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城壁の伏兵

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「リーファのヤツ、本当に一人で大丈夫なのかよ?今さら自分で言うのも当たり前すぎて恥ずかしいけど、アタシって何だかんだ頼りになるじゃん?今までの信頼と実績ってヤツ?やっぱアタシがついてねぇとさぁ・・・」

シンディーが城壁の上から西方審問騎士団の方をぼんやりと眺めながらつぶやく。たまたまつぶやきが聞こえた下の冒険者がこいつスーパーポジティブだなぁと、シンディーに生温かい目を向けた。すると、隣にいたリアンが律儀に応答する。

「仕方あるまいよ、シンディー。わざと敵の注意を一身に集めることで被害を極限しているのだ。更にそのおかげで我々も自由に動けている。心配せずともリーファは必ず上手くやってくれよう。」

「ターゲット一人で動いた方が敵も油断するし、そうなりゃ市外に分断された本隊もわざわざ力ずくで制圧に乗り出してくることもないとか言ってたけどさぁ・・・。まぁね、そりゃアタシも言ってるこたぁわからなくはねーよ?でもさぁ、大体にしてニコもリーファに無茶させすぎじゃねーの?」

<ポンッ!>

「ゴチャゴチャうるせぇの。リーファさまを三下ごときが心配するなんて不敬にもほどがあるの。」

退屈を持て余すかのようにボヤくシンディーを罵倒する声の主は何と妖精だった。ダンジョンコアの力を流用して妖精の姿で具現したハニービー、ロードチャンセラーだ。
どうも退屈していたのはシンディーだけではなかったらしい。城壁監視台にはシンディーとリアンしかいないのをいいことに姿を見せたのだ。

「おい、気のせいか?シンディーちゃんの尊いお耳に三下なんてあり得べからざる言葉が聞こえたんだが。まさかとは思うけどシンディーちゃんに申し上げ奉ったんじゃないよなぁ?」

「自分のこと「ちゃん」付けとか頭おかしいの。このロードチャンセラーが直々にお前を三下と呼んでやるの。小躍りしながら拝命すると良いの。」

「リアン、ハエたたき持ってないか?」

「・・・すまない、どうやら持ち合わせていないようだ。」

「ハエたたきなんて騎士団相手に通じるわけないの。ふぅ~これだから三下は・・・。優秀なロードチャンセラーがちゃ~んと命令してやるから、石畳がツルツルピカピカになるまで額をこすりつけて感謝するといいの。」

「毒ばかり吐く毒虫を叩き落とすにゃ丁度いいだろう?」

「ん?毒虫なんてどこにもいないの。」

「いるじゃねぇか、ほれ。」

ニヤつくシンディーがロードチャンセラーを指さす。

「?」

まさか自分のことではあるまいと妖精が虚空を右にスライドすると、その指が追尾して来た。

「!?」

得てして偶然というものは自らの想像以上に起こり得るもの、やれやれとかぶりを振る妖精が今度は左にスライド移動する。

「!!!」

やはりその指は自分を追尾しているではないか!

「んな!不届きなの!リーファさまの下僕じゃなければ秒で成敗しているところなの。フルボッコり~の!」

「下僕じゃねぇわ!」

「もういっそのこと、三下は今すぐ騎士団に仲間入りしてくるといいの。そうなりゃ心置きなく成敗できるの。ダッシュなの!」

「バトラーもチェンバレンもマトモなヤツらだったのに、何でリーファはこんな残念極まりないスットコドッコイをアタシによこしたんだ?」

何となく互いに波長が似ているからではないだろうかという言葉をリアンは飲み込む。言えばもっとややこしいことになりかねない。

「う~む・・・さて?」

碩学せきがくリアンをもってしてもわからねぇか・・・世の中不条理だなぁ。」

「心外なの~!」

<ズドンッ!>

辺りが強烈に眩しく光ると間髪入れず腹に響くような重い圧の爆音が轟いた。ひそかに城壁上部に布陣する冒険者たちに衝撃が走る。

「何だ今の爆発は!」

「強烈だったな・・・ラファリアン広場の辺りからだ!」

「見ろ、西方審問騎士団が動き出したぞ!」

兵士たちは目の色を変えて駆け出しては、みるみるうちに陣形を組んで行くではないか。今から何をするつもりなのかわからない方がおかしいと言えるほどに、事態は緊迫の度を高めて行く。

「何ぃっ?そうか・・・今のは何らかの合図だ!攻撃が来るぞーっ、直ちに戦闘態勢に移行しろーっ!」

こういった事態も予期していたはずの冒険者たちが浮足立っている一方で、西方審問騎士団はまるで約束事のように整然と戦闘態勢を整えて行く。残存部隊を束ねるバルトロメオの部下がグラムスへ向けて豪壮な気勢を上げた。

「あれは紛れもなく聖戦の御徴!神の敵となりしグラムスを討ち滅ぼせー!」

「「「オオォォォーッ」」」

西方審問騎士団の方に目をやると部隊が2つに別れている。おそらく第一陣はシールドブレイカー、第二陣はバルクヘッドペネトレイターだ。
対艦戦闘で用いられて来た戦闘法が攻城戦に応用されているのが名称の由来となる。第一陣で防御魔術を相殺し、間髪入れず本命のペネトレイターで隔壁ごと敵兵をぶち抜くというのだ。
たとえどれほど優秀な魔術師であっても瞬間的に新たな防壁を再構築するなどできはしない。ましてあの規模ではグラムスの冒険者たちはシールドブレイカーさえ無力化することは困難と言える。

「何だよアレ?あ・・・あんなの・・・無理だろ?」

「あんな馬鹿げた規模で連結魔術攻撃されたんじゃ城壁なんてひとたまりもないぞ?」

「冗談じゃないわ・・・こ、こんなの私聞いてないわよ」

「バッキャロー・・・こんなの国家レベルの戦争じゃねぇか。こっちにゃ魔術師なんて60人もいねーんだぞ!」

騎士しか見当たらないので、のっけからこんな勝ち目のない魔術の応酬をするハメになるとはかけらも思っていなかった冒険者たちが一斉に泣き言を言っている。
世の中には確かに魔術を使う騎士もいるにはいるが、大規模連結魔術に組み入れられるような練度の騎士などそうはいない。
にも関わらず、西方審問騎士団は全員参加で大規模連結魔術を行使しようとしているではないか。その威力たるやユグルトの偽海賊が放ったものなど比較対象にもなるまい。
西方審問騎士団は全員が魔術師であると同時に白兵戦もこなす。おそらく魔術専門・白兵戦専門に分けた方がそれぞれにおいて練度は高くなるだろう。つまりは用兵思想が正規軍と全く異なるということの表れと言える。

「落ち着けーお前らー!」

「これが落ち着いていられるかーっグレン!」

「ざっけんな!こんなの下手すりゃ城壁ごと蒸発させられっちまうぜ?」

「大丈夫だ腰抜け野郎ども、西方審問騎士団の魔術攻撃なんざ屁でもねえ!今まで秘密にしてきたが、こっちにゃあとんでもねえ助っ人連中がついてる。四の五の言ってる暇があったらお前らも詠唱を始めろ!」

「グレーンっ!!テメェそれがハッタリだったら地獄まで追いかけてって、ぜってーぶちのめしてやっからな?覚えてろよ!」

冗談じゃねえ、俺がハッタリかますのは敵との駆け引きとギャンブルの時だけだ。ロクな勝算もねーのにお前らを死地に送るなんざ、俺ぁ死んでも御免だぜ。

「知るか!ってか何で俺が地獄に落ちること前提なんだよ?死にたくなけりゃあ全力で生き残れっ!」

城壁の上部に布陣する冒険者たちを更に上から見下ろす形のシンディーたちは当然ながら防御術式の編成には組み入れられていない。彼女らには他の役割があるため、その機をうかがっていた。

「あっちゃー、ありゃ本当にミハイルの言うとおりなんだなぁ。冗談かと思ってたけど、本当に騎士だけで大規模連結魔術をぶっ放す気だ。」

「ふむ、同じ人数なら魔術師部隊の方が高出力だろう。ただあれだけの人数を揃えて来るとなると、もはや騎士だろうが魔術師だろうが誤差にしか感じないだろうな。いずれにせよ馬鹿げた威力だ。」

「ふふふ、目に焼き付けるといいの。ロードチャンセラーが力でこの地上にリーファさまの千年王国を築く時が来たの!瞠目するといいの!」

何やら自信たっぷりな妖精が両手を天に広げて勝ち誇る。どこかで見たのだろうか、その所作は妙に芝居がかっているのが憎たらしい。いや・・・ってか、まだ何も始まってませんが?
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