幻術士って何ですか?〜世界で唯一の激レアスキルでのし上がります〜

犬尾猫目

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現実逃避の代償

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「マルティナ、元気そうで何より。」

「えぇ、ありがとうミハイル。あなたも吟遊詩人として成功しているようね。まるで自分のことのように嬉しいわ。」

「君が見に来てくれるなんて僕も嬉しいよ。話したいこともいっぱいあるんだ、食事でもどうだい?」

「でも・・・」

「え?行きなよマルテ。」

ミハイルは知り合いのようだが、マルティナはあまり乗り気じゃない様子だ。思いがけず到来したチャンスを逃す手は無いとばかりにティナがミハイルに加勢する。

「お友達かい?君たちもご一緒にどうだろう、僕がごちそうするよ。」

「私たちまでなんてお邪魔じゃないんですかぁ?」

「マルティナのお友達なら歓迎するよ。」

ティナも恐ろしい女だ。恐らくこの展開を見越してミハイルに荷担したに違いない。
まぁ私もこんな人と話す機会は滅多に無いだろう。興奮冷めやらぬ私はマルティナたちをそっちのけで演劇の話で盛り上がってしまった。

「演劇の幕間の歌、スゴかったよ。」

「あぁ、幕間こそが僕にとって唯一の見せ場だからね。登場人物の情念や置かれた状況の不条理を歌い手として紡ぎ、当初は互いに孤立した異物にすぎない観客と演者を陶酔の内に溶け込ませるんだ。」

「へぇー、何だかさっぱりわからないや。でもすっごく面白かった!マリアはとにかくカッコいいし、しゃべるだって笑える失敗を重ねても最後は功を奏するなんて」

ミハイルが目を見開く。その変化に気づいたのはティナだけだった。

「しゃべるコボルトを気に入っているのかい?」

「え?いや、しゃべるコボルトはとんでもないヤツだった」

「ちょっリーファ、コボルトじゃなくてゴブリンだよ。もう、やだなぁ。」

「ん?・・・あっ!あぁ・・・、いきなり何口走ってんだろ私。」

ティナに指摘されるまで言い間違いにまったく気づかなかった。よりにもよって何でセイジロウのこと口を滑らせてんだ私?しかも何のためらいも生じさせず自然に聞き出されてしまった。

「しゃべるコボルトが本当にいたらすごいと思わないかい?」

「え?そ・・・、そんなのいるわけ無いよ。どうして私の言い間違いが気になるの?」

「うーん、僕は吟遊詩人だからねぇ。伝説上の存在や、あり得ない存在こそインスピレーションの源泉なんだろうなぁ。あの演劇の筋書きも僕が書いているしね。」

「そうなの?」

「ふふふ、僕は生きている間に自分の作品をもっと生み出したいと思ってるんだ。だから知っているならどんなことでも良い、是非教えてもらいたいんだよ。」

「う・・・ん。」

私は言葉を詰まらせてしまった。こういうのは本当に苦手なんだよ。これじゃあ本当に隠し立てしているように見えてしまうじゃないか。

「君・・・本当はしゃべるコボルトに会ったことがあるんじゃないのかい?」

「ま・・・まさか。」

「・・・」

ティナと揃って絶句する。私は目をそらすので精一杯だった。

「やめてミハイル。リーファもティナも困っているじゃない。」

「・・・あはは、ゴメンよ。創作に関することになると周りが見えなくなるのは僕の悪いクセだね。散々周囲から注意されてるのにまたやってしまったよ。」

「まったく・・・。」

ナイスだよマルティナ。今のうちに話題を切り替えてしまわないと。・・・そうだ、当初の目的を忘れていた!

「ねぇ、二人はどういう関係なの?」

「その話詳しくっ!!」

「・・・ただの幼なじみよ。ティナが期待するような話なんて無いわ。」

「僕たち久しぶりに会ったのにマルティナはつれないなぁ。」

「そう、それは悪かったわね。」

話を逸らせたのは良いとして何だろう、マルティナも久しぶりに会った割には話が弾まないんだなぁ。わざわざ講演を見に来るくらいだから嫌っているわけではないはずじゃぁ・・・。

「何故僕に消息を伝えてくれなかったんだい?君の実家の酒場が無くなっていたのを見て以来、ずっと君を探していたんだ。」

「あら、勝手なのね。」

「えっ!それはどういうことだい?」

「私は所詮、片田舎の酒場の娘に過ぎないわ。そう・・・それこそどこにでもいるような。」

「うん?君はたしかに片田舎の酒場の娘だけど・・・それは僕も知っているよマルティナ。」

「くっ!・・・売れっ子吟遊詩人のあなたはさぞや各地の女の子からおモテになるのでしょうね。」

マルティナの声に怒気が込められたような・・・。そうだ、私はこのおいしいケーキを楽しむことにしよう。いやぁ、本当にイケる。良い店だなココ。ふふふ、お土産に何か買って行こうかなぁ。

「まぁ話しかけられることは多いけど・・・それって不思議なことかなぁ・・・」

<ピシッ>

何かがヒビ割れるような音が聞こえた気がした。まるでそれが合図であるかのように、マルティナの声から感情が消え去る。

「まぁまぁ、そうですかグラドノフさん。あなたの中ではこの私も有象無象の一人に過ぎないのでしょう。」

「え?何で君はさっきからそんなによそよそしいんだい?昔みたいに僕をミーシャと呼んではくれないのかい?」

「あら、そうですか。ですがあなたさまを取り巻く女の子たちが恐ろしくてそんなことできませんわ。」

実際に記念会堂の隣にある飲食店に入店するそれだけのために結構な時間がかかった。それというのも詰め掛けた女の子たちに囲まれたからだ。この飲食店に入ってからも剣呑な視線があちこちから刺さってくるのを感じる。

「もしかして怒っている?僕は何か不快なことを言ってしまったんだね。」

「いいえ、心当たりが無いとおっしゃるのなら何も悪いことなど無いのでしょう。えぇそうでしょうとも。ごちそうさまでした、ごきげんようグラドノフさま。」

「え・・・えぇーっ!帰るのマルテ?待ってー置いてかないでー!」

能天気にブドウのジュースを味わっていたティナが仰天する。名残惜しそうながらもマルティナを追った。

「僕はまた何か神経を逆撫でするようなことを言ってしまったんだろうか?」

何じゃぁこの修羅場はぁっ!?

果物のコンフィが乗ったケーキに気を取られている間に、すっかり私だけ取り残されてしまった・・・。そうだ!ボヤボヤしてる場合じゃねぇ、とっとと私もトンズラしないと・・・

もぐもぐゴクンとリーファは口の中身を超特急で胃にぶち込む。もはや味などどうでも良い、咀嚼する時間さえもったいなく感じた。

「・・・さぁ?あの、私もここで」

「ねぇ君!」

「は・・・はいっ?」

捕まっちった・・・。よく考えりゃ幻術でミハイルの意識の範囲外のまま、すぅーっとフェードアウトすりゃ良かったんだ。しくじったー!

何をわざわざ声をかけとるんじゃい?声かけんで良かったじゃろがい?

「マルティナはこの街に居住しているんだろう?」

「えぇ、まぁ・・・」
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