まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
129 / 139
本編

128:神官騎士から見たスヴァトプルク③

しおりを挟む
「必要なのは一定以上の筋力と、すばやさだ。特に後者が重要であり、だから君たちは選ばれた」

スヴァトプルクは真横に大きくえぐれた跡が残る中、説明をする。もしあの攻撃が当たっていれば、無残なことになっていただろう。にもかかわらず、顔色一つ変わっていない。自分よりはるかに力を持った存在と、対峙する事に慣れている証である。商家の神官騎士は少しだけ尊敬の念を抱いた。

「堕神は基本的に破壊や殺傷を目的として降臨するのではない。どうしようもない悲しみや、憤怒。行き場のない感情を力として放出しているだけだ。だから回避をして台座を叩き割るか、説得すればいい」

より詳しく解説をしていく。最初こそは命にかかわるため、皆真面目に聞いていた。しかし関わらない話となると、右から左に受け流すようになってきた。

スヴァトプルクの話し方が悪いわけではない。元から集められたのは彼の言う通り、速度と筋力重視の神官騎士たちだ。つまり神官騎士学校時代、座学はほぼ寝ていたような連中ばかりである。商家の神官騎士も実家を手伝わず、この道に入ったのは、細かい計算が不得意というのが、理由の一つだ。頭が揺れそうになるのを必死に押さえようと、別のことを考えはじめる。

そういえばスヴァトプルクの言っていた妻とは、どこにいるのだろうか。そう思い、商家の神官騎士は辺りに目配せをする。

うわさで彼の妻は異邦者であると聞いた。つまり親を殺した者と同じ存在である。恨みを晴らすべく、ネチネチと虐げられているに違いない。見せる表情は暗く、どこかで拘束されている可能性すらある。

仲間たちも同じことを思ったのか、遠慮なくキョロキョロしはじめる。

「君たち……大分先のこととはいえ、これから危険なことに従事するというのに……いや、その精神力をほめるべきなのか」
皮肉か本気か分からないことをスヴァトプルクはつぶやいた。

「皆飽きちゃったみたいだね。この様子だと、私の話はまた今度にした方がよさそうだ」
「っは、幼児の方がまだマシなレベルだな……仕方ない、質問を許可する」

吐き捨てるようにスヴァトプルクは言う。その態度はもっともなことであり、誰も何も不満に思うことはなかった。

「はーい!スヴァトプルクさんの彼女って、本当に実在するっすか?」
いい質問をしてくれたと、商家の神官騎士は思った。どこを見渡しても、それらしき人物を見つけることができなかったからだ。

「比較対象にした幼児に謝るべきだったようだ。君たちに人以上の知性はないらしい」
深いため息を吐く。なぜか急に当たりが強くなった。だが、その言葉はこの場にいる者たちにとって、罵倒には当たらない。知性が足りていないのは事実であり、皆自覚しているからである。

「それと彼女と言う呼び方はなんだ。妻だと言っているだろう」
スヴァトプルクはまだかなり若い。妻帯者と言われても今一つピンとこないし、落ち着いてもいない。だからこそ、そう質問されたのだろう。

「あの、夫人は異邦者なんですよね?なんでここに呼ばなかったんですか?なにか色々と、聞けることがある気がするのですが」
貴族出身の神官騎士が言った。この中では一番知性を持っているようである。

「つーか、なんで親のカタキと結婚したんすか?じわじわ苦しめてやる的な?」
次はこの中で一番頭の悪そうな神官騎士が発言した。商家の神官騎士も気になっていたことである。あまりにも直接的な物言いに、心の中で喝采を送った。しかし案の定地雷を踏んだらしく、スヴァトプルクに襟元を掴まれていた。

「人としても神官としてもなっていないようだな。君は大切な存在が人に殺されたからと言って、人を殺すのか?それと同じだ。それに両親は短命の寿命を迎えた時に、堕神とかち合ってしまっただけだ」
かなり頭にきているらしく締め上げられ、質問をした神官騎士は苦しそうにしている。

「ノ……あー、わかりやすく言うなら、大昔に親族を魔法国の人に殺され、実は彼女が魔法国出身だったと知ったら、殺す?殺さないよね?そういうことだよ」
間にセドニクが仲裁に入る。その例えは身近でわかりやすく、全員が納得できた。スヴァトプルクも溜飲が下がったのか手を離す。

質問をした神官騎士も悪意はなかったらしく、何回も謝っていた。しかし直後で、呼吸がし辛かったのか、はあはあと荒い息が聞こえる。やがて息が整い元通りになっても、なぜかその呼吸音は鳴り響く。これは苦しいというより、興奮しているようである。どこにそんな不審者がいるのかと思いきや、その人物はスヴァトプルクの肩を叩いた。

「異邦者って、あの強いと……いや、違いますね。ふふ、知りませんでしたよ。スヴァトプルクさんがこんなに強いなんて」

次期団長は息が荒く、目の焦点がどことなく合っていない。転移に剣技、基本的には温厚な人柄。とっくに団長になっていたもおかしくない才能があるというのに、実現していない理由はこれである。

一度暴走するか、自分と渡り合えるほど強い人物と対峙すると、人が変わってしまう。このことから堕神の降臨に参加をすることはない。そもそも水晶国は規格外の力を持ったものを必要とするほど、荒れていない。その結果無駄に力を持った彼は、使い走りのような真似をさせられているのである。

「なにを錯乱している。僕はただ一度避けただけで、君の剣技を受けることすら不可能だ!」
剣の柄に手を当て、じりじりと迫ってくる彼に対し、スヴァトプルクは後退する。

「おい、誰か止めれるやつは……いないな。っち、ヌイの近くにあいつを呼ぶのが嫌だったが、失敗だったみたいだな……少しだけでいい。結界を張り、全員でこいつを押さえてろ」

スヴァトプルクはセドニクに指示したあと、その場に居た神官騎士たちに目配せし、走り去っていった。逃げたのではないかと、そう非難する余裕もなかった。

次期団長の力はすさまじくかったのである。セドニクが結界を張り、それを壊され神官騎士たちが総出で取り押さえる。全員吹っ飛ばされまたセドニクが結界を張っての繰り返しであった。

やがて少しだけ慣れてきた商家の神官騎士は、まだなのかとスヴァトプルクが向かった方に目を向けた。

――彼は妻らしき女性と抱擁を交わしていた。

「は?」
ふざけるなと商家の神官騎士は、思わず声を漏らした。周りの仲間たちもそう思ったのか、体が止まっている。スヴァトプルクはそれだけでなく、妻の両頬に手を当てると口付けをしはじめた。

盛大な舌打ちが周りから聞こえる。彼の株が暴落した瞬間であった。

「へぁっ、あ……ええええ?」
変わった叫び声が聞こえると、全員の目がそちらに持っていかれる。そこには顔を果実のように真っ赤にした、次期団長が居た。

「まままってって。え、え?ここたくさん人いるし。そんなことまで?あわわわわっ」
子供のように慌てふためくと、その場をぐるぐると走り回る。

「ムリムリムリっ見てられないよ……穴、どこか穴に潜らないと」
そう言うと自分で開けたくぼみに飛び込み、しばらく帰ってこなかった。神官騎士たちはようやく、妻といちゃついている意図を理解した。次期団長を抑えるには同じ強者か、転移の御業が使えるものと相場が決まっている。だが方法はそれだけではないらしい。

転落したスヴァトプルクの株はすぐ元に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵令嬢。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

【完結】「離婚して欲しい」と言われましたので!

つくも茄子
恋愛
伊集院桃子は、短大を卒業後、二年の花嫁修業を終えて親の決めた幼い頃からの許嫁・鈴木晃司と結婚していた。同じ歳である二人は今年27歳。結婚して早五年。ある日、夫から「離婚して欲しい」と言われる。何事かと聞くと「好きな女性がいる」と言うではないか。よくよく聞けば、その女性は夫の昔の恋人らしい。偶然、再会して焼け木杭には火が付いた状態の夫に桃子は離婚に応じる。ここ半年様子がおかしかった事と、一ヶ月前から帰宅が稀になっていた事を考えると結婚生活を持続させるのは困難と判断したからである。 最愛の恋人と晴れて結婚を果たした晃司は幸福の絶頂だった。だから気付くことは無かった。何故、桃子が素直に離婚に応じたのかを。 12/1から巻き戻りの「一度目」を開始しました。

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

処理中です...