138 / 139
番外編
ピクニック③
しおりを挟む
「だから言っただろう。僕は欠点が多い。態度も性格も悪いし、とっつきにくい。後悔したか?その……結婚したことを」
「どうしたの?なんか、たまにネガティブになるよね」
基本的にノルは他者に対し、強気な態度で接しており、下手に出ることはない。
「……ヌイにかっこ悪いとこは見られたくないからだ」
目を伏せながら、言い辛そうに言う。ぬいにはその答えが出ることは分かっていた。ノルが弱いところを見せるのは、身内に準ずる者だけであると、知っていたからだ。だが、理解していたとしても、その言葉はぬいの心を締め付ける。
「ノルくんは……ほんっとうにかわいいよね」
衝動のままにノルを抱きしめる。
「かわいくなどない、それと呼び方」
すかさずノルは指摘する。
「あっ、ごめん」
「あなたたちって、本当に仲がいいわね」
叔母は感心したように見つめている。見られていることに恥ずかしさを覚え、ぬいは体を離そうとするが、ノルがそうさせてはくれなかった。背中に腕を回され、体を固定させられる。
「節度って」
落ち着かせるように、背中を軽く叩くと力が少しだけ緩む。大人しくいう事を聞いてくれると思いきや、耳元に口を寄せられた。
「また後で」
低い声でささやかれると、なんてことないように体を離された。しかし、ぬいは後がいつを指すのかわかってしまい、赤くなりそうな顔を必死に押さえつけた。
「そんなに気にしなくていいのよ。微笑ましいだけだもの。ロザ姉なら、よくやったわね、我が息子って言いそうよね」
おそらく叔母には聞こえいなかったのだろう。穏やかな笑みを浮かべながら言う。ノルも獲物を狙うような目から、徐々に落ち着きを取り戻し、叔母の方へと振り向いた。
「なぜそう思う?死に対し、恨まず憎むなと言われたにも関わらず、僕はその想いを抱いてしまった。ただの……」
「だめだよ!」
その先の、自分で自分を傷つけるだろう言葉を言わせまいと、ぬいは慌ててノルの口を手でふさいだ。
いくらぬいが許し、トゥーがそのことを気にしていなかろうとも、ノルはずっと引きずっていた。その罪の意識を解放するのは、異邦者には不可能なことであり、彼の両親を知っている者にしかできない。だからこそぬいは、ノルの叔母にそれを期待していた。
「ちょっと、なにを言っているの?多分、受け取り方が悪かったのね。大体あなたの叔父なんて、いい年してまだ引きずってるのよ。亡くなったルド義兄さんが見たら、いったいなんて言うのかしら。まったく」
叔母の指摘通り、枢機卿は未だ堕神に対し良くない思いを抱いている。ぬいは定着したためその対象から外れたが、そう簡単に断ち切れていないのは明らかである。
「叔父上は二人のことを大事に思っていましたから」
「そう、それ!それなのよ!」
その言葉を待っていた言わんばかりに、叔母は強く頷いた。
「それと同じで、ノル坊のことも大事に思っていたの。で、こう言ってたわ」
叔母は咳ばらいを一つすると息を吸い、背筋を伸ばした。柔和そうな雰囲気から一転、気の強そうな印象を与えるように表情を変える。
「いくら言い聞かせようとも、きっとあの子はわたくしたちの死を悲しみ、恨んでしまう。だって、わたくしがそうだったもの。年月が経とうとも、そう変わるものではない」
ノルがした叔母の紹介に、演技は含まれていなかった。だが貴族の一員であることと、長年妹としてノルの母親を見守ってきたからこそ、ここまで再現できるのだろう。
「だからその嘆きを受け止めてくれて、大事に想ってくれるような人がノルの前に現れるって、信じているわ。それが友達でも恋人でも、人間でなくてもいい。支え合う存在ができたら、わたくしは幸せだわ」
長いセリフを言い切ると、叔母は息を吐いて演技を止めた。
「本当に……そう、言って……」
感情が抑えきれなくなったのか、ノルは苦しそうに顔を歪めている。
「おいで」
ぬいが手を差しだすと、ノルは肩に顔をうずめる。背中に腕を回すと、震えているのが分かった。
「ごめんなさい。もっと早く言おうと思っていたのだけれど。亡くなった直後のノル坊には逆効果と思って、ここまで先延ばしにしてしまったの」
ノルの返事が返ってくることはなく、叔母もそれを求めていなかった。押し殺すような声が聞こえ、ぬいは優しく背中を撫でた。
「どうしたの?なんか、たまにネガティブになるよね」
基本的にノルは他者に対し、強気な態度で接しており、下手に出ることはない。
「……ヌイにかっこ悪いとこは見られたくないからだ」
目を伏せながら、言い辛そうに言う。ぬいにはその答えが出ることは分かっていた。ノルが弱いところを見せるのは、身内に準ずる者だけであると、知っていたからだ。だが、理解していたとしても、その言葉はぬいの心を締め付ける。
「ノルくんは……ほんっとうにかわいいよね」
衝動のままにノルを抱きしめる。
「かわいくなどない、それと呼び方」
すかさずノルは指摘する。
「あっ、ごめん」
「あなたたちって、本当に仲がいいわね」
叔母は感心したように見つめている。見られていることに恥ずかしさを覚え、ぬいは体を離そうとするが、ノルがそうさせてはくれなかった。背中に腕を回され、体を固定させられる。
「節度って」
落ち着かせるように、背中を軽く叩くと力が少しだけ緩む。大人しくいう事を聞いてくれると思いきや、耳元に口を寄せられた。
「また後で」
低い声でささやかれると、なんてことないように体を離された。しかし、ぬいは後がいつを指すのかわかってしまい、赤くなりそうな顔を必死に押さえつけた。
「そんなに気にしなくていいのよ。微笑ましいだけだもの。ロザ姉なら、よくやったわね、我が息子って言いそうよね」
おそらく叔母には聞こえいなかったのだろう。穏やかな笑みを浮かべながら言う。ノルも獲物を狙うような目から、徐々に落ち着きを取り戻し、叔母の方へと振り向いた。
「なぜそう思う?死に対し、恨まず憎むなと言われたにも関わらず、僕はその想いを抱いてしまった。ただの……」
「だめだよ!」
その先の、自分で自分を傷つけるだろう言葉を言わせまいと、ぬいは慌ててノルの口を手でふさいだ。
いくらぬいが許し、トゥーがそのことを気にしていなかろうとも、ノルはずっと引きずっていた。その罪の意識を解放するのは、異邦者には不可能なことであり、彼の両親を知っている者にしかできない。だからこそぬいは、ノルの叔母にそれを期待していた。
「ちょっと、なにを言っているの?多分、受け取り方が悪かったのね。大体あなたの叔父なんて、いい年してまだ引きずってるのよ。亡くなったルド義兄さんが見たら、いったいなんて言うのかしら。まったく」
叔母の指摘通り、枢機卿は未だ堕神に対し良くない思いを抱いている。ぬいは定着したためその対象から外れたが、そう簡単に断ち切れていないのは明らかである。
「叔父上は二人のことを大事に思っていましたから」
「そう、それ!それなのよ!」
その言葉を待っていた言わんばかりに、叔母は強く頷いた。
「それと同じで、ノル坊のことも大事に思っていたの。で、こう言ってたわ」
叔母は咳ばらいを一つすると息を吸い、背筋を伸ばした。柔和そうな雰囲気から一転、気の強そうな印象を与えるように表情を変える。
「いくら言い聞かせようとも、きっとあの子はわたくしたちの死を悲しみ、恨んでしまう。だって、わたくしがそうだったもの。年月が経とうとも、そう変わるものではない」
ノルがした叔母の紹介に、演技は含まれていなかった。だが貴族の一員であることと、長年妹としてノルの母親を見守ってきたからこそ、ここまで再現できるのだろう。
「だからその嘆きを受け止めてくれて、大事に想ってくれるような人がノルの前に現れるって、信じているわ。それが友達でも恋人でも、人間でなくてもいい。支え合う存在ができたら、わたくしは幸せだわ」
長いセリフを言い切ると、叔母は息を吐いて演技を止めた。
「本当に……そう、言って……」
感情が抑えきれなくなったのか、ノルは苦しそうに顔を歪めている。
「おいで」
ぬいが手を差しだすと、ノルは肩に顔をうずめる。背中に腕を回すと、震えているのが分かった。
「ごめんなさい。もっと早く言おうと思っていたのだけれど。亡くなった直後のノル坊には逆効果と思って、ここまで先延ばしにしてしまったの」
ノルの返事が返ってくることはなく、叔母もそれを求めていなかった。押し殺すような声が聞こえ、ぬいは優しく背中を撫でた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる