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伏魔殿で踊れ

地下水どうでしょう

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「エドガーさん、これは?」

俺はヴェラン家の家令エドガーが手渡した筒上に巻かれた書類を受け取った。しかし誰かへの書状を俺なんかにあずけるつもりか?

「それは王都地下水道の地図でございます。」

「地下水道?何故こんなものを俺に?」

さっぱりエドガーの意図をはかりかねた俺はさすがに困惑してしまった。

「王都は広うございましてなぁ。もしソーマ様がお一人で迷子になられた際に地上を歩いておられたら危のうございましょう?地下を通って王都の外や伯爵邸近傍に避難する緊急手段があった方がよろしいのではないかと。」

「え、でも俺は転移魔術を使えるって知ってるよね?」

「王都の外壁には侵入や逃亡を防ぐ魔術結界がございましてな。王都から逃げ出さねばならぬほど最悪の事態に見舞われた際、いかにソーマ様でも魔術で王都の外には抜け出せませんぞ。」

「そ、そうかい?お心遣いどうも。」

勇騎はいまいち真意がつかめなかったものの、万が一もあるかもしれないと受け取っておくことにした。
たしかに魔術結界なんてものがあるなら転移不能で詰む可能性はあるなぁ。俺が手元の紙筒から目を移すとエドガーはにっこり笑っていた。

「ではお気をつけて。」

なるほど、エドガーの奴。ヴェラン邸を出発する際に妙な事を言うと思っていたが、こういう事態を予測していたって訳か。はなから俺への気遣いなどではなく、俺に先導しろって話じゃねーか。そこはきっちり説明しろよ!

勇騎はロクに説明もしないエドガーに毒づきながらも事態を整理する。

事実上のクーデタで王国を牛耳っている貴族派から見れば王党派の急先鋒だったヴェラン家は不倶戴天の敵。のこのこ王都にやって来たこのタイミングでアヤをつけて抹殺しようという腹か?なんだか知れば知るほどこの事態は予想がつく。エドガーは絶対俺に黙っていたな!何が「お気をつけて」だ、あんの野郎っ!

勇騎は小さく火炎魔術を灯しながら地図を便りに地下水道を走り続けていた。
どうにも釈然としないが、今はそんな感情に飲まれている場合ではない。選択を誤るとマリーともども大変なことになってしまうぞ。

「次は左に曲るぞ。」

「待て、ユーキ!その先に誰かいるぞ。」

俺はハヤテの警告に立ち止まった。明かりを灯しながらだと風魔術は使えないため機動戦は不可能、かといって明かりを消して暗闇の中戦うのも分が悪い。追手でなければ良いが。

「あれ?あれれれ?」

曲がり角の先から何者かの声が聞こえて来た。勇騎たちはとっさに戦闘態勢を取る。

「どうしたの?そのまま進んで来ればいいのに。何で止まったの?」

現れたのは若い細身の男だった。身なりこそ一般人と変わらないが、漂う雰囲気が底知れぬ狂気を感じさせた。

「お前は何者だ?そこで何をしている?」

「おお、本当にしゃべるんだね。すごいよ君ぃ!でも死んじゃうんだねぇ、残念だねぇ。」

勇騎の問いかけに目の前の男は嬉しそうにはしゃいでいる。どうやら敵であることは間違いないらしい。

「全員殺してもいいよーって言われてるんだー。」

「貴様は一人か?一人で何ができる!」

マリーの問いかけに男は憮然とした表情に切り替わる。

「もぅ、テンション上がって来たのにつまんないこと聞くよねぃ。もっちろん一人に決まってるよー、獲物を横取りされるなんて許せないんだぅわっはー!」

「ひぃっ!」

ハヤテの背につかまっていたミーナが恐怖に声を上げた。その声を聞いて男は嬉しさのあまり大きく目を見開く。

「だ・か・ら・」

周囲の空気が張り詰めた。今までぼんやりと焦点のあわなかった男の目が途端に鋭くなる。

「死んでもらうよ。」

冷たい声で告げると同時に男は一直線に距離を詰めて来た。

<ガキンッ>

音と同時に火花が散った。勇騎は短剣で相手の斬撃を受けたのだ。

「重っ」

勇騎は相手の一撃を受けるのではなく、風魔術でいなすのを得意としていたため想定外の衝撃にたじろぐ。男はその機を逃さず回し蹴りで勇騎を後方に吹っ飛ばした。機敏にハヤテが回り込んで勇騎を体側で受け止める。

蹴りでバランスを崩した男にすかさずマリーが斬りかかると、男は腕を薙ぐようにして右手のナタをマリー目がけて投げつけた。

「何の!」

マリーは何とかレイピアでナタを弾き、男に追撃を食らわそうとしたところ目の前に男の姿は無かった。それにも関わらず男の声がマリーの耳に飛び込んで来る。

「あーあ、避けられちゃった。」

「マリー横だっ!」

「!!」

マリーはとっさに防御しようと身を捻ったが、横っ腹に強烈な蹴りが突き刺さると同時に側壁まで吹き飛ばされた。

「がはっ!」

「お嬢様っ!」

マリーは呼吸困難に陥り、苦しそうな表情を浮かべている。何一つ身を守る術を持たないミーナが危険も顧みずマリーの下に駆け寄って抱き起こした。

「あれれ?弱いねぇ。王国の英傑じゃなかったの?」

男は全く攻撃の手を止めてアゴの辺りを触りながら首を傾げている。あまりの手応えの無さにがっかりした表情を隠しもしない。

「何て奴だ。」

勇騎は赤子の手を捻るかのように弄ばれる状況に戦慄していた。自分たちよりも圧倒的に強い敵を前にして何とか勝機を見出そうと頭を回転させる。

「つまんないよー?どうしたのー?ねぇ聞いてるー?」

「ハヤテ、お前は暗闇でも水路を進んでマリーたちを運んで行けるか?」

「ああ、もちろんだ。我に任せろ。」

「ならばこの地図を持って先に行け。俺が時間を稼ぐ。後でまた会おう。」

一向に立ち向かって来ない勇騎たちを前にしびれを切らした男が無造作に勇騎に近づいて来た。

「君ぃどうしたのー?何、さっきから変なうめき声上げてさぁ。もしかして泣いてるぅ?泣いてるんでちゅかぁ?ばぁぁぶぅぅ。」

勇騎は火炎魔術を解き、風魔術で周囲の水を巻き上げた。男も巻き上がった水に巻かれて不愉快な顔をする。

「暗いしー濡れるしー。何やってんのー?」

「そうだな。最悪だ。」

「はぁん、そう言うこと。陽動って奴ぅ?」

足音の遠ざかっていく音が地下水道内にこだまする。勇騎は笑って見せた。
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