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本編
125:忘れもの
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「では、行ってくる」
「うん。気を付けてねー」
きりっとした表情のノルに対し、ぬいは穏やかな笑みを浮かべると緩く手を振った。しかし、その表情を見るとノルは踵を返して肩を掴んだ。
「ん、どうしたの?なにか忘れ物でもした?」
「……いったい僕のことを何歳だと思っている?」
ムッとした表情で尋ねてきた。
「わたしより七歳年下だよね?」
事実を言うと、むきになったのか掴んだ肩に力を入れられた。そんな様子がかわいらしいと、ぬいは笑みをこぼす。
「言っておくが、君は書類上僕と同い年だ」
「え‥‥どういうこと?」
笑顔を引っ込めると、怪訝そうに尋ねる。
「一緒に確認しただろう?」
ノルは悪そうに笑う。書類にサインをしたときなど、一度しかない。
「もしかして‥‥正式な住民になるってやつに、隠されていた?」
あの時のぬいは高揚感から浮かれていた自覚がある。おまけに確認中ノルに邪魔をされ、婚姻誓約書に意識を持っていかれている。見落とししてしまうのも、当然である。
「言い方が良くないな。君が読み飛ばしただけだろう」
「だから読んでくれたりしなかったんだ。変だとは思ってたんだよ。知ってる?それ、不正って言うんだよ」
「神は君の肉体を若返らせたと言っていた。問題などなにもない。さらに言うと、誕生日は出会った日だ。つまり君は僕より年下というわけだ」
「確かに傷は消えてるけど、あのねえ……」
不満気に頬をふくらませる。すると、肩から手を離し頬を固定するように押さえてくる。
そのまま顔を近づけると、優しく口付けてきた。すぐに離されたが、わざとらしく音をたてる。あまりに急で一瞬だったため、ぬいは目を瞬く。
「本当に仲がいいんですね」
「あんなに愛されてるなんて、いいなー」
「坊ちゃん……もう少し大人な所を見せないと」
周りからささやかれる声を耳にし、ようやく何をされたのか理解した。みるみるうちにぬいの顔は赤くなっていく。
「ノ、ノルくん……今は朝で、ここ玄関だし皆いるんだけど」
場をわきまえないその行動に、羞恥で体を震わせながら言った。大声で非難したくとも、そんな行動を取れば余計に目立ってしまう。ゆえに抑え気味の声である。
「ああ、知っている。家の者だけでなく、外部の者も通る場所だ」
恥じらうぬいのことをうっとりと見つめながら、なんて事のない風ににノルは言う。一見周りが見えていない行動のようであるが、そうではないらしい。
「見せつけた方が、愛妻家という話がより……いや、言う通り忘れ物を取りに来ただけだ」
そう言うと、当てていた手を離し、流れるような動作で両頬にも唇を押し当ててきた。
「っう……しばらく会えないみたいな感じになってるけと、今から行くの訓練所だよね?しかも見に来てって、ノルくん言ったから、またすぐに会えると思うんだけど」
するとノルは一瞬押し黙ったが、すぐに自慢気な表情になる。他者から見れば見下しているように見えるが、これは自身を鼓舞するときに見せるものである。
「いいか、僕はこの先君と生きるために、どんな手だって使うだろう。どうか信じて見守っていて欲しい」
言っていることはいたって真面目なものであった。自宅の敷地内でいったいなにが起こるのか。ぬいが不安げにノルのことを見ると、頭を撫でられほほ笑まれる。そのまま背を向けると予定の場所へと向かって行った。
「うん。気を付けてねー」
きりっとした表情のノルに対し、ぬいは穏やかな笑みを浮かべると緩く手を振った。しかし、その表情を見るとノルは踵を返して肩を掴んだ。
「ん、どうしたの?なにか忘れ物でもした?」
「……いったい僕のことを何歳だと思っている?」
ムッとした表情で尋ねてきた。
「わたしより七歳年下だよね?」
事実を言うと、むきになったのか掴んだ肩に力を入れられた。そんな様子がかわいらしいと、ぬいは笑みをこぼす。
「言っておくが、君は書類上僕と同い年だ」
「え‥‥どういうこと?」
笑顔を引っ込めると、怪訝そうに尋ねる。
「一緒に確認しただろう?」
ノルは悪そうに笑う。書類にサインをしたときなど、一度しかない。
「もしかして‥‥正式な住民になるってやつに、隠されていた?」
あの時のぬいは高揚感から浮かれていた自覚がある。おまけに確認中ノルに邪魔をされ、婚姻誓約書に意識を持っていかれている。見落とししてしまうのも、当然である。
「言い方が良くないな。君が読み飛ばしただけだろう」
「だから読んでくれたりしなかったんだ。変だとは思ってたんだよ。知ってる?それ、不正って言うんだよ」
「神は君の肉体を若返らせたと言っていた。問題などなにもない。さらに言うと、誕生日は出会った日だ。つまり君は僕より年下というわけだ」
「確かに傷は消えてるけど、あのねえ……」
不満気に頬をふくらませる。すると、肩から手を離し頬を固定するように押さえてくる。
そのまま顔を近づけると、優しく口付けてきた。すぐに離されたが、わざとらしく音をたてる。あまりに急で一瞬だったため、ぬいは目を瞬く。
「本当に仲がいいんですね」
「あんなに愛されてるなんて、いいなー」
「坊ちゃん……もう少し大人な所を見せないと」
周りからささやかれる声を耳にし、ようやく何をされたのか理解した。みるみるうちにぬいの顔は赤くなっていく。
「ノ、ノルくん……今は朝で、ここ玄関だし皆いるんだけど」
場をわきまえないその行動に、羞恥で体を震わせながら言った。大声で非難したくとも、そんな行動を取れば余計に目立ってしまう。ゆえに抑え気味の声である。
「ああ、知っている。家の者だけでなく、外部の者も通る場所だ」
恥じらうぬいのことをうっとりと見つめながら、なんて事のない風ににノルは言う。一見周りが見えていない行動のようであるが、そうではないらしい。
「見せつけた方が、愛妻家という話がより……いや、言う通り忘れ物を取りに来ただけだ」
そう言うと、当てていた手を離し、流れるような動作で両頬にも唇を押し当ててきた。
「っう……しばらく会えないみたいな感じになってるけと、今から行くの訓練所だよね?しかも見に来てって、ノルくん言ったから、またすぐに会えると思うんだけど」
するとノルは一瞬押し黙ったが、すぐに自慢気な表情になる。他者から見れば見下しているように見えるが、これは自身を鼓舞するときに見せるものである。
「いいか、僕はこの先君と生きるために、どんな手だって使うだろう。どうか信じて見守っていて欲しい」
言っていることはいたって真面目なものであった。自宅の敷地内でいったいなにが起こるのか。ぬいが不安げにノルのことを見ると、頭を撫でられほほ笑まれる。そのまま背を向けると予定の場所へと向かって行った。
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