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本編

132:肖像画

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「そういえばさ、肖像画ってノルのは用意してないの?」
執務室にて、二人は肩を並べながら書類と向き合っていた。そろそろ昼ご飯の時間という時に、ぬいの方から話しかける。

「君はどう考える?必要性があると思うか?」
ノルはぬいに目を向けると、伺うように尋ねてきた。

「うーん……不在の時にノルの顔がいつでも見れるって思うと、欲しいけど」
もしノルだけが遠出をするとなれば、不在時に顔を見る手段はない。

「っく、僕は不必要前提で話をしていたというのに、その言い方は卑怯だろう」
書類を持ち上げると、ノルは顔を隠す。見えずとも、その顔が赤くなっていることは明らかである。ぬいはその事実に口角を上げる。もちろんその表情も見えていない。気づいていない振りをしながら、会話を続けることにした。

「たしかにあの大きさってなると、ちょっと嵩張るよね。持ち運びはできないし‥‥あ、だったらトゥーくんに渡したような、ペンダントを買うのはどうかな?」

いい案を思いついたと、ぬいは手を叩く。するとノルはついに耐えられなくなったのか、座席から立ち上がる。太ももの裏辺りに手を差しいれると、持ち上げられる。

かなり不安定な状態であるが、背中に当てられた手は力強くぬいは安心して肩に手を置いた。そのままゆっくりと入口の前へ移動する。

「扉の上になにか飾ってあったのが見えるか?」
目立った汚れはなく、きれいに拭われているが、何か所か釘を刺した跡が残っていた。

「お母さんの肖像画があったってこと?」
「ああ、当主としての自覚を持ち、自分を鼓舞するために飾っていたそうだ。父と結婚してしばらくした後に、外したらしい」

「その言い方だと、ノルのは飾ってなかったってことだよね」
「当たり前だ。自分の顔など長時間見ていたくない」
悪人面であることを気にしているのだろう。ノルは顔をしかめる。ぬいは皺を寄せた額に指先を当てた後、頬に移動させた。

「わたしは見ていられるけど。まあ、自分に置き換えて考えると落ち着かないもんね」
険しい表情が溶けていくのを確認すると、ぬいは手を放そうとする。しかし、ノルの食い入るような目がそうはさせなかった。なにも語らず、ただ真っすぐ向けられた視線には見覚えがあった。

「えっと……その、あんまり見ないでくれるかな?」
「僕の方こそ、ヌイのことは永遠に見ていられる」

言葉に含みはなく、素直に出たものだろう。だが求めているものはその返事ではない。ぬいは覚悟を決めると、頬に当てた手を移動して目に被せた。そのまま顔を近づけると、口付ける。

「君の方からしておいて、照れるのは珍しい」
「あっ、あれは気持ちが高ぶった結果だからで。真面目な感じで待たれると、さすがに……と言うか、今のはノルが要求してたよね?」

「僕はなにも言っていないが?」
「意地悪!よくないよ、そういうの!」

体の置き所が分からず、ジタバタするとノルはぬいのことを地面に降ろした。そのまま距離を取ると後ずさるが、すかさず詰められる。そんな攻防を繰り返していると、すぐにぬいは壁際に追い詰められた。

「からかってすまなかった。僕のことはいつでも襲ってくれていい」
謝っているわりには、申し訳なさそうには見えない。

「襲……っそ、そんなの無理だって。そこ、退いてよ!」
「悪いが逃がす気はない」

ノルは悪そうな笑みを浮かべると、ぬいの手を握り締めて何度も口付けてきた。ようやく満足したのか、顔を離すが表情は変わっていない。

「されるのも悪くないが、自分からする方がいいな。慌てて照れる君を見ているのは、とても楽しい」

仕返しをしようと、ぬいは背伸びをするが届かない。そのことにむくれると、頭突きをするように頭を押し付けた。ノルは一撫ですると、ぬいのことを持ち上げソファに降ろす。

「ペンダントと絵を用意しよう。もちろん二人分の」
ノルはすぐ横に座ると、ぬいの手を取り指を絡ませた。

「今後は伝統が徐々に解体されていく。肖像画もその一環だな。危険を冒すことが減り、二人きりの時間も、もう少し作れると思う」
今でも充分に満たされているなど、ぬいに言えるわけがなかった。

「じゃあ、最終的にノルとわたしの二人暮らしになるのかな。思い出の詰まったお家が無くなるのは辛いけど、ノルの命には代えられないし。それもいいね」
スヴァトプルク家で働く人たちは、多くはないがそれなりに居る。その彼らがすべて居なくなってしまうのは寂しくもある。

「いや、それはない。代替えするだけであって……ん?ヌイ。身分も資産も肩書も、全て無くした状態であっても、居てくれるということか?」

「わたしに想いを告げてくれた時に、ノルが言ってくれたんだよ?それを返すのは当たり前のことだよ」
ぬいが言い終わると、ノルは心底嬉しそうに微笑んだ。

「そうか」
返答は簡潔なものであったが、照れて何も言えなくなっているのは明らかである。喜びを噛みしめるように目を細めるが、まだそれでもにやけていた。

お互いに身を寄せ合うと、二人は今後のことについて話し合った。決して手を離すことはせず、ただ穏やかに。その姿は幸せそのものであった。
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