まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

127:神官騎士から見たスヴァトプルク②

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「ギリギリ間に合った!」

切羽詰まったような声が聞こえると、なんの前触れもなく目の前に一人の神官騎士が現れた。商家の神官騎士は驚いて、後ろによろけそうになるがなんとか踏みとどまった。

「っは、遅刻だ。この大バカ者が」
案の定スヴァトプルクは鼻で笑う。周りの仲間たちは遅刻したことをからかうように、声を上げている。商家の神官騎士は不快と言うよりはホッとした。同じ遅刻仲間がいたという事。彼は相手が誰であろうと、平等に罵倒するというところだ。

「えっ、あっちでは確かに」
そう言うと懐から時計を取り出す。その時刻を見ると、みるみるうちに青ざめていく。

「すみませんでした!今日も午前中だけで何十件と移送業務をこなしていて、失念していたようです」

平謝りする彼は一見平凡で人畜無害そうな容姿だ。だが、その正体はこの国上位の御業の使い手で、次期神官騎士団長と名高い人である。少し前まで有名だった、勇者と呼ばれた異邦者をしのぐほどである。

「神官騎士団長ともなれば、色々と役割が増えるし。転移持ちとなれば……まあ、そうなるよねえ」
セドニクは彼の肩を叩くと、同情するように言った。

「いえ、自分はまだ候補なだけです。忙しさは神官貴族さまたちの方と、そう変わりないと思います」
「それがそうでもなくてね、最近は結構時間があるんだ。堕神の降臨が抑えられているのと、この度対処が神官騎士に移行することが決まったからね」

セドニクの言う通り、今までは神官貴族たちが堕神との対峙をしていた。しかしスヴァトプルク、セドニク、アルバ、三家間の会議の結果、神官貴族が総出で当たった方が効率がいいという結果に至り、招集されたのである。

この場にいる神官騎士たちの年齢層は様々であるが、比較的若い人物が多い。理由は堕神という、人知を凌駕した者と戦闘になる可能性が高いからだ。下手をすれば命を失う可能性もある。現にスヴァトプルクも両親を亡くしている。

であるがために、この募集は志願制であり、かなりの好待遇である。商家の神官騎士はも実家を援助するために、参加することを決めたのである。

「無駄話はいい、早くはじめよう」
スヴァトプルクはせかすように言うと、軽く説明をする。そのあとで、練習場の中心部に移動すると次期団長と向かい合った。

「君たちはここで選ばれたわけではない。実際に見た方が早いだろう」
ここ、というところで頭を指す。そのことに苛立ちを覚えたものは少なかっただろう。なぜならそれは事実であるからだ。例外は貴族出身の神官騎士で、

「いいか、僕を殺す気で一直線に振り下ろせ。手を抜くことは許さない」
「えっ、ちょっと待ってください。それ、本気で言ってるんですか?」

次期団長は焦りながら言う。それはもっともである。この国最強の一角と呼ばれている彼にそんなことを要求しているのだ。正気の沙汰ではない。

「大丈夫だって。ノルベルトはずっと堕神と対峙してきたんだから、言うことに間違いないって」
調整役であるはずのセドニクも止めることはない。そのことが、より調子に乗らせる原因となったのだろう。他の神官騎士たちは、戦うように騒ぎ立てる。

「で、ですが……さすがに結婚したばかりの人を、実家で誤って殺害とか、気が引けるどころか、教義に反します」
セドニクを除いた全員が首を縦に振った。あのスヴァトプルクが結婚したらしいとのうわさは、半信半疑であった。だが、この言い方からしてどうやら本当らしい。

「教義違反は同意なく他者を殺害した場合であり、この場は適応されない。なぜ僕が君に殺される前提になっている」
「私も保障するよ」

後押しするようにセドニクも言うが、次期団長は頑なに同意しない。その頑固さは彼が敬虔な信者である証であった。

「神々に誓って、かすり傷一つ負わないことを約束しよう」
その宣誓を聞くと、ようやく次期団長は拒否することを止めた。

「できるだけ動作は大ぶりで、剣の初心者のように刃ではなく、棒を振り下ろすようにしろ」
「刃があろうがなかろうが、当たればどちらも変わらないと思うんですが……わかりました」

次期団長の目の色が変わる。それだけで本気であるということが分かった。殺気に当てられ、商家の神官騎士だけではなく、全員が冷や汗をかいていた。

ゆっくり剣を引き抜くと、両手で大きく振りかぶる。その構えだけで、最早彼が凡夫ではなく、熟練の剣豪であると理解させられた。極めつけに聖句を唱えると、そのまま振り下ろした。

小さき者である人間など、簡単に砕け散るであろう一撃。だが、スヴァトプルクはそれを難なく横にかわした。止められなかった斬撃は地面を抉り、辺りに轟音を響かせた。舞い散る砂煙が晴れると、スヴァトプルクはにやりと不敵な笑みを浮かべ、自身満々に言い放った。

「だから言っただろう。妻が見守っている中、下手な行動など絶対にするものか」
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