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その日暮らしのゴブリン

暗い森の片隅

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「ひどく寒い、ここは天国じゃねぇなぁ。地獄か?」

気を失ってたみたいだ。身体もところどころ打撲してるなこりゃぁ。いてて、あんなひどい目にあってまだ生きてるって運が良いのか悪いのか。無いものづくしで無頼漢どもがヒャッハーしてるわけのわからん世界に放り出されちまったんだ。無理もねぇよ、生き残ったって地獄は続くってもんよ。

「ここは一体ドコなんですかぁ?ステータス画面とか出ないの?どうなってんだよクソ!」

気づけば河原に打ち上げられていた。何にせよ生き残っちまった以上は生きにゃならん。立ち上がってみたものの、今まで水に浸かっていたんだ。ひどく体温が奪われている。さっきから顎がガタガタと震え出して止まらねぇ。身体も重くて思い通りに動かないぞ。こんなところを野生のけものや他の人間に襲われたら死ぬ。

「グズグズしてる場合じゃねぇな。どっかで暖を取らないと凍えちまう。」

まさかこんなところまでさっきのやつらが襲いに来るなんてないだろう。できれば居場所を知らせるようにたき火をするのは極力避けたい。

「おあつらえ向きに森があるじゃん。開けた河原なんかよりよっぽど身をかくせるぜ。」

煙で何かしらの存在は認識されちまうが相手に何者かまでは気取らせまいて。

「あ、待てよ。ひ弱な現代っ子の俺に火なんて起こせるんですか?」

実際、木から火を起こすなんてこと日常じゃぁ皆無だ。そんなことは小学校のキャンプ実習でやったっきりだよ。まして簡単な火起こし器を作ろうにもヒモすら持ってねぇじゃん。となると一気に現実味が・・・。手でひたすら枝をすり上げようとも右腕が上手く使えないんだよなぁ。かくなる上は集落を探してコッソリ必要なものをいただいて来るしかないのか。こちらも残りの体力に相談して現実味に欠けるか。

「ははは、ましてこんな姿で盗みに入ろうものなら今度こそ息の根を止められる。」

・・・笑えねぇ!今さら思い出すのも苦痛だが、川の水面に映る俺の姿はまぎれもなくゴブリンだった。それまですこーしゴブリン似の人間なのではないかと淡い期待をいだいていたが、人間としての最後のアイデンティティまで木っ端微塵のありさまだ。緊急脳内会議でも熱い議論のすえゴブリン認定がくだされた。
やっとの思いで森に足を踏み入れたものの、必死に枯れ木を集めて火を起こさないと今にも死んでしまいそうだ。ちなみに火種の問題は今も解決していない。

「何だありゃ?」

数メートル先の木々が揺らめいている。夏場にアスファルトで生じる陽炎みたいな具合だなぁ。ん?あそこは地熱が吹き出して暖かいのか?場合によっては火を起こさなくても暖を取れるかもしれない。とにかく行ってみよう。

うまく動かないほど身体が冷えているのでゾンビのごとく引きずるようにして近くまでにじり寄って行った。

「いよいよ身体も上手く動かないぞ。ここまで来るのも一苦労だ。だがようやく身体を温められる。」

温度を確かめるべくそっと陽炎に手を近づけていった次の瞬間、パンッという乾いた音とともに勇騎は後方へと吹き飛ばされた。

「いててて、何なんだ一体?とにかく身体はバラバラになっていないようだな。まったく、ん?」

身を起こして先ほどの方に向き直るとそこに現れたのはログハウスだった。

「こんな森の中に家?さっきまで木々が生い茂ってたろうが!」

あまりの出来事に思わず声が出る。だがそれが失敗だと気づくまで時間を要しなかった。
マズい、さっきの音に気づいて家人が飛び出してくるかもしれない。俺にはもう逃げる体力は残ってないぞ。
とっさにその場の地面に伏せて息を殺して様子を伺うが、幸いなことに家の方にはまったく動きがない。

「お留守かな?お留守だといいなぁ。背に腹は代えられないんで、最低限生活に必要な物を拝借させてもらいますわ。」

地を這うような姿でお宅訪問させてもらう。人の気配は感じないが・・・。別荘かな?庭の状態は特に異常は無い。罠とかー・・・、ある訳無いよな。ん?あれは・・・。
庭に落ちているのはボロ雑巾の山みたいだな?何かものすごく気になる。ゆっくりほふく前進で近づこう。

「これはー・・・、亡骸だね。事件の匂いがするよ、ワトソン君」

見たところこの家の主だった人間なのか?警察じゃないからサッパリだが、目だった外傷も無さそうだ。とは言え、独りでつまらない冗談を吐いている場合じゃない。このままじゃ俺が隣に並ぶのも時間の問題だろう。

「ここで体力を回復したらお墓を建てて供養するので、どうかお家を使わせてください。」

仏さんをおがんでから、ログハウス内部に入り込む。扉を開けると目に飛び込んで来たのは落ち着いた雰囲気のリビングだ。
ここに人が住んでいたんだから特段、妙なものは置いていないよな。暖炉もあるじゃないか。文明的な設備に思わず目を輝かせる。しかし問題はやはり火おこし。事態が深刻なのは全くマキも灰も無いということだ。ほんとに使えるのか?おや、何やら暖炉の上部に赤いガラス玉のようなものが埋め込まれているぞ。

「これどうすれば使えるんだろう?このガラス玉に触ればいいのか?おおっ、火がついた!」

電気暖炉?しかし電線などどこにも無かったぞ。それに家を見渡してみてもコンセント一つ無い。
我ながら不用意だったけど、まぁ結果オーライだ。何にせよ冷えきった身体を暖めて一つ問題は解決したんだ。

とはいえ、まだまだ問題は山積み。やはり激しく運動したことに加えて、水に落ちて失った体温を回復させるとなれば腹も減る。近くに川があっても釣り道具が無いんだよなぁ。かくなる上は森の恵みを探すほかないが。

「台所に何かあるかもしれないな。」

冷蔵庫なんてないだろうし、あったとしても食えるのか?家人が白骨化するほど時間が過ぎているんだぜ。しかし背に腹は代えられない、考えるより先に探すしかねぇだろ。
いのるような気持ちであれこれドアを開けていく内に食器類が並んだ棚のある部屋を見つけた。中に入ると暖炉にあったようなガラス玉が散見される。棚を探しているとガラス容器に入った小麦色の塊が入っていた。

「おっ、あったあった。これはパスタなのか?おそらく保存食だろうな。他にも何かわからんが乾物が入ってる。どれどれ、けっこうあるぞ。とにかく胃に何か詰めこまなきゃな。まずは腹ごしらえからだ。」

流し台があり、なべやフライパンもそろっている。案の定、先ほど同様にガラス玉に手をかざすと水も火も思いのままだった。

「うしっ!できあがりだ。」

思わずガッツポーズが飛び出した。

「塩やハーブをゆでたパスタにからめただけなのに、こんなに美味いとは!料理をしてきた甲斐があるってもんだ。何とかしばらくは調理で食いつなぐことはできるだろうよ。」

一つ一つ、ビンの中身を味見していくのはなかなか度胸が必要だったが、味覚などはあまり変わらないようだ。ゴブリンの身に毒となるようなものも無さそう。

服はさすがにこの家にあるものはあわなかったが人間の上着にベルトを巻いてひとまず良しとしよう。腕もきれいなふきんを当てて応急処置も済んだ。

「思えばここまで裸一貫から何とか這い上がったよ。・・・つか断捨離が過ぎる。」

裸一貫とか言っても素っ裸で草原からスタートとかミニマルすぎるだろうが。持ち物だけに止まらず安全や人間であることすら捨て去るとかアホか!まぁとにかく生命の心配から解放されて、少しは心に余裕も生まれたってことか。衣食足りて礼節を知るという格言がある通り、俺は恩人へのお礼も忘れない男さ。
俺は食休みをはさんで、約束どおり家の主を埋葬するため庭におもむいた。
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