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伏魔殿で踊れ

真夜中の訪問者

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勇騎たちは王宮での日程を全て終えてようやく帰宅の途についた。これにてお役御免と行きたいところだと気楽な勇騎に対してマリーは内心ヒヤヒヤしていた。

「ユーキ、陛下に無礼をはたらいていまいな。」

「え?下手すりゃ手打ちの恐れもあるのに無礼をはたらく度胸は無いよ。安心してくれ。」

「陛下への言葉づかいと言い、それが心配なのだ。」

「マリー、俺はあいつの臣民でも家来でもないんだ。あいつとは一人の男と男として向かい合った。それだけだ。」

「かっこつけても私は納得しないぞ。これだからユーキ、お前というやつは。」

「わーかったわかった。今度からきちんとするから、今日はこらえてつかーさい。」

しかしあの男、クロヴィウスのことを調べていたようだな。何が目的なのか?

***

「おおマリー、よくぞ戻った。お前の一世一代の晴れ舞台、しかとこの目に焼き付けたぞ。ワシは、ワシは・・・。」

年齢を重ねると涙もろくなると言うがガルバーノ伯爵は感極まった様子だ。

「マリー、いや。ヴェラン伯爵とお呼びすべきか。立派になったね。」

ガルバーノ家嫡男のアランも満面の笑顔でマリーを讃えた。

「伯父上、アラン兄様。お二方の支えあってマリーは此度の栄誉を勝ち得ることができました。ありがとうございます。」

「うむ。そうなると今度はマリーの婿を探さねばなるまいな。伯爵家となったヴェラン家を潰すようなことがあらばワシはクロードとエルザに会わす顔が無くなってしまう。愛しい姪のために必ずや相応しい婿を見つけてやろう。」

マリーがその言葉を聞いてギョッとする。武勲を立ててさぁこれからという時に家に縛られてしまうことを内心こころよく思っていなかったからだ。

「え?えーっとー。あ・・・、あははは。」

何とも愛想笑いの下手なやつだなぁ。アランがその様子を見てマリーの内心を看破したようだ。やれやれとばかりにかぶりを振った。

「父上、マリーはヴェラン伯爵家の当主なのです。今しばらく世の中、特に貴族社会の荒波を経験させてからでも遅くはございますまい。伯爵家の婿養子になりたい次男坊など山ほどおります故。」

「むっ!そ・・・、そうか?だが何事も適齢というものがある。マリーもほどほどにせいよ。」

「心得ております、伯父上。」

ガルバーノ伯爵を上手く丸め込むとアランはマリーにウィンクした。どうやらいとこ同士の絆は強いらしい。

勇騎は彼らの一連の様子を見て少しの寂寥感を感じた。勇騎にはこの世界に親兄弟など存在しない。自分が独りぼっちであることに絶望を感じたこともあった。でも、だからこそ仲間を大切にして自分の世界を新たに構築していかなければならないとも感じるのだ。

俺は仲間のために俺自身を惜しみ無く与えよう。俺がいつの日か与えられるために。

***

マリーの一世一代の晴れ舞台がつつがなく終わり、さて就寝しようという時分にガルバーノ伯爵家の王都別邸へ招かれざる客が訪問したようだった。何やら玄関ロビーが騒がしくなっていることに勇騎は気がついたのだ。

「これはガルバーノ伯爵。夜分遅くに申し訳ございません。」

隠れて階下をのぞくと帽子、コート、ズボンから全身黒づくめの男たちが玄関先に集合していた。不愉快そうな調子で伯爵と家人が総出で応対している。

「だったら訪ねなければよいではないか。貴様ら何用だ。」

「いえ、こちらにヴェラン伯爵様一行がご滞在されているとの噂を耳にしまして。是非ともお話をうかがいとうございます。」

「ヴェラン伯爵など我が屋敷にはおらん。帰れ。」

「左様ですか。ならばいたしかたありません。こちらをご覧ください。」

ガルバーノ伯爵は不敵な笑みを浮かべる男が突きつけた書状を見ると、ヴェラン伯爵の拘束を命じる公文書であった。

せいぜい貴族派の奴ばらの仕業であろう。王党派の新たな旗手となりつつあるマリーを潰そうという魂胆か?

「何の冗談だ。ヴェラン伯爵を拘束だと。馬鹿も休み休み言え。」

「冗談ではございません。ヴェラン伯爵には国王陛下暗殺未遂の容疑がかけられております。」

「馬鹿馬鹿しい。国王陛下に危害を加えたとでも言うのか?陛下のご様子はどうなのだ。」

質問を受けた男は都合の悪い質問を受けたのか一瞬眉をひそめた。しかしすぐに余裕があるかのように言い放つ。

「いいえ、陛下に異状はございません。」

「なら容疑などとはいかなる了見なのだ。事と次第によってはお前ら覚悟せいよ。」

「伯爵、私は未遂と申し上げたはずです。」

「屁理屈を抜かしよって。ヴェラン伯爵が何をしたというのだ。」

「それは伯爵に関係ございませんので、お答えいたしかねます。」

ニヤリと笑いながら返答した吏員の態度に、ガルバーノ伯爵の雰囲気がにわかに怒気に包まれた。

「うぬら、そんな言い逃れでワシの城に土足で踏み込むつもりか?おい、あれを持って来い。」

「既に御身の側にひかえております。」

予知者のごとく執事が伯爵に剣を手渡した。黒服の男たちがその様子を見てざわつき始める。

「そんなものを持ち出して来られても。我らは国王陛下の官吏なのですぞ。わかっておいでなのですか!」

「おお、わかっておるとも。国王陛下の名を騙って、国王陛下の勅許をいただきし不介入の特権を侵そうとする不届き者を成敗するとなぁ。」

伯爵の剣幕に恐れをなしながらも吏員は玉座を盾にして反抗を叩きつぶす手管を心得ていた。

「国王陛下への明確な反逆行為ですぞ!」

「何を言う?ワシは陛下に反逆などしておらんではないか。」

「何ぃ?どっ、どういうことかっ!」

通常であればどんな相手であろうとたちどころに鎮まる殺し文句であったのだが、予想に反して伯爵が引き下がる素振りを見せないことに吏員も思わずたじろぐ。

「ワシは先ほど言ったであろう。お前という不埒な男を成敗するのだ。傲慢にも慣習法を乗り越えて特権を侵そうというお前個人をなぁ。お前は陛下ではあるまい。」

伯爵もさすがにパルルマンの法服貴族だけあって重層的な権利関係を巧みに利用し、吏員の介入を阻んでいた。

一方で息子のアランはガルバーノ伯爵の意図を汲み取り、伯爵が吏員を押さえている間にマリーたちを王都から逃す手はずを抜かりなく整えていたのだった。

「マリー、災難だったね。私も父上も君の味方だ。心を強く持つんだよ。私たちは全力でマリーを支援する。絶対に、いつの時も何があろうともだ。」

「アラン兄様。ありがとうございます。伯父上にはどうぞよろしくお伝えください。」

「ソーマ殿、ミーナ、ハヤテ、マリーをよろしく頼みます。」

「あぁ、任せてくれ。」

「かしこまりました。アラン様。」

勇騎たちは屋敷の裏手から敷地の外へ抜けた。すると暗い通りの向こうに運河が見えてきた。

「あそこから地下水道へ入れる。急ぐぞ。」

勇騎たちは柵を乗り越えて河岸をまっすぐに進むと排水用のトンネルが見えて来た。
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