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伏魔殿で踊れ

食うか食われるか

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朝になると討伐軍の大部隊が宿場町にもなっている比較的大きな農村に向けて進軍を続けていた。大軍ともなると食糧を確保するのもかなりの量を必要とするものだ。当然のことながら日数がかさめばそれだけ台所事情も苦しくなろう。にもかかわらず行軍は散発的な奇襲によって遅々として進まず、食糧も底をつきかけていた。補給も間に合わないためこれから先は街や村を焼き払い、必要な物資を調達しながら進もうとしていた。

「くっくっく、最初の村が見えたな。可哀想に、それもこれもヴェランが抵抗するからよ。はーっはっはっは!」

煮え湯を飲まされて来たスニールもこれからは存分に敵を蹂躙してやろうと意気込んでいた。

「よいか皆の者!これから我らは戦時物資を徴発する。抵抗する街や村は全て焼き払って構わん。女子供とて容赦するな!一切合財根こそぎ奪い取って来るのだ!」

<オオオォォォッ>

スニールの号令の下、兵士たちが雄叫びを上げて突入して行く。あわれ宿場町は血の惨劇の舞台となろうとしていた。兵士たちは家々の扉を蹴破り、土足で民家を踏み荒らして行く。息を潜めて隠れている者はいないか人狩りも始まっていた。

しばらくすると本陣で茶をすすっていたスニールの下に伝令が飛び込んで来た。

「閣下!」

「何だそのナリは?お前は何も取っておらんのか。」

略奪のために殺害を許可しているにもかかわらず、返り血の一つもついていない伝令を見てスニールの興が削がれた。

「おそれながら、この村は人っ子一人見当たりません。それどころか食糧も医薬品も何もかもありませんでした。畑の作物すら全て収穫されてすっからかんです。」

「な、何だと?」

スニールは予想だにしない伝令の報告に驚愕の表情を浮かべる。しばらく呆然としているのもつかの間、突如思い出したかのように手にしていたカップを地面に思い切り叩きつけた。

「クソがぁっ!どこまでも人をコケにしおって!」

「誰もおらぬとはつまらんのぉ。もう良い、焼き払ってしまえ。」

目を半開きにしながらつまらなそうな顔をするギルビーが口を開くと、突然どこからともなく目の前に多数の敵兵が現れて本陣に切り込んで来た。

「敵襲!」

「毎度どこから現れるのだ、この馬鹿どもは?」

スニールはうんざりするように言い放つと味方の大部分がいる宿場町の方へと駆け出す。

「早く本陣に戻れ!敵襲だーっ!」

「閣下、早くこちらへ。」

移動しながらギルビーは妙な搦め手ばかりを用いる敵について考えを巡らせていた。クロード=ド=ヴェランより筋悪ではある、悪手と言ってもあながち間違ってはいない。どうにも戦術が素人くさいが、だからこそ裏をかかれ続けている。それでも奇襲を成功させているのは、おそらく相手は自分たちの動きをつぶさに観察しているのだろう。それというのもことあるごとに誰かに見られている気がして仕方ないのだ。スパイを疑ったが、どうにもそれらしい者も見当たらない。

(後の先か。誰かは知らんが、じっくりと見られておるなぁ。)

「このワシが雑兵ごときと切り結ぶハメになろうとは。ふははは、何とも楽しくなって来たぞ!」

護衛の兵士が助太刀に来たものの全く手が足りずにギルビーは王党派の兵に周り込まれてしまった。現在進行形で敵から逃げているにもかかわらず、ギルビーは焦りの表情を見せるどころか嬉しそうに高笑いをしている。

「お相手願おう。」

「ん?おぉ、ヴェランの。わざわざワシのところにまで来るとはなぁ。どうした?子供のお散歩にしては血なまぐさい場所だぞ。」

「我が父クロードはあなたに受けた傷が元で亡くなった。父の無念は娘の私が晴らそう。」

「ほぅ・・・ワシもクロードを討ち取れなんだのが心残りでなぁ。見てくれこの顔の傷、ヤツめワシの顔にナナメに傷をつけて行きよった。かわすのが遅れておったらワシの首が飛んでおったわ。ふぅ、あぶない。」

「では首だけでも空の旅を楽しませてやる!」

「おおっと、年長者の話は最後まで聞くものだと教えてもらわなかったのか?親父ゆずりの剣の速さよ、肝が冷える冷える。」

「口の減らない男だ。これならどうだ!」

ヘラヘラと軽薄な口ぶりにイラだったマリーが刺突を繰り出すとギルビーはそれを横薙ぎで打ち払う。するとマリーはそれを予想していたかのように、はじかれた剣の逃げる力を利用してくるりと回転して即座に斬撃を繰り出す。

「くっ!ほぅ、またワシの顔に傷を刻むか。お前の剣は父より速いかもしれんなぁ。だが・・・軽いっ!」

「ぐぁっ!」

ギルビーは剣を振れない間合いに踏み込まれていたので、体当たりでマリーを吹っ飛ばした。マリーは転がって受身を取り、即座に立ち上がる。

話には聞いていたが王国貴族の頂点たる七侯爵の一角、マルセロ=ド=ギルビーは戦闘の実力も確かなようだ。参戦しなかったミスト侯爵を除き、さすがお父様が唯一仕留め損ねた男というだけはある。首を仕留めたと確信した絶妙なタイミングの一撃までかわされるとは思いもしなかった。私の実力ではまだ届かないとでも言うのか!

「はぁっはっは!親父のようにベッドの上で安らかに息を引き取るなどできると思うな。お前の首をアンリ5世の眼前にワシがつきつけてくれよう。あのタヌキ親父がどんな顔をするか楽しみだ。」

「おのれ・・・言わせておけば。ジュナンやアードラーのように、お前にも罪をつぐなわせてやる!」

「ワシをあんなのと同列に語るとは面白い冗談だ。共感だけで言うならばワシはお前らを買っておるというのに。」

「何をふざけたことを!」

「ふざけてなどおらぬよ。見てみろ、あの細い腕に見すぼらしい体格を。奴らは剣や鎧に贅をこらすのみで、むしろ鎧に着られておる始末。自ら戦うなどとは考えもせん馬鹿者どもだよ、実にみっともないではないか。ヴェランの、知っておるか?貴族とは戦う者のことだ、それを体現しておるのは大貴族などではない。むしろお前たち小貴族どもの方だ。実に良い戦いぶりではないか、普段から鍛えているのがわかるぞ!」

「ならば何故あんな奴らに荷担する?」

「ふん、知れたこと!お前らヴェラン家のような強き者どもと剣を交えるために決まっておろう。女だてらにこれだけ剣を扱えるのだ、クロードの子と戦えるとなればワシも嬉しくてたまらん!もっと楽しませろ、そらっ!」

マリーはギルビーの剣をいなすと同時に激しく火花が上がった。間違いなく剛剣と呼んでもさしつかえ無い一撃だ。クロードがギルビーにこだわった理由を身をもって実感する。

「ちっ!認めよう・・・我が父が最期にお前とふたたび剣を交えたいとこぼしていたことを。」

「何と!お前のいっていた父の無念とはワシとの再戦のことであったか。実に良い・・・運命を感じるぞ、ヴェランの!」
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