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伏魔殿で踊れ

太鼓持ちの戦場

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軍の隊列にあって一際目を引く優雅な馬車の中では厭戦えんせんムードが漂っていた。ごますりの揉み手で火を起こせるともっぱら噂のマルドー卿はジュナン相手にボヤいて見せた。

「先発隊とはついておりませんでしたなぁ。ジュナン閣下。」

「うむ。まぁ致し方無かろうよ。まぁあのようにお願いされてはなぁ、むふふふ。」

戦ばたらきを最も毛嫌いするはずのジュナンがひきつったウシガエルのような顔をしている。まさかの上機嫌に炎のごますり名人が怪訝けげんな表情で質問した。

「閣下、何かございましたので?」

「うむ、総大将スニール卿からの直々の申し出よ。先の失点を取り戻さねばならぬという儂の苦しい胸の内をご理解いただいての。是非とも先発隊で手柄をもぎ取って来られよとのことだ。見よ、こうして王国きっての傑物たるこのワシが全軍の半数以上を率いておるのだ。何とも壮観ではないか!まぁ・・・、アードラー卿もご同道しておられるがなぁ。」

本当は手柄を独り占めしたかったジュナンはアードラーを少し煙たく感じているようだった。その心の動きを察した人間火起こし器は稲妻が走るかのごとく機を捕らえる。
ここは生き馬の目を抜く太鼓持ちの戦場。ここぞとばかりに取り巻きは激しく揉み手をしながらジュナンをはやし立てた。

「さすが閣下でございますぅ。アードラー卿と閣下であればスニール卿が全幅の信頼を寄せるのは閣下に他ならないではございませんか。」

「ん?そうか、やはりなぁ。むははは。このワシが指揮するのだ、先発隊で事足りてしまうかのぅ。」

シャイニングゴッド揉み手から黒煙が立ちのぼる、ごますりの奥義もさぁここからというところで伝令の兵士から邪魔が入った。取り巻きは忌々しげに伝令の兵士を冷たくあしらって見せる。

「ん?何用じゃ。閣下はお忙しいのだ。後にせい!」

「まぁ聞くだけ聞いてみても良いではないか。おい、申してみよ。」

「閣下、マデル市の使節団と申す者たちがお目通りを願い出ておりますがいかがいたしましょうか?」

伝令から内容を聞いたジュナンに疑問符が浮かぶ。自由都市など封建体制のアウトサイダーもいいところで、本来なら封建領主の懐に転がり込むはずだった利益をくすねる邪魔者という認識だ。それがのこのこ自分の前に顔を出すとはどういうことか、皆目見当がつかなかった。

「マデルだと?ああ、そういえばこの近隣であったか。泥棒市の豚どもであろう。そやつらがこの高貴なワシに何用じゃ?」

「何でも反乱軍の討伐に向かう我らに贈り物をさせていただきたいとのことですが。」

贈り物という予想外の言葉にウシガエルが鼻息を荒くする。

「贈り物だと?生意気な。つまらん物なら承知せんぞ!物は何だ?」

「大量の葡萄酒のようです。」

「何っ?まことか!どれ、ひとつ会ってやろうではないか。その者を通せ。」

(ツイておるのぉ。タダ酒ほど美味いものも無いぞ。)

酒と女に目が無いジュナンはすっかり警戒心を失ってしまった。続々とジュナンの目の前に酒樽の積まれた馬車が入って来る。すると兵士に付き添われて身なりの良い男が近づいて来た。
見た目は紳士のようでありながら、どこか修羅場をくぐり抜けて来たような鋭い空気感もまとっている。男はジュナンの前に来るとうやうやしく礼を取って、口を開いた。

「閣下、お初にお目にかかります。私めはマデル市にて市参事会の終身顧問を務めておりますゲイルと申します。」

「ジュナン侯爵である。して、ゲイルとやら。こ度は何用じゃ?」

ジュナンは使者を前にして彼我の格の違いを見せつけるように尊大に応じた。ジュナンは小躍りしそうなほど内心わっくわくだったが、ここで安く見積もられてはもらいも少なくなろう。普段から賄賂を受け取り慣れているジュナンはこういう駆け引きだけは一人前だった。

「はっ!聞けば閣下が御自ら不埒者どもを討ち滅ぼすと伺いまして。是非とも何か私どももご協力できることは無いかと考えましたところ、景気づけに私どもの取り扱う葡萄酒を楽しんでいただけないかという結論に至りました。恐れながらジュナン閣下にはこの戦の後も私どもと末永く良き縁を結んでいただきとう存じます。」

(タダでこんなに手に入るとは!独り占めしたらさらに一財産築けるのう。金が儲かって儲かって止まらんわい。これだから権力者は止められん。)

「おお、お前たちは大層目端めはしが利くようじゃのう?ここまで来る際にいくつか都市を通過したが、お前たちほどできた者はおらんかったぞ。見上げた商魂よ。マデル市のゲイルであるな?よーし、覚えておこう。」

受けとるモノも受け取ったことだし、そろそろ下がれと言おうとしたところだった。使者は更にジュナンの興味を魅きつけることを話し出したのだ。思わず取り巻きもほぞを噛むほどのおべっかを取り混ぜて来たのだから嫌でも耳を引かれた。

「おお、さすがは名将と名高きジュナン侯爵閣下であらせられますな。本日献上させていただきます葡萄酒はほんのご挨拶。是非皆様にもジュナン様からお振る舞い下さい。討伐後のお帰りの際にも同じように勝利の美酒をご提供させていただきますので。」

(なるほど、帰りももらえるのか。なればここでワシの度量の広さを見せつけてやるのも良いかもしれんなぁ。何より、このことを知っておるのは今のところワシだけよ。己れの懐を痛めることなく、アードラーにも恩を売る良い機会じゃのぅ。)

更に労せず大量の酒が約束されたとあっては収賄の達人ジュナンといえどもニンマリとする。

「おっほっほっほ、なるほどのぅ。ゲイルとやらは儂の溢れ出る徳の高さを心得ておるではないか。よし、これからさっそく酒盛りの準備をいたせ!このジュナンの振る舞い酒であること、ゆめゆめ周知を忘れるでないぞ!さぁ、皆の者!今宵は宴じゃぁ!」

「閣下、ぜひこれからも良きご縁を。」

喜色満面で上機嫌のジュナンに使者は抜かりなく念を押す。ジュナンは利益をもたらすなら家来の末席に加えてやらんでもないと考え、ずうずうしい要求を付け足すことにした。有頂天になって使者を見下しつつも、既に虚栄と楽しい酒盛りで頭の中はいっぱいだった。

「うむ、わかっておる。最後に一つアドバイスをくれてやるが、次はおなごも連れて参れよ。もう下がって良いぞ。これ、お前たち早く酒を持って来んか!ワシの酒じゃぁ、お前たちも心ゆくまで飲めい!」

「まさしく良きご縁にございました。ご機嫌よう、閣下。」
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