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野良ゴブリン血風録

背教者の素性

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アーレンまであと1日の距離ということで勇騎は護衛を買って出た。まぁ本当の目的は彼らから少しでも人間たちの情報を聞き出したいからだ。さすがに彼らの仲間も4人殺されて、今や戦えるのがハンス1人では帰路も心もとないだろう。しかし5人の戦闘員で13人の野盗を相手にしていたのか、実はすご腕なんだな。

「旦那、野盗どもの装備品はどこに隠したんですかい?あっと言う間に消えちまいましたね。」

ハンスが不思議そうにしている。まぁ知ったところで俺から取り上げられる存在はいないだろうから教えてやってもいいか。

「知りたいのか?これだよ、ほら。」

空間に突如生じた穴に手を突っ込み野盗のナイフを取り出して見せる。

「うわ!何ですかい、それは。」

「強欲の淵っていう魔術だ。ここには何でも収納できて好きな時に取り出せる。」

「これは驚いた。ユーキさんといると本当に不思議なことばかりですな。商人の私からするとそんなうらやましい魔術はありませんよ。それは人間の魔術師も使えますかな?」

「ああ使えるよ。だってクロヴィウスが使っていた魔術だからな。」

「「クロヴィウスだって!?」」

おや、何か変なことを口走ってしまったか?ハンスもジョセフも驚愕しているぞ。

「クロヴィウスって、旦那!それってもしかしてあの背教者クロヴィウスですかい?」

ああ、そう言えばクロヴィウスって教会から命を狙われていたんだっけ。しかし背教者って。俺にはクロヴィウスの方がはるかに誠実だと思うがね。まぁちょっとトボけておくか。

「クラウディスだったかな?グラウコスか?何年も前の話だから人間の名前を忘れちゃったよ。」

「驚かさないでくださいよ、もう70年ほど前の事件ですぜ。聖教会が背教者クロヴィウスを聖遺物の加護によってこの世から消滅させたのは。」

あーあ、まんまと逃げられてしまったことを消滅させたと言い繕っているわけね。誠実性のかけらも無い教会だこと。嘘っぱち協会の間違いでは?

「でもクロヴィウスってどうもおかしいんですよ。」

ジョセフが奥歯にものがはさまったような言い方をしたのが気になる。

「何がおかしいんだい?」

「こんなこと人前で語ることはできないんですが、私たちの祖父母の世代はクロヴィウスを悪し様に言う人がいないんです。むしろ毎年一度は司教区各地を巡って傷病者を治癒したり飢饉の折には教会領から支援の食糧を届けてくれる偉い司教様だったと。」

「そうだよな、爺っさま婆っさまたちが嘘ついていたなんて思えねーし。実は俺もおそらくクロヴィウスは権力争いでハメられたんじゃねーかって思ってるんだ。今の腹黒司教に聞かせてやりてーよ。」

うん、知ってた。日記を読む限り信仰と学問の調和的「発展」を真摯に追求していたクロヴィウスが悪人のはずがない。実際ジョセフとハンスも指輪の力、すなわちクロヴィウスによって助けられたようなもんだ。
聖職者の務めもこうしてしっかり果たしていたとなるとますます聖教会とやらはうさん臭いな。もちろんクロヴィウスのような真面目な信仰者もいることだろう。しかし、こんなプロパガンダを用いなければ庶民に慕われる司教を社会的に抹殺した正当性を語れないとは。
まぁ教会なんて俺には関係ないが、いつかクロヴィウスの名誉は回復してやりたいもんだな。

「ユーキ、肉はどうなるんだ?」

「すまん、ハヤテ。今日は魚で我慢してくれ。次は美味いもん食わしてやるから。」

「約束だぞ、ユーキ。」

ハヤテが恨みがましくつぶやく。食べ物の恨みは怖いので肝に銘じておこう。

ーーー

「ありがとうございます。ユーキさんのおかげで私たちだけでもアーレンに帰ってくることができました。」

「いや、こちらこそありがとう。いろいろ分けてもらった上に地図までもらっちゃって。」

「いえいえ、全財産どころか命まで奪われることを思えば。でも本当にこんなささやかな謝礼でよろしいので?」

「ああ十分だ。金だと使い道がほぼ無いし、商品を山ほどもらっても俺に売りさばく方法が無いよ。俺としては物々交換で薬草の得意先ができて大助りさ。」

「ええ、私どもも北方の戦乱で医薬品の原料の薬草が例年の三分の一しか手に入らなかったので渡りに舟です。しかも不足した薬草だけのために、わざわざダントンに出向かなくて良いので非常に助かります。買い取りもしっかり勉強させてもらいますのでよろしくお願いします。」

「不足はこの樽で二つ分か。じゃあ預かっておくよ。」

ジョセフから樽を受け取り、虚空に収納してみせるとハンスが目を丸くする。

「やっぱ何度見ても便利だな。今度俺の冒険者仲間にもそれ教えてくれやせんか?」

「うーん、俺ゴブリンだから教えるのって得意じゃないんだよ。魔術も感覚でしか使ってないから。お仲間さんは魔術を解析できたりするの?てかハンスさん。その人、俺を見るなり襲ってこない?」

勇騎は冗談めかしてハンスに探りを入れる。

「もし旦那に魔術をぶっ放そうとしたら俺がぶっ飛ばしてやりますよ。安心してください、ナシつけとくんで。でもあの酔っ払いは解析できないかもしれないっすねー。うーん、微妙。」

「あとユーキさん、あなたの回復魔術なんですが・・・。」

ジョセフが言いにくそうに話を切り出す。

「瀕死の重傷者を救うレベルの魔術は人間であれば王宮に召し抱えられてもおかしくないものなんです。もし悪い人間がその事実を知れば、あなたを捕らえて利用しようとするかもしれません。助けられておいて恐縮ですが、なにとぞ使用するときはご注意ください。」

モンスターの俺たちを気にしてくれるのか?

正直こんなことを言ってくれるとは思っていなかった。ジョセフたちも救われたとはいえ、相手はモンスター。警戒しないはずはない。今も心中穏やかではない部分もあるだろう。だがこの言葉はジョセフの心からの言葉に思われた。

「ご忠告肝に銘じておくよ。何から何まで本当にありがとう。」

アーレンの城壁は眼と鼻の距離だ。これ以上近づいたら勇騎たちは衛兵に追い立てられてしまうので、ここでジョセフたちと握手をして別れを告げる。
彼らからの収穫は大きかった。特に護衛中にいろんな情報を聞くことができた。北方諸国の戦乱、西の帝国、魔族領やここバシレウス王国の内情などさすがは商人だ、耳がさとい。

「待たせてごめんな、ハヤテ。帰りは牛を狩って肉料理のフルコースだ。材料が豊富に手に入ったからいろいろ料理が作れるぞ!」

「何!それは本当か?ぜひ食べてみたいぞ!」

「寄り道もわるくないだろ?」

「それは料理を食べてからの判断だ。だが善は急げ。振り落とされるなよユーキ!」

「え?う、うおー!」

その夕方、俺たちはたらふく肉料理を堪能した。
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