131 / 139
本編
130:嫉妬
しおりを挟む
手に汗を握る攻防から一転、ノルは細かい説明をしているらしい。周りにいる神官騎士たちは緊張状態から解放されたこともあるのか、かなり眠そうである。
それどころか遠慮なく首を振って、なにかを探しているようである。特に隠れる意味はないが、ぬいは条件反射から再び身を隠す。
「っぷ、はははっ、確かに合ってる。幼児だわ、これ」
「おい、てめえもだろ」
騒がしいのは相変わらずであるが、神官騎士たちの楽しそうな掛け合いが聞こえる。最初はノルと相性が悪そうに見えたが、どうやらそうでもないらしい。
影からちらりと見てみると、神官騎士たちは男性だけでなく、女性の姿もちらほら見受けられる。そのことに関して特に嫉妬をすることはない。
元の世界に女性騎士はほぼ存在しない。しかし御業のおかげで、対等に騎士職を全うできているのだろう。ノルを物理的に守れる力があることに関しては、羨ましく思うがそれだけである。
まずは最前線に立つノルの役目を彼らに担ってもらう。そうなると、ノルがすることは異邦者となった者の説明だろうか。ぬいは当時ノルと野宿をしたことを思い出す。
「……ん?あれ」
異邦者にどう対応するかについて、説明は聞いていない。つまりこのままであれば、ノルが同行することになる。それが男女のどちらにも関わらず。
――それは絶対に嫌だ。
ぬいはそう思った。最初に話すことはもちろん、二人きりで床を共にするなど、到底耐えられないと。以前抱いた嫉妬心よりも、強く胸を焦がす。張り裂けそうになる胸を抱えながら、代替案はないのかと考える。それ自体はどうにかなるだろう、しかし最初はノルが行うのが一番確実である。
そのあとは神官騎士に代わってもらうか、ぬい自身が今から鍛え、ノルの両親のように前に出ることもできるだろう。大事な人が命の危機にさらされ、内に抱える嫉妬心を抑える。そんな思いをグルグルと抱えていたからか、神官騎士たちの騒がしい様子に気づくことはなかった。
「ヌイ!」
どこか焦るような声が投げかけられ、顔を上げると目の前にノルが立っていた。そのことを確認した瞬間、ぬいは飛びつくように抱き着いた。
「ノルくん!」
嫉妬心を発散すべく、ほぼ体当たりにも等しい行動であったが、難なく受け止められる。それどころか、器用にそのまま抱え上げられた。姿を神官騎士たちに見せたくないのか、くるりとその場で一回転する。
代わりに回す手に力をいれると、ノルも同じようにしてきた。しばらく互いの心音を聞きながら、生きていることを実感する。やがて少しだけ体を離すと、間近にノルの顔があった。いつもは身長差があるため、立ったままでこうはいかない。抱えられていることに甘えながら、そのままそっと手を伸ばすと頬を触る。
「どうした?僕が居ない間に、なにかあったのか?」
不思議そうに尋ねてくる。ぬいのどこか切羽詰まったような表情を見て、そう言ったのだろう。不満を発散するように、額同士をぶつけると口を尖らせる。
「信じようとしたけど……心配したよ」
「それはすまなかった。けど、あれくらいはなんともない。今までずっとやってきたことだ」
ノルの言うことは最もであるし、実績もある。反論できなくなったぬいは、額を離すと唇を押し付けた。どうかこの想いが伝わるようにと。
外で、人前でもあることからすぐに離す。角度からして、ぬいからしたことに気づかれてはいないだろう。
「っな、ヌイ……」
ノルの顔は赤くなっていた。動揺しているが、それでも気遣うように、そっとぬいのことをその場に降ろしてくれた。その変わらない優しさにぬいの心は温かくなる。
「ありがとう、ノル」
醜い嫉妬心は一旦なりを潜め、満ちる愛情から自然な微笑みを浮かべた。するとさらに赤面し、どこかうっとりとした表情でノルは両頬を押さえてきた。そのまま顔を近づけると、口付け返される。
押さえる力は強く逃がすまいとの意思を感じるが、当てられる唇は優しかった。想いを告げられたときのように、何度かし続け幸福感に浸る。しかしあまりにも周りが騒がしく、さすがにノルも顔を離した。
「次期団長が、穴から帰ってきませぇーん」
「ねえ、これ埋めてみたらどうなるかな」
「グーパンチで、突き破って出てくるかも。面白そう」
「やっちゃえ、やっちゃえ」
状況はあまりにも混沌としていた。ペトルだけで収束させるのは、最早不可能である。全員が参加しているわけではないが、それでも止める者は一人もいない。
「あのバカどもが……」
怒りと呆れが半々といった具合で、ノルは顔を引きつらせていた。
「っぷ、あははっ、なにそれ?」
ぬいはついに耐えきれず、笑い声をあげた。滅多にないどころか、はじめて見た破顔にノルは目を丸くする。
「そんな表情もするんだな。それを引き出したのが、僕でなくて少し悔しいが……」
「なにを言ってるの?全部ノルのおかげだよって、前にも言ったよね?今だってとどめをさしたのはそっちだし」
ぬいはノルの背中に手を伸ばすと軽く押した。
「さ、行っておいで。あれをどうにかできるのは、一人しかいない。わたしはここでちゃんと見ているから、ね?」
ノルは神官騎士たちとぬいのことを交互に見た後、決心がついたのか背を向けて走って行った。文句を言いながらも事態の収拾を図ろうとし、それを邪魔される。そんな様子を、ぬいは穏やかな瞳で眺め続けていた。
それどころか遠慮なく首を振って、なにかを探しているようである。特に隠れる意味はないが、ぬいは条件反射から再び身を隠す。
「っぷ、はははっ、確かに合ってる。幼児だわ、これ」
「おい、てめえもだろ」
騒がしいのは相変わらずであるが、神官騎士たちの楽しそうな掛け合いが聞こえる。最初はノルと相性が悪そうに見えたが、どうやらそうでもないらしい。
影からちらりと見てみると、神官騎士たちは男性だけでなく、女性の姿もちらほら見受けられる。そのことに関して特に嫉妬をすることはない。
元の世界に女性騎士はほぼ存在しない。しかし御業のおかげで、対等に騎士職を全うできているのだろう。ノルを物理的に守れる力があることに関しては、羨ましく思うがそれだけである。
まずは最前線に立つノルの役目を彼らに担ってもらう。そうなると、ノルがすることは異邦者となった者の説明だろうか。ぬいは当時ノルと野宿をしたことを思い出す。
「……ん?あれ」
異邦者にどう対応するかについて、説明は聞いていない。つまりこのままであれば、ノルが同行することになる。それが男女のどちらにも関わらず。
――それは絶対に嫌だ。
ぬいはそう思った。最初に話すことはもちろん、二人きりで床を共にするなど、到底耐えられないと。以前抱いた嫉妬心よりも、強く胸を焦がす。張り裂けそうになる胸を抱えながら、代替案はないのかと考える。それ自体はどうにかなるだろう、しかし最初はノルが行うのが一番確実である。
そのあとは神官騎士に代わってもらうか、ぬい自身が今から鍛え、ノルの両親のように前に出ることもできるだろう。大事な人が命の危機にさらされ、内に抱える嫉妬心を抑える。そんな思いをグルグルと抱えていたからか、神官騎士たちの騒がしい様子に気づくことはなかった。
「ヌイ!」
どこか焦るような声が投げかけられ、顔を上げると目の前にノルが立っていた。そのことを確認した瞬間、ぬいは飛びつくように抱き着いた。
「ノルくん!」
嫉妬心を発散すべく、ほぼ体当たりにも等しい行動であったが、難なく受け止められる。それどころか、器用にそのまま抱え上げられた。姿を神官騎士たちに見せたくないのか、くるりとその場で一回転する。
代わりに回す手に力をいれると、ノルも同じようにしてきた。しばらく互いの心音を聞きながら、生きていることを実感する。やがて少しだけ体を離すと、間近にノルの顔があった。いつもは身長差があるため、立ったままでこうはいかない。抱えられていることに甘えながら、そのままそっと手を伸ばすと頬を触る。
「どうした?僕が居ない間に、なにかあったのか?」
不思議そうに尋ねてくる。ぬいのどこか切羽詰まったような表情を見て、そう言ったのだろう。不満を発散するように、額同士をぶつけると口を尖らせる。
「信じようとしたけど……心配したよ」
「それはすまなかった。けど、あれくらいはなんともない。今までずっとやってきたことだ」
ノルの言うことは最もであるし、実績もある。反論できなくなったぬいは、額を離すと唇を押し付けた。どうかこの想いが伝わるようにと。
外で、人前でもあることからすぐに離す。角度からして、ぬいからしたことに気づかれてはいないだろう。
「っな、ヌイ……」
ノルの顔は赤くなっていた。動揺しているが、それでも気遣うように、そっとぬいのことをその場に降ろしてくれた。その変わらない優しさにぬいの心は温かくなる。
「ありがとう、ノル」
醜い嫉妬心は一旦なりを潜め、満ちる愛情から自然な微笑みを浮かべた。するとさらに赤面し、どこかうっとりとした表情でノルは両頬を押さえてきた。そのまま顔を近づけると、口付け返される。
押さえる力は強く逃がすまいとの意思を感じるが、当てられる唇は優しかった。想いを告げられたときのように、何度かし続け幸福感に浸る。しかしあまりにも周りが騒がしく、さすがにノルも顔を離した。
「次期団長が、穴から帰ってきませぇーん」
「ねえ、これ埋めてみたらどうなるかな」
「グーパンチで、突き破って出てくるかも。面白そう」
「やっちゃえ、やっちゃえ」
状況はあまりにも混沌としていた。ペトルだけで収束させるのは、最早不可能である。全員が参加しているわけではないが、それでも止める者は一人もいない。
「あのバカどもが……」
怒りと呆れが半々といった具合で、ノルは顔を引きつらせていた。
「っぷ、あははっ、なにそれ?」
ぬいはついに耐えきれず、笑い声をあげた。滅多にないどころか、はじめて見た破顔にノルは目を丸くする。
「そんな表情もするんだな。それを引き出したのが、僕でなくて少し悔しいが……」
「なにを言ってるの?全部ノルのおかげだよって、前にも言ったよね?今だってとどめをさしたのはそっちだし」
ぬいはノルの背中に手を伸ばすと軽く押した。
「さ、行っておいで。あれをどうにかできるのは、一人しかいない。わたしはここでちゃんと見ているから、ね?」
ノルは神官騎士たちとぬいのことを交互に見た後、決心がついたのか背を向けて走って行った。文句を言いながらも事態の収拾を図ろうとし、それを邪魔される。そんな様子を、ぬいは穏やかな瞳で眺め続けていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
婚約破棄された私。大嫌いなアイツと婚約することに。大嫌い!だったはずなのに……。
さくしゃ
恋愛
「婚約破棄だ!」
素直であるが故に嘘と見栄で塗り固められた貴族社会で嫌われ孤立していた"主人公「セシル」"は、そんな自分を初めて受け入れてくれた婚約者から捨てられた。
唯一自分を照らしてくれた光を失い絶望感に苛まれるセシルだったが、家の繁栄のためには次の婚約相手を見つけなければならず……しかし断られ続ける日々。
そんなある日、ようやく縁談が決まり乗り気ではなかったが指定されたレストランへ行くとそこには、、、
「れ、レント!」
「せ、セシル!」
大嫌いなアイツがいた。抵抗するが半ば強制的に婚約することになってしまい不服だった。不服だったのに……この気持ちはなんなの?
大嫌いから始まるかなり笑いが入っている不器用なヒロインと王子による恋物語。
15歳という子供から大人へ変わり始める時期は素直になりたいけど大人に見られたいが故に背伸びをして強がったりして素直になれないものーーそんな感じの物語です^_^
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆小説家になろう様でも、公開中◆
悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい
ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。
よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。
その中の自分はまさかの悪役令嬢?!
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる