127 / 139
本編
126:神官騎士から見たスヴァトプルク①
しおりを挟む
ある商家出身の神官騎士は、綺麗に整えられた道を走っていた。幸い道には人ひとりおらず、ぶつかってしまう心配もない。聖句を唱えると、身体強化を施し、走る速度を高めていく。
遅刻の原因は複数あった。家を出る際、小さな妹になんども質問をくりかえされたこと。腐ったパンに気づかず口に入れてしまい、解毒が終わるまで時間がかかったこと。道に迷った老人がいたこと。
様々なことが重なり合い、こんな時間になってしまったのだ。神官騎士学校時代であれば、ここまで急ぐことはなかった。だが、今日向かう先は神官貴族の家である。貴族というだけで面倒だというのに、場所を提供する人物はあのノルベルト・イザーク・スヴァトプルクである。
商家の神官騎士は、彼と学年は違えど同じ時期に神官騎士見習いとして、学んでいたことがある。直接話したことはないが、遠目から見ても善人とは言い難かった。まずは見た目からして、悪人面である。徒党を組んで意地の悪いことをしそうに見える。
実際にはそんなことはせず、むしろ一人でいることが多かった。だが外見の第一印象とは、根強いものである。そんな彼にわざわざ話しかける人はあまりいない。商家の神官騎士も、例にもれずもちろんその中の一人であった。
しかしそこが学び舎であれば、必ず会話を交わす場面は発生する。そんな時、彼はいつも鼻で笑ったり、ひねくれた言動を発するばかりであった。座学だけでなく騎士としての動きもこなし、文武両道。そして貴族となれば、とっつきにくいのも致し方ないことである。
商家の神官騎士は、いったいどんな小言を言われるのだろうと考え、腹がキリキリと痛む。聖句を唱えるが、あまり効果はない。即効性云々ではなく、精神的なものだからだろう。
必死に走り続けると、ようやくスヴァトプルク家の門が見えてきた。そこをくぐらずに迂回し、裏門まで回る。そこに立っていた門番と目が合うと、手を組んで挨拶をする。
「神々に誓って……ぼ、わ、私は」
すると急いでいるのがわかったのか、無言で頷き通してくれた。一目で神官騎士としてわかる、衣服を着用していたこと。神々に誓ったあとに、嘘をつくことはないと判断されたのだろう。
なおも駆け、ようやく仲間の神官騎士たちが集まっている所にたどり着く。
「遅い」
不機嫌そうな声がかけられ、顔を上げると案の定スヴァトプルクが腕を組んで立っていた。その顔にさほど迫力はないが、延々と嫌味を言われそうである。商家の神官騎士はまた腹を痛めると、非礼を詫びた。
「まあまあ、ノルベルト。予定の時間ぴったりなんだから、そう怒らなくてもいいと思うけど」
横から助け舟を出してくれたのは、同じく神官貴族のセドニクであった。彼は一回り程年上なのもあって、関りはない。だが、一見軽薄そうに見えて、貴族内ではやり手らしい。スヴァトプルクと違い、こちらも別の意味で厄介な人物だ。笑みを浮かべていようとも、腹の底ではなにを考えているかわからない。
そんな者たちに目をつけられてはたまったものではないと、商家の神官騎士は冷や汗をかく。
「理由は」
短く詰問するように、スヴァトプルクが尋ねてきた。ごくりとつばを飲み込み、どう答えようか考えあぐねる。彼の見下すような視線も辛いが、それよりも穏やかな笑みを浮かべるセドニクの方が怖かった。
「道に迷ったご老人を案内しておりました!」
その結果、正直にいうことにした。うまい嘘など、思いつくこともつける気もしなかったからだ。
「そうか、ならいい」
長い小言か叱責を覚悟していたため、商家の神官騎士は呆気にとられた。セドニクは一度伺うように、目を見てきたかと思うと「大丈夫そうだね」と言い、スヴァトプルクの後を追った。
商家の神官騎士はあることを思い出した。彼は確かに鼻持ちならないが、意外と悪い人ではなく、素直な面もあるのだと。今の今まで全く信じていなかったが、少しだけ腑に落ちた。
遅刻の原因は複数あった。家を出る際、小さな妹になんども質問をくりかえされたこと。腐ったパンに気づかず口に入れてしまい、解毒が終わるまで時間がかかったこと。道に迷った老人がいたこと。
様々なことが重なり合い、こんな時間になってしまったのだ。神官騎士学校時代であれば、ここまで急ぐことはなかった。だが、今日向かう先は神官貴族の家である。貴族というだけで面倒だというのに、場所を提供する人物はあのノルベルト・イザーク・スヴァトプルクである。
商家の神官騎士は、彼と学年は違えど同じ時期に神官騎士見習いとして、学んでいたことがある。直接話したことはないが、遠目から見ても善人とは言い難かった。まずは見た目からして、悪人面である。徒党を組んで意地の悪いことをしそうに見える。
実際にはそんなことはせず、むしろ一人でいることが多かった。だが外見の第一印象とは、根強いものである。そんな彼にわざわざ話しかける人はあまりいない。商家の神官騎士も、例にもれずもちろんその中の一人であった。
しかしそこが学び舎であれば、必ず会話を交わす場面は発生する。そんな時、彼はいつも鼻で笑ったり、ひねくれた言動を発するばかりであった。座学だけでなく騎士としての動きもこなし、文武両道。そして貴族となれば、とっつきにくいのも致し方ないことである。
商家の神官騎士は、いったいどんな小言を言われるのだろうと考え、腹がキリキリと痛む。聖句を唱えるが、あまり効果はない。即効性云々ではなく、精神的なものだからだろう。
必死に走り続けると、ようやくスヴァトプルク家の門が見えてきた。そこをくぐらずに迂回し、裏門まで回る。そこに立っていた門番と目が合うと、手を組んで挨拶をする。
「神々に誓って……ぼ、わ、私は」
すると急いでいるのがわかったのか、無言で頷き通してくれた。一目で神官騎士としてわかる、衣服を着用していたこと。神々に誓ったあとに、嘘をつくことはないと判断されたのだろう。
なおも駆け、ようやく仲間の神官騎士たちが集まっている所にたどり着く。
「遅い」
不機嫌そうな声がかけられ、顔を上げると案の定スヴァトプルクが腕を組んで立っていた。その顔にさほど迫力はないが、延々と嫌味を言われそうである。商家の神官騎士はまた腹を痛めると、非礼を詫びた。
「まあまあ、ノルベルト。予定の時間ぴったりなんだから、そう怒らなくてもいいと思うけど」
横から助け舟を出してくれたのは、同じく神官貴族のセドニクであった。彼は一回り程年上なのもあって、関りはない。だが、一見軽薄そうに見えて、貴族内ではやり手らしい。スヴァトプルクと違い、こちらも別の意味で厄介な人物だ。笑みを浮かべていようとも、腹の底ではなにを考えているかわからない。
そんな者たちに目をつけられてはたまったものではないと、商家の神官騎士は冷や汗をかく。
「理由は」
短く詰問するように、スヴァトプルクが尋ねてきた。ごくりとつばを飲み込み、どう答えようか考えあぐねる。彼の見下すような視線も辛いが、それよりも穏やかな笑みを浮かべるセドニクの方が怖かった。
「道に迷ったご老人を案内しておりました!」
その結果、正直にいうことにした。うまい嘘など、思いつくこともつける気もしなかったからだ。
「そうか、ならいい」
長い小言か叱責を覚悟していたため、商家の神官騎士は呆気にとられた。セドニクは一度伺うように、目を見てきたかと思うと「大丈夫そうだね」と言い、スヴァトプルクの後を追った。
商家の神官騎士はあることを思い出した。彼は確かに鼻持ちならないが、意外と悪い人ではなく、素直な面もあるのだと。今の今まで全く信じていなかったが、少しだけ腑に落ちた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる