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商業ギルド
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「はい、書類に問題はございません。うけたまわりました。」
「ふぅ、字は読めるけど書いたことは無かったよ。いやぁ、これだけでもどっと疲れた。自分の名前を書くだけでも一苦労だ。」
冒険者ギルドでは字が書けない人のために文字スタンプがあったのに、商業ギルドには無いんだなぁ。そもそも代書・代読すら無いってことは、最初から求められる能力水準が高いのだろう。お馬鹿さまはお引き取り願いますってこと?
「そうか、読み書き・・・計算っ!おいリーファ、お前帳簿はつけているのか?」
「あぁ、うちはマルティナっていう子が担当している。」
「良かった。商売の基本のキだからな。でもこれからはお前にもしっかり勉強してもらうぞ。」
「え、えへへへ。マルティナにまかせようかなぁ。」
「馬鹿を言うな!経営者だろうが。そこまで自分でしっかりと面倒を見るんだ!ワシも協力してやるから中途半端は許さん。絶対にイヤとは言わせんぞ。」
「は・・・、はい。わかりました。」
あれ?調子狂うなぁ、今までで一番の迫力じゃないか。まるでトマソンに頭が上がらない。こんなはずじゃぁなかったんだけどなぁ。
「あまり気は進まないが、あの方にも会わせておくか。おい、ギルドマスターにアポを取ってくれないか?」
「かしこまりましたボーネランド様。ちょうど今、スケジュールが空いておりますので確認して参ります。お待ちください。」
「あぁ、頼む。」
ワシとて会う前に心の準備がしたいのに、今日に限ってこんなに早いのか。だが今を逃すと数日後になるかもしれん、仕方ない。
「ん?用も済んだのに、帰らないのか?」
「まぁ待て、リーファ。商売人としてやって行くために顔を売っておかねばならん相手というものはいるのだ。商人の世間はお前が考えている以上に狭いのだよ。」
「へぇー、そんなものなのかぁ。」
「ボーネランド様、お待たせいたしました。ご案内いたします。」
私たちはギルド職員に応接室と呼ばれる広い部屋へと案内された。しかしここにあるもの全て値段の高そうなものばかりだ。コソ泥や置き引きをしていた頃だったら意地でも手に入れようとしただろうに。
「何か高級感あふれる調度品ばかりだなぁ。いくらするんだ?」
「あまり人前でそういうことを軽々しく口にするもんじゃぁないぞ。これが取引の場なら、経験が浅い者ほどカモにされてしまう。」
「その口ぶりだと、経験次第で結果が変わるのか?」
「そうだ。場数を踏んでいる者は相手をダマすために、あえてそのようなことを言ったりもするのだ。互いに相手の腹を読むのは交渉の醍醐味よ。」
ダマし合いは商売人にはつきものってことか。それはそれで窃盗とは異なるスリルがあるのだろう。合法的に繰り広げられる利益の窃盗と言えるのかもしれない。
なるほど、商売の神様が盗人の神様でもあるというのはそういうことか。
「ほう、お前も私の言いつけは守っておるようではないか。」
「お、お義父さん。いらっしゃるのでしたら、おっしゃってくださいよ。」
「悪いな。普段は顔を見せないお前が、今日は誰かを連れて来ていると聞いて様子をうかがっておったのだ。で、このお嬢さんたちは?」
白髪の老紳士然とした男とリーファの目があった。いつもは尊大なトマソンの恐縮具合から見て、かなり地位のある男であることがわかる。
「15番区で新たに料理屋を始めた者でして、今日はギルド加盟に参った次第です。」
「リーファ=クルーンだ。」
「ニコ=ボーシャです。」
「おお、君たちは今日から我々の仲間ということか。自己紹介が遅れてすまないね。私はクラウス=モーゼルトだ、ここのギルドマスターを務めている。一つよろしく頼むよ。」
「こちらこそよろしく。」
何だろう、クラウスが私を見て笑っているぞ。おかしいことしたかなぁ?
「そうか、君がリーファ君か。どうも孫がずいぶんと世話になったようだね。」
「お義父さん、何故ご存知なのです?」
そうか、トマソンの親父ってことはガノフはクラウスの孫だったか。かわいい孫をはるか遠くにぶっ飛ばしてやったのを怒っているんじゃないのか?
「ひょっとして怒ってる?」
「はっはっは、怒ってなどおらんよ。ガノフのワガママっぷりは私の耳にも届いていたからね。むしろ鈴を付けてくれる者が現れるのを待ってたくらいだ。ガノフも修行を積んで立派になって帰ってくるだろう。」
「ふぅ、よかった。」
「母親のナタリーが亡くなって寂しいのはわかる。だが早い段階で甘えるのを卒業させた方が、ガノフのためなんだ。これは本来ならば親の仕事だよ、トマソン。」
「このトマソン、痛感しております。」
「さて、リーファ君とニコ君だったね。トマソンも迷惑をかけたようだし、私も君たちの力になろうじゃないか。困っていることがあったら何なりと相談してくれ。とは言っても、15番区だったら困ることだらけだろう。よくあの場所に店を出したね。」
「まぁ、商売のために作った店じゃなかったから。」
「それはどういうことかな?良かったら教えてはもらえないか。」
「私も含めてなんだけど、どこにも居場所の無い子たちのために作った家なんだ。せめて手に職でもつけてやりたいじゃないか。」
「ふむ、慈善事業ということか。だが当初の思惑に反して、トマソンが目をつけるほど評判の店になってしまったのだね?」
「まぁそんなところかな。」
「元手となるお金はどうしたんだい?」
確かにそれは気になるはずだ。常識的に考えれば、私みたいな子供が店を開くだけの金を持っているはずは無い。しかしながら私は討伐報酬だけでなく、アルバーン商会の接収で既に途方もない金を持ち合わせている。
クラウスへの説明は表の稼業だけで十分だろう。
「私は冒険者をやっていて、賞金もかなり稼いでいるんだ。とは言っても、私みたいなのがそんなこと言っても信じられないだろうね。冒険者ギルドに問い合わせてもらっても構わないよ。」
「いや、それには及ばない。リーファ君がそのように言うのならそうなのだろう。」
ありゃ?大抵の場合、私がこんなことを言っても嘘つき呼ばわりされるもんだが。何だか他の大人とは勝手が違うなぁ。間違いなく私が今までに会ったことの無いタイプだ。
「リーファ、お前は冒険者だったのか?その年にしてはエラく肝がすわっていると思ってはいたが、何故ワシに黙っていたんだ?寂しいじゃないか。」
「別に黙ってたわけじゃないんだよ?聞かれなかったから言う機会が無かったんだ。ほら、今ちゃんと話しただろ?」
「姉さん、このお菓子おいしいよ。姉さんも食べなよ。」
隣を見るとニコが嬉々として供されたお菓子を食べている。なかなか良いタイミングで話題を変えてくれたもんだ。ニコを連れてきて正解だったかもしれない。
「あぁ、質問攻めですまなかったね。リーファ君も遠慮なく召し上がってくれたまえ。」
「ふぅ、字は読めるけど書いたことは無かったよ。いやぁ、これだけでもどっと疲れた。自分の名前を書くだけでも一苦労だ。」
冒険者ギルドでは字が書けない人のために文字スタンプがあったのに、商業ギルドには無いんだなぁ。そもそも代書・代読すら無いってことは、最初から求められる能力水準が高いのだろう。お馬鹿さまはお引き取り願いますってこと?
「そうか、読み書き・・・計算っ!おいリーファ、お前帳簿はつけているのか?」
「あぁ、うちはマルティナっていう子が担当している。」
「良かった。商売の基本のキだからな。でもこれからはお前にもしっかり勉強してもらうぞ。」
「え、えへへへ。マルティナにまかせようかなぁ。」
「馬鹿を言うな!経営者だろうが。そこまで自分でしっかりと面倒を見るんだ!ワシも協力してやるから中途半端は許さん。絶対にイヤとは言わせんぞ。」
「は・・・、はい。わかりました。」
あれ?調子狂うなぁ、今までで一番の迫力じゃないか。まるでトマソンに頭が上がらない。こんなはずじゃぁなかったんだけどなぁ。
「あまり気は進まないが、あの方にも会わせておくか。おい、ギルドマスターにアポを取ってくれないか?」
「かしこまりましたボーネランド様。ちょうど今、スケジュールが空いておりますので確認して参ります。お待ちください。」
「あぁ、頼む。」
ワシとて会う前に心の準備がしたいのに、今日に限ってこんなに早いのか。だが今を逃すと数日後になるかもしれん、仕方ない。
「ん?用も済んだのに、帰らないのか?」
「まぁ待て、リーファ。商売人としてやって行くために顔を売っておかねばならん相手というものはいるのだ。商人の世間はお前が考えている以上に狭いのだよ。」
「へぇー、そんなものなのかぁ。」
「ボーネランド様、お待たせいたしました。ご案内いたします。」
私たちはギルド職員に応接室と呼ばれる広い部屋へと案内された。しかしここにあるもの全て値段の高そうなものばかりだ。コソ泥や置き引きをしていた頃だったら意地でも手に入れようとしただろうに。
「何か高級感あふれる調度品ばかりだなぁ。いくらするんだ?」
「あまり人前でそういうことを軽々しく口にするもんじゃぁないぞ。これが取引の場なら、経験が浅い者ほどカモにされてしまう。」
「その口ぶりだと、経験次第で結果が変わるのか?」
「そうだ。場数を踏んでいる者は相手をダマすために、あえてそのようなことを言ったりもするのだ。互いに相手の腹を読むのは交渉の醍醐味よ。」
ダマし合いは商売人にはつきものってことか。それはそれで窃盗とは異なるスリルがあるのだろう。合法的に繰り広げられる利益の窃盗と言えるのかもしれない。
なるほど、商売の神様が盗人の神様でもあるというのはそういうことか。
「ほう、お前も私の言いつけは守っておるようではないか。」
「お、お義父さん。いらっしゃるのでしたら、おっしゃってくださいよ。」
「悪いな。普段は顔を見せないお前が、今日は誰かを連れて来ていると聞いて様子をうかがっておったのだ。で、このお嬢さんたちは?」
白髪の老紳士然とした男とリーファの目があった。いつもは尊大なトマソンの恐縮具合から見て、かなり地位のある男であることがわかる。
「15番区で新たに料理屋を始めた者でして、今日はギルド加盟に参った次第です。」
「リーファ=クルーンだ。」
「ニコ=ボーシャです。」
「おお、君たちは今日から我々の仲間ということか。自己紹介が遅れてすまないね。私はクラウス=モーゼルトだ、ここのギルドマスターを務めている。一つよろしく頼むよ。」
「こちらこそよろしく。」
何だろう、クラウスが私を見て笑っているぞ。おかしいことしたかなぁ?
「そうか、君がリーファ君か。どうも孫がずいぶんと世話になったようだね。」
「お義父さん、何故ご存知なのです?」
そうか、トマソンの親父ってことはガノフはクラウスの孫だったか。かわいい孫をはるか遠くにぶっ飛ばしてやったのを怒っているんじゃないのか?
「ひょっとして怒ってる?」
「はっはっは、怒ってなどおらんよ。ガノフのワガママっぷりは私の耳にも届いていたからね。むしろ鈴を付けてくれる者が現れるのを待ってたくらいだ。ガノフも修行を積んで立派になって帰ってくるだろう。」
「ふぅ、よかった。」
「母親のナタリーが亡くなって寂しいのはわかる。だが早い段階で甘えるのを卒業させた方が、ガノフのためなんだ。これは本来ならば親の仕事だよ、トマソン。」
「このトマソン、痛感しております。」
「さて、リーファ君とニコ君だったね。トマソンも迷惑をかけたようだし、私も君たちの力になろうじゃないか。困っていることがあったら何なりと相談してくれ。とは言っても、15番区だったら困ることだらけだろう。よくあの場所に店を出したね。」
「まぁ、商売のために作った店じゃなかったから。」
「それはどういうことかな?良かったら教えてはもらえないか。」
「私も含めてなんだけど、どこにも居場所の無い子たちのために作った家なんだ。せめて手に職でもつけてやりたいじゃないか。」
「ふむ、慈善事業ということか。だが当初の思惑に反して、トマソンが目をつけるほど評判の店になってしまったのだね?」
「まぁそんなところかな。」
「元手となるお金はどうしたんだい?」
確かにそれは気になるはずだ。常識的に考えれば、私みたいな子供が店を開くだけの金を持っているはずは無い。しかしながら私は討伐報酬だけでなく、アルバーン商会の接収で既に途方もない金を持ち合わせている。
クラウスへの説明は表の稼業だけで十分だろう。
「私は冒険者をやっていて、賞金もかなり稼いでいるんだ。とは言っても、私みたいなのがそんなこと言っても信じられないだろうね。冒険者ギルドに問い合わせてもらっても構わないよ。」
「いや、それには及ばない。リーファ君がそのように言うのならそうなのだろう。」
ありゃ?大抵の場合、私がこんなことを言っても嘘つき呼ばわりされるもんだが。何だか他の大人とは勝手が違うなぁ。間違いなく私が今までに会ったことの無いタイプだ。
「リーファ、お前は冒険者だったのか?その年にしてはエラく肝がすわっていると思ってはいたが、何故ワシに黙っていたんだ?寂しいじゃないか。」
「別に黙ってたわけじゃないんだよ?聞かれなかったから言う機会が無かったんだ。ほら、今ちゃんと話しただろ?」
「姉さん、このお菓子おいしいよ。姉さんも食べなよ。」
隣を見るとニコが嬉々として供されたお菓子を食べている。なかなか良いタイミングで話題を変えてくれたもんだ。ニコを連れてきて正解だったかもしれない。
「あぁ、質問攻めですまなかったね。リーファ君も遠慮なく召し上がってくれたまえ。」
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