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説得工作
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「ねぇ、いいでしょマルテー?やろうよー、ねぇってばー?」
「そもそも私だけで決めていい話じゃないし・・・。エルマとニコが良いって言うなら賛成してもいいわ。」
マルテの後押しさえあればエルニコなんて何てことないっしょ。楽勝すぎて笑いがとまらないよ。
「ならマルテは賛成してくれたって言っても良いよね!よーしそれなら説得も加速するんだよ。」
「それはフェアじゃないわ、ティナ。順序が逆だもの。」
「えぇー?・・・ケチ。」
「何か言ったかしら?」
最後に小声でささやいた言葉にマルティナが反応する。マルティナの表情こそにこやかだが、彼女の纏う空気に穏やかならざるものをティナは敏感に感じとった。
「な・・・何にも言ってないんだよ。うふふ、やだなぁもー。」
マルテってばこういう時だけ地獄耳なんだから。まぁ、エルマも話せばわかってくれるよね。
さっそくティナは厨房に向かい、エルマを見つけた。
「エルマ、ちょっと時間いい?」
「ん?どこかから声が聞こえる。」
呼びかけに振り向いたエルマは目線の高さで辺りを見回すとわざとらしく首を傾げる。その側には怒りで身体をプルプル震わせているチビッ子がいた。
「ここだよエルマ。わかってるくせに・・・毎回このくだり要らないんだよ。」
「はは、冗談だよ。で、私に用って?」
「ウチでお菓子のお店もやろうよ。」
「はぁ?マルティナには話通してんのか?」
「うん。マルテにはもう話してるよ。」
「マルティナは何て言ってんだ?」
「マルテは賛成してもいいって。」
「ん?してもいいって・・・それ何か条件が付いてるだろ?」
ギクッ!
マルテ自身の発言を都合の良い部分だけ切り取って伝えれば誤魔化せるって思ったのに・・・意外にエルマも鋭い。私の提案に対する反応が薄いところを見ると、エルマってばそれほど乗り気でもないみたいだし。
まだマルテの承諾を得ていないって事実は伏せたままエルマの賛同を得ないと。
「えーっとー・・・えへへ」
「えへへじゃねぇわバカタレ!言えコンニャロ」
「うぎゃあ!わかったから放してエルマー!」
エルマに拳でこめかみをグリグリされたティナはたまらず洗いざらい白状した。姑息にも隠し立てをしようとしたことがまるっと露見したともなれば、エルマの賛同が得られなかったことは言うまでもない。
開始から10分そこそこで既に精神と肉体はボロボロだが、ここで諦めるわけには行かない。ティナはフラフラと執務室へと歩みを進める。午後は商業ギルドから戻ってきたニコが執務室で経営実務に携わっているはずだ。
エルマの説伏こそ失敗したが、せめてニコだけでも賛同を得られればマルテの心証もかなり良くなるだろう。ニコはまだまだ子供なので上手く口車に乗せてしまえば賛同を得るのも容易いはずだと高をくくる。
気を取り直してティナは執務室の扉を開けた。
「ニコ、ちょっと話があ」
「これが終わったら心ゆくまでリーファ姉さんに甘えるつもりなんで、邪魔しないでください。」
超絶食い気味にニコの即答が返って来る。概念すら未だ発達していないにもかかわらず、音速というものを感じたような気がした。
こんなことで怯む私じゃないんだよ。歳の差というアドバンテージを活用して、包容力でニコを陣営に取り込んじゃおう。
「そんなのここにティナお姉さんがいるんだよ、ニコ。おいで!」
「結構なんで。」
「結構?何で?」
腕を広げて受け入れ態勢が整っていたティナはワケもわからず素っ頓狂な声を上げる。目の前にニコがいるにも関わらず、まるで架橋できない断絶が目の前に横たわっているかのようだ。
「昨日今日あったばかりのティナでは私の心の渇きを癒すことなどできないのです。」
「ちぇー、一番年下で可愛いかと思えばニコったら全然私になついてくれないんだよー。でも甘いお菓子にはニコも興味あるよね?ウチで作ろうよぅ。」
「ダメです。」
「えぇぇー!一番チョロいと思ってたのにー!なんで~?」
チョロいの一言にニコはわずかながらムッとした表情をする。しかしティナはまるでそれに気づくことなく、食い下がる気満々だった。
「ティナだって砂糖がどれだけ高価なものか知らないわけじゃないでしょう。」
「絶対飛ぶように売れるよー。」
「売れません。そんな高価なお菓子をいったいどこの誰が買ってくれるんですか?余らせた上に大赤字になるのがオチです。」
「余っても私が責任もって食べるよ。」
「あなた最初からそれが目的でしょう。それにウチの誰がお菓子を作れるんです?」
「それはエルマがいつもみたいに再現してくれるはずなんだよ。」
犬耳のエルマは味覚と嗅覚が鋭く、食べた料理の材料を分析して製法までこぎつけるというちょっとした特技を持っている。念入りに時間をかけてマルティナと荒削りな部分を調整し、新たなアレンジを加えて行くのがヌイユ・エトランゼの強みになっていた。
「結局、エルマまかせじゃないですか。エルマは何て言ってるんです?」
「いやぁ・・・そのぉ・・・」
「じゃあダメです。反対します。」
***
プリプリ怒りながら経緯を説明するティナをリーファは果てしなく遠い目で見つめる。
おそらくティナは交渉を任せちゃいけないタイプだ。見事に相手の不信感を買うとともに、ケチだのチョロいだのちょいちょい失礼なことぶっ込んで行くあたりは特に・・・。暇そうに見えて決して暇ではないが、トマソンに頼み込んで交渉術でも鍛えてもらうか?
「私の話聞いてる、リーファ?何かさっきから石像みたいなんだよ。」
「え?あぁ、ちょっと考え事してた。でも事情はわかったよ。」
「ねーひどいでしょー?リーファの感じている義憤が私にもビンビン伝わってくるんだよー」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、まぁ行きますか。」
何はともあれ自分まで余計なことに巻き込まれないように軽やかにティナをかわしつつも、ティナとともにリーファは外に出かけるマルティナの姿を追う。
15番区を抜け、メインストリートに入ってから程なくしてマルティナに近づく一人の男の姿が見えた。
「あっ、さっそく男が来たんだよ。」
「何を話してるんだ?もうちょい近づこう。」
さらに距離を詰めようと物陰から姿を出そうとするリーファをティナが手で制した。
「ちっち・・・尾行するには対象との距離も大事なんだよリーファ。近づきすぎて見つかっちゃ意味が無いからね。」
「でも話してる内容がわからなきゃ、ただ追いかけてるだけになっちゃうんじゃないの?」
「尾行のプロは対象の口元の動きから会話の内容を読み取ることが」
「できるのっ?ティナすごーい!」
「いや、私はできないんだけどね。」
<ガラガラゴトン>
派手にズッコケたおかげで身を隠すのに利用していた木箱の山を崩してしまった。
「ちょっとリーファ、見つかっちゃうってば。」
「ご・・・ごめん。」
「そもそも私だけで決めていい話じゃないし・・・。エルマとニコが良いって言うなら賛成してもいいわ。」
マルテの後押しさえあればエルニコなんて何てことないっしょ。楽勝すぎて笑いがとまらないよ。
「ならマルテは賛成してくれたって言っても良いよね!よーしそれなら説得も加速するんだよ。」
「それはフェアじゃないわ、ティナ。順序が逆だもの。」
「えぇー?・・・ケチ。」
「何か言ったかしら?」
最後に小声でささやいた言葉にマルティナが反応する。マルティナの表情こそにこやかだが、彼女の纏う空気に穏やかならざるものをティナは敏感に感じとった。
「な・・・何にも言ってないんだよ。うふふ、やだなぁもー。」
マルテってばこういう時だけ地獄耳なんだから。まぁ、エルマも話せばわかってくれるよね。
さっそくティナは厨房に向かい、エルマを見つけた。
「エルマ、ちょっと時間いい?」
「ん?どこかから声が聞こえる。」
呼びかけに振り向いたエルマは目線の高さで辺りを見回すとわざとらしく首を傾げる。その側には怒りで身体をプルプル震わせているチビッ子がいた。
「ここだよエルマ。わかってるくせに・・・毎回このくだり要らないんだよ。」
「はは、冗談だよ。で、私に用って?」
「ウチでお菓子のお店もやろうよ。」
「はぁ?マルティナには話通してんのか?」
「うん。マルテにはもう話してるよ。」
「マルティナは何て言ってんだ?」
「マルテは賛成してもいいって。」
「ん?してもいいって・・・それ何か条件が付いてるだろ?」
ギクッ!
マルテ自身の発言を都合の良い部分だけ切り取って伝えれば誤魔化せるって思ったのに・・・意外にエルマも鋭い。私の提案に対する反応が薄いところを見ると、エルマってばそれほど乗り気でもないみたいだし。
まだマルテの承諾を得ていないって事実は伏せたままエルマの賛同を得ないと。
「えーっとー・・・えへへ」
「えへへじゃねぇわバカタレ!言えコンニャロ」
「うぎゃあ!わかったから放してエルマー!」
エルマに拳でこめかみをグリグリされたティナはたまらず洗いざらい白状した。姑息にも隠し立てをしようとしたことがまるっと露見したともなれば、エルマの賛同が得られなかったことは言うまでもない。
開始から10分そこそこで既に精神と肉体はボロボロだが、ここで諦めるわけには行かない。ティナはフラフラと執務室へと歩みを進める。午後は商業ギルドから戻ってきたニコが執務室で経営実務に携わっているはずだ。
エルマの説伏こそ失敗したが、せめてニコだけでも賛同を得られればマルテの心証もかなり良くなるだろう。ニコはまだまだ子供なので上手く口車に乗せてしまえば賛同を得るのも容易いはずだと高をくくる。
気を取り直してティナは執務室の扉を開けた。
「ニコ、ちょっと話があ」
「これが終わったら心ゆくまでリーファ姉さんに甘えるつもりなんで、邪魔しないでください。」
超絶食い気味にニコの即答が返って来る。概念すら未だ発達していないにもかかわらず、音速というものを感じたような気がした。
こんなことで怯む私じゃないんだよ。歳の差というアドバンテージを活用して、包容力でニコを陣営に取り込んじゃおう。
「そんなのここにティナお姉さんがいるんだよ、ニコ。おいで!」
「結構なんで。」
「結構?何で?」
腕を広げて受け入れ態勢が整っていたティナはワケもわからず素っ頓狂な声を上げる。目の前にニコがいるにも関わらず、まるで架橋できない断絶が目の前に横たわっているかのようだ。
「昨日今日あったばかりのティナでは私の心の渇きを癒すことなどできないのです。」
「ちぇー、一番年下で可愛いかと思えばニコったら全然私になついてくれないんだよー。でも甘いお菓子にはニコも興味あるよね?ウチで作ろうよぅ。」
「ダメです。」
「えぇぇー!一番チョロいと思ってたのにー!なんで~?」
チョロいの一言にニコはわずかながらムッとした表情をする。しかしティナはまるでそれに気づくことなく、食い下がる気満々だった。
「ティナだって砂糖がどれだけ高価なものか知らないわけじゃないでしょう。」
「絶対飛ぶように売れるよー。」
「売れません。そんな高価なお菓子をいったいどこの誰が買ってくれるんですか?余らせた上に大赤字になるのがオチです。」
「余っても私が責任もって食べるよ。」
「あなた最初からそれが目的でしょう。それにウチの誰がお菓子を作れるんです?」
「それはエルマがいつもみたいに再現してくれるはずなんだよ。」
犬耳のエルマは味覚と嗅覚が鋭く、食べた料理の材料を分析して製法までこぎつけるというちょっとした特技を持っている。念入りに時間をかけてマルティナと荒削りな部分を調整し、新たなアレンジを加えて行くのがヌイユ・エトランゼの強みになっていた。
「結局、エルマまかせじゃないですか。エルマは何て言ってるんです?」
「いやぁ・・・そのぉ・・・」
「じゃあダメです。反対します。」
***
プリプリ怒りながら経緯を説明するティナをリーファは果てしなく遠い目で見つめる。
おそらくティナは交渉を任せちゃいけないタイプだ。見事に相手の不信感を買うとともに、ケチだのチョロいだのちょいちょい失礼なことぶっ込んで行くあたりは特に・・・。暇そうに見えて決して暇ではないが、トマソンに頼み込んで交渉術でも鍛えてもらうか?
「私の話聞いてる、リーファ?何かさっきから石像みたいなんだよ。」
「え?あぁ、ちょっと考え事してた。でも事情はわかったよ。」
「ねーひどいでしょー?リーファの感じている義憤が私にもビンビン伝わってくるんだよー」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、まぁ行きますか。」
何はともあれ自分まで余計なことに巻き込まれないように軽やかにティナをかわしつつも、ティナとともにリーファは外に出かけるマルティナの姿を追う。
15番区を抜け、メインストリートに入ってから程なくしてマルティナに近づく一人の男の姿が見えた。
「あっ、さっそく男が来たんだよ。」
「何を話してるんだ?もうちょい近づこう。」
さらに距離を詰めようと物陰から姿を出そうとするリーファをティナが手で制した。
「ちっち・・・尾行するには対象との距離も大事なんだよリーファ。近づきすぎて見つかっちゃ意味が無いからね。」
「でも話してる内容がわからなきゃ、ただ追いかけてるだけになっちゃうんじゃないの?」
「尾行のプロは対象の口元の動きから会話の内容を読み取ることが」
「できるのっ?ティナすごーい!」
「いや、私はできないんだけどね。」
<ガラガラゴトン>
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