132 / 139
本編
131:今後の話
しおりを挟む
ぬいは執務室で、ノルの膝の上に座っていた。もはや日常となりつつあるが、いつもと違い今日はぬいの方から身を寄せた。そのことに気をよくしたのか、ノルは始終にやけている。書類に目を通してはいるが、ほとんど頭に入っていないだろう。先ほどから何度も視線を向けられている。
「前にも言ったが、僕は君の誘惑には弱い。なんでもいいことを聞いてしまうと思う」
「だったら金をよこせ!とか言ったらどうするの?」
あからさまにからかいながら、ぬいは言う。
「全額渡す」
ヴァーツラフもそうであったが、ノルにも冗談は通じなかったらしい。即答され、ぬいは首を勢いよく横に振った。
「だ、だめだよ!いらないって!冗談だって、わかってるよね?」
「理解はしているが、本気だ。君に想いを告げた時に言ったことを、撤回するつもりはない」
「う……そっか」
これ以上はなにを言っても、照れることしか発言しないだろう。大人しくノルにもたれかかると、そのまま頭を撫でられた。
「それで、本当はなにが望みだったんだ?」
「うーん。どこから言ったらいいかな。結論から言うと、ノル……が、欲しいってことなんだけど」
「寝室に行こう」
投げ出すように書類から手を離すと、ぬいの体を持ち上げ移動する。
「あ……ち、ちがうって!そういうことじゃなくて。合ってるんだけど、端折り過ぎたよ……その、頼むから話を聞いて!そこのソファでいいから、下ろしてよ」
体をばたばたと動かし抵抗すると、ノルは大人しく指定の場所へと腰を下ろした。ただしぬいを膝に乗せたままである。隙を狙って降りると、適切な距離を取る。
「ごめん。わたし、照れると話のまとまりが無くなるから、最初にはっきり言ったほうが分かりやすいと思って」
しかしノルはすぐに詰めてきた。
「えっ……っと、話をしようよ」
ぬいは移動するがノルはまた詰める。そんなことを繰り返し、やがて端まで移動すると逃げ場がなくなった。諦めたぬいはノルにもたれかかることにした。肩を抱かれるが、それだけである。
「あのね、この世界に降り立ったあと、わたしだけじゃなく、トゥーくんとも野宿したよね。ということは、この先現れる異邦者にも同じことをするのかなって、思ったら……なんかすごく嫌で」
「誰がするか!」
余程嫌だったのかノルは大声で言うと、ぬいの両肩を掴んで向き合った。
「そもそもあいつを数に入れるんじゃない。遠くから見張るために距離を置こうとしたのに、勝手についてきただけだ」
まだノルの態度が厳しかったころ、ミレナが水しか与えなかったと言っていたことを思い出す。
「そういえば、その時ってノルはなにを食べてたの?」
「携帯食料だ。あんなまずいものを渡す必要などない。あいつは自分のを食べていたからな」
どうやら意地悪で渡さなかったわけではないらしい。
「いいか?一夜を共にしているのは今も今後も君だけだ」
掴まれた肩を揺らされ、訴えてくる。その言葉には別の含みもあったが、ぬいはそれどころでなく、納得もできなかった。
「でも、この先はどうするの?あの場所からここまで、それなりに距離あるよね?わたしのただの嫉妬心で、同じ境遇の人を放置するのはさすがに……」
「ヌイ!」
嫉妬心という言葉に反応し、ノルは一度軽く抱きしめると体を離す。
「素直にそう言ってくれるのは嬉しい」
「ノルはいつも正直に言ってくれるし、なにより顔に出てるからね。それを見て、わたしもできるだけ同じようにしようと思って」
ぬいは口の両端に指を置くと、無理やり上げようとする。しかしそんなことをするまでもなく、口角は上がり切っていた。
「たくさんの、与えられたものを返したいって。ずっと考えてるんだ。でもどれだけ、なにをしようともきりが無くてさ」
「……ヌイ、なにを言ってるんだ。与えてくれたのは君の方だろう。そもそも君が居なければ僕はとっくに死んでいた」
「あれ、前と話が違うような気が……なんか悪化してない?気のせいじゃないよね。違う人と結婚してとか、言ってたような」
結婚する少し前のことであり、ぬいはしっかりと記憶している。そのことを思い出し、頷いた。
「っは、ヌイ以外あり得ないな。誰だ、そんなことを言ったやつは」
嘲笑するように言う。どうやら本当に覚えていないらしい。
「いや、わたしの目の前にいるんだけど。うーん、寝起きだったからかな」
ぬいは首をひねっていると、急にお腹と腰に手を回された。そのまま引き寄せられると、ノルの足の間に座らされる。背面から腕を回され抱きしめられると、耳元に口を寄せてきた。
「君からもらったものは多い。一生かかっても返しきれないだろうし、例え返せたとしても、離すつもりもない」
「だからそれは、わたしのほうだって」
「いや、僕だ」
ぬいとノルは何度も自分の方だと、主張をし続ける。ひとしきり言い合ったあと、少しの間沈黙が生まれ、どちらともなく笑い出した。
「っぷ、あははっ。わたしたち、なにを言い合ってるんだろうね。想いを渡して、また貰って。延々とそれが繰り返し、終わることがない。まわる相思に幸いあれって、弟が言ってたこと、なんだかもう叶ったような気がするよ」
嬉しそうに言うと、ノルは頬にそっと唇を押し当ててきた。何度もそうされたあと、片腕が緩み頬に手を当てられる。残った腕にぬいはそっと手を重ねると、後ろを振り向いた。
「ヌイ、目を」
言われる前に目を閉じると、すぐに口付けられた。余程待ちきれなかったのか最初は強く押し付けられる。そのあと何度か重ね合うと、離された。目を開いて、ぬいは微笑みを浮かべる。するとノルは恥ずかしそうに顔をそむけた。
「その……君のような人たちについては協議中だ。神官騎士たちがその役も兼ねればいいが……今から教育して、間に合うかどうか。そもそも無駄な気もする」
恥ずかしさをかくすためか、ノルは元の話題に戻してきた。
「お話するだけなら、同じ世界出身であるわたしが、話をしたほうがいいような気もするけど」
「だめだ」
ノルは即答した。この態勢で顔は見えないが、確実ににらんでいることが分かる声色である。
「そう言うと思ったよ。まだ時間はあるから、納得できる案を二人で話し合っていこう。決して一人で勝手には決めないこと。それでいいかな?」
姉らしくというより、恋人のように甘えながら言う。ノルは感情が抑えきれなくなったのか、腕に力を入れてきた。
「言っただろう。僕は君に弱いと。断るわけなどない」
「前にも言ったが、僕は君の誘惑には弱い。なんでもいいことを聞いてしまうと思う」
「だったら金をよこせ!とか言ったらどうするの?」
あからさまにからかいながら、ぬいは言う。
「全額渡す」
ヴァーツラフもそうであったが、ノルにも冗談は通じなかったらしい。即答され、ぬいは首を勢いよく横に振った。
「だ、だめだよ!いらないって!冗談だって、わかってるよね?」
「理解はしているが、本気だ。君に想いを告げた時に言ったことを、撤回するつもりはない」
「う……そっか」
これ以上はなにを言っても、照れることしか発言しないだろう。大人しくノルにもたれかかると、そのまま頭を撫でられた。
「それで、本当はなにが望みだったんだ?」
「うーん。どこから言ったらいいかな。結論から言うと、ノル……が、欲しいってことなんだけど」
「寝室に行こう」
投げ出すように書類から手を離すと、ぬいの体を持ち上げ移動する。
「あ……ち、ちがうって!そういうことじゃなくて。合ってるんだけど、端折り過ぎたよ……その、頼むから話を聞いて!そこのソファでいいから、下ろしてよ」
体をばたばたと動かし抵抗すると、ノルは大人しく指定の場所へと腰を下ろした。ただしぬいを膝に乗せたままである。隙を狙って降りると、適切な距離を取る。
「ごめん。わたし、照れると話のまとまりが無くなるから、最初にはっきり言ったほうが分かりやすいと思って」
しかしノルはすぐに詰めてきた。
「えっ……っと、話をしようよ」
ぬいは移動するがノルはまた詰める。そんなことを繰り返し、やがて端まで移動すると逃げ場がなくなった。諦めたぬいはノルにもたれかかることにした。肩を抱かれるが、それだけである。
「あのね、この世界に降り立ったあと、わたしだけじゃなく、トゥーくんとも野宿したよね。ということは、この先現れる異邦者にも同じことをするのかなって、思ったら……なんかすごく嫌で」
「誰がするか!」
余程嫌だったのかノルは大声で言うと、ぬいの両肩を掴んで向き合った。
「そもそもあいつを数に入れるんじゃない。遠くから見張るために距離を置こうとしたのに、勝手についてきただけだ」
まだノルの態度が厳しかったころ、ミレナが水しか与えなかったと言っていたことを思い出す。
「そういえば、その時ってノルはなにを食べてたの?」
「携帯食料だ。あんなまずいものを渡す必要などない。あいつは自分のを食べていたからな」
どうやら意地悪で渡さなかったわけではないらしい。
「いいか?一夜を共にしているのは今も今後も君だけだ」
掴まれた肩を揺らされ、訴えてくる。その言葉には別の含みもあったが、ぬいはそれどころでなく、納得もできなかった。
「でも、この先はどうするの?あの場所からここまで、それなりに距離あるよね?わたしのただの嫉妬心で、同じ境遇の人を放置するのはさすがに……」
「ヌイ!」
嫉妬心という言葉に反応し、ノルは一度軽く抱きしめると体を離す。
「素直にそう言ってくれるのは嬉しい」
「ノルはいつも正直に言ってくれるし、なにより顔に出てるからね。それを見て、わたしもできるだけ同じようにしようと思って」
ぬいは口の両端に指を置くと、無理やり上げようとする。しかしそんなことをするまでもなく、口角は上がり切っていた。
「たくさんの、与えられたものを返したいって。ずっと考えてるんだ。でもどれだけ、なにをしようともきりが無くてさ」
「……ヌイ、なにを言ってるんだ。与えてくれたのは君の方だろう。そもそも君が居なければ僕はとっくに死んでいた」
「あれ、前と話が違うような気が……なんか悪化してない?気のせいじゃないよね。違う人と結婚してとか、言ってたような」
結婚する少し前のことであり、ぬいはしっかりと記憶している。そのことを思い出し、頷いた。
「っは、ヌイ以外あり得ないな。誰だ、そんなことを言ったやつは」
嘲笑するように言う。どうやら本当に覚えていないらしい。
「いや、わたしの目の前にいるんだけど。うーん、寝起きだったからかな」
ぬいは首をひねっていると、急にお腹と腰に手を回された。そのまま引き寄せられると、ノルの足の間に座らされる。背面から腕を回され抱きしめられると、耳元に口を寄せてきた。
「君からもらったものは多い。一生かかっても返しきれないだろうし、例え返せたとしても、離すつもりもない」
「だからそれは、わたしのほうだって」
「いや、僕だ」
ぬいとノルは何度も自分の方だと、主張をし続ける。ひとしきり言い合ったあと、少しの間沈黙が生まれ、どちらともなく笑い出した。
「っぷ、あははっ。わたしたち、なにを言い合ってるんだろうね。想いを渡して、また貰って。延々とそれが繰り返し、終わることがない。まわる相思に幸いあれって、弟が言ってたこと、なんだかもう叶ったような気がするよ」
嬉しそうに言うと、ノルは頬にそっと唇を押し当ててきた。何度もそうされたあと、片腕が緩み頬に手を当てられる。残った腕にぬいはそっと手を重ねると、後ろを振り向いた。
「ヌイ、目を」
言われる前に目を閉じると、すぐに口付けられた。余程待ちきれなかったのか最初は強く押し付けられる。そのあと何度か重ね合うと、離された。目を開いて、ぬいは微笑みを浮かべる。するとノルは恥ずかしそうに顔をそむけた。
「その……君のような人たちについては協議中だ。神官騎士たちがその役も兼ねればいいが……今から教育して、間に合うかどうか。そもそも無駄な気もする」
恥ずかしさをかくすためか、ノルは元の話題に戻してきた。
「お話するだけなら、同じ世界出身であるわたしが、話をしたほうがいいような気もするけど」
「だめだ」
ノルは即答した。この態勢で顔は見えないが、確実ににらんでいることが分かる声色である。
「そう言うと思ったよ。まだ時間はあるから、納得できる案を二人で話し合っていこう。決して一人で勝手には決めないこと。それでいいかな?」
姉らしくというより、恋人のように甘えながら言う。ノルは感情が抑えきれなくなったのか、腕に力を入れてきた。
「言っただろう。僕は君に弱いと。断るわけなどない」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる