険も何一つ意味をなさない。
最終的にその致命的ミスを埋め合わせたのがモーゼルトが秘密裏に仕込んでいたサブプランだ。あれが無ければとんでもないことになっていただろう。
急襲の裏で息を潜めていたブラド=センダルタの手の者に完全に出し抜かれてしまった・・・グレンはそれを思い出すたびにどうしようもなく怒りがこみ上げて来る。

「もう忘れてください、グレン。あなたはギルドマスターなんですから、私怨に惑わされることがあってはなりません。」

「あぁわかってるぜ、スカーレット。俺が今回の使節団から外されたのも旦那に葛藤を見透かされちまったからだろう。旦那はその理由を一切明かさなかったが、俺にゃあハッキリわかる。しばらく頭を冷やせってこった。旦那がそう思ってるんなら俺だってこらえて見せるさ。旦那の意志が俺の指針だ。」

グレンが使節団から外れたと聞いたスカーレットは少しばかり驚いた。だがグレンがその裁定に憤るどころか冷静に分析しているのを確認して安心する。そうなると次に気になるのはグレンの名代だ。

「ではセンダルタ城へは誰を?ガウスですか?」

「リーファだ。」

「リーファ?グレン、いくら何でも使節団の一員として当冒険者ギルドから派遣するには」

「そんなこたぁ俺もわかっちゃいるんだ」

グレンも言葉ではわかっていると言いながら、自分の頭をかいている。グレンの不自然な仕草に不穏なものを感じ取ったスカーレットが再び疑念を向けた。

「じゃあ何でリーファなんです!あなたやっぱり私怨で当てつけに走ってませんか?」

「バカ言うなよスカーレット!俺だってガウスを推したんだが、ほかならぬ旦那がリーファを出すって言ったんだ。そこにどんな意図があんのか知らねーが旦那の言うことだ、当然俺も二つ返事で承ったよ。」

「おバカ!そこはむしろモーゼルト議長のお考えを確認すべきでしょ?そんな場所に行かされるリーファに何もアドバイスできないじゃない!」

「スカーレット、俺をバカ呼ばわりすんのはやめろ!誰からもホメてもらえなくなったオジさんのハートはお前が想像するよりもはるかに脆いんだぜ。」

机をバンと叩いて立ち上がったスカーレットの剣幕に気圧されたグレンは何だか情けないことを口走り始めた。おそらくグレンだってモーゼルトから申し渡された内容に少なからず困惑したに違いないはずなのだ。あのグレンでさえこうなる、まして自分なら頭が真っ白になっていたに違いない。こんなことでグレンを責めるのはお門違いだとスカーレットも反省する。

「情けないこと言わないでください、グレン。このどうしようもなく腐敗堕落していた冒険者ギルドを帝国でも有数の精強ギルドに作り変えた立役者なんですから。私もあまりに言葉が過ぎました。」

「お・・・おう。まさかスカーレットからそんな優しい言葉を聞けるなんて思いもしなかったぜ・・・。」

「な!何なんですか?・・・もうさっさと仕事してください。」

西方審問騎士団の侵攻を冒険者総出で退けたのだが、そのおかげで冒険者ギルドには山のように業務が積み上がっている。いつもは元気なライナも今は目を血走らせながら書類の山をやっつけにかかっているので、グレンとスカーレットに絡む余裕すら無い。おかげで今日も残業だ。

何にしてもそんな猫の手も借りたい状況でギルドマスターを王城へ派遣する余裕などハナから存在するわけねーだろと心の中でライナが毒づいたのは誰も知らない。

***

「単に服装が普段と違うだけなんだがなぁ・・・心なしかスアレスが頭良さげに見える。」

「俺が頭脳明晰なばかりにすまないマイク。」

スアレスのパーティーが着用しているのは市当局職員の制服だ。まぁ私がクラウスにセンダルタ城に行くように頼まれたんだけど、条件としてスアレスたちも連れていきたいってお願いしたんだ。

あとは忘れちゃいけない、ミハイルの特赦もね。「リーファくんに頼まれてしまっては断れないね。」とか笑ってたけど大丈夫だろう。ニコから事情を聞かされてビックリしたけど二十三人会は結構な障害で、クラウスでも手こずる案件になるらしい。でもできない約束をするタイプじゃないからなぁ。

「リーファ、連れて行くのはリアンだけで良いんじゃないか?」

「そうなるともれなくシンディーも留守番になります。」

「いやいや、天才軍師シンディーちゃんを残して行く選択肢はないってリーファ。ここはいつもみたくアホ面下げて呑気にとち狂ってる場合じゃないぞ。」

「今のでさらにお前を切りたくなったよ。ティナはどう思う?」

「シンディーを連れて行くと話がややこしくなると思うんだよ。大正解だねリーファ。」

「違う違う、そこで結託すんなし。絶対後悔するから。」

「今回はついて来ても楽しいことなんて無いんじゃないかな?けっこう退屈だと思うけどいいのか、シンディー?」

「思慮深いシンディーちゃんを落ち着きの無い子供のごとく扱うのは良くない。遺憾の意を表明します。」

「シンディーはマリンとロミアに会いたいだけなんだよ、リーファ。」

「そうなの軍師さま?」

子供扱いするなと言うので皮肉たっぷりにシンディーを敢えて軍師さまと呼んだ。するとにわか軍師さまがさっそくありがたい策をリーファに授ける。

「えーと・・・、ここは落ち込んだマルティナのためにも道化のティナをグラムスに残して行くことにしよう。」

「都合が悪いからってマルティナを言い訳に使うんじゃない。そもそもリアンがいるので軍師枠は既に埋まってる。というわけで、軍師さまは新たな士官先を探してください。」

「そんなぁ、連れて行けよリーファ。役に立ってみせるからさぁ。」
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