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本編
124:溺愛する夫
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「近頃お見掛けしませでしたが、いかがされたのでしょうか?」
細身の貴族が二人に話しかける。一見人当たりがよさそうであるが、腹の底の見えなさが逆に怪しさを醸し出している。
「もちろん元気です。ですが、少々問題がありまして」
「ほお、なんでしょうか?」
眼鏡の奥を光らせると、真意を探ろうと見つめてくる。ぬいは組んだノルの腕に力を入れると、微笑を浮かべた。
「定着という言葉をご存じでしょうか?かつては別世界にあったこの身が馴染んだということです」
「もちろんです。あなたは神ではなく、最早ただの人間だ。誰もが教わる話です」
「以前は酒類はもちろん、毒さえも効かず。振るった力が地をえぐることもありました。それがこの小さき身に閉じ込められたのです。どなたか存じませんがあまり刺激をされては、困ってしまうと思いまして」
脅しを含んだ遠回しな言い方をする。もちろんどういった意味が込められているが、気づかないはずがない。
「それは……ですが、この地には教皇さまがいらっしゃる。それ以外にも多くの実力者たちが揃っています」
細身の貴族はもちろん表情に出さない。だが、固まった体が動揺を現していた。
「ええ、なによりわたしの夫は最前線に立っている者です。決して被害が及ぶことなどないでしょう……ですが、あまりにも小さき者である、たった一人の人間。その程度は網から外れてしまうかもしれません」
クスクスとできるだけ不気味な笑い声をあげる。すると、遂に表情を隠せなくなったのか「失礼する」と言って、顔を青くしながら立ち去って行った。もちろん壁と細身の貴族を間に会話をしていたため、他の人に表情を見られていることはない。ぬいは首をかしげると、逆に向き直る。
二人の姿が見えるような立ち位置に移動すると、ノルの耳に口元を寄せた。
「よし、これで毒は効くけど具合悪くなるし、おいたはだめだよアピールができたね」
「さすがだな。僕には到底できない言い回しだった」
ノルはぬいの頭を撫でようと手を伸ばすが、綺麗に整えられた頭を見て制止した。そのまま位置をずらすと、肩に手を置いた。
「ううん、ノルくんもちゃんと黙って耐えてたし。わたしだけじゃ、今一つ迫力なかったと思うよ」
穏やかな表情で褒めあった後、しばらく見つめ合う。その光景は互いを想い合う理想の夫婦像であった。
もちろん二人とも本音から言っていることであるが、ぬいは意図的に見せるように工夫をしている。両者とも溺愛しているように思わせれば、悪い感情は抱かれず隙も見えるだろう。そうすれば前回のようなことは起きるまいとの、予防策である。
しかしノルの方が感情表現がまっすぐなため、ぬいは押され気味である。
「すみません。あの、スヴァトプルクご夫妻ですよね」
頬に手を伸ばされたところ、横から話しかけられた。邪魔をされたノルは不機嫌になるが、ぬいにたしなめられるとすぐに元の表情に戻す。
「……ん、君たちは」
そこにはかつて水晶宮でノルと連れ立っていた人たちが居た。
金髪の少女と、長い黒髪の青年はそれぞれの相手を連れ立って。栗色の少女と金髪碧眼の青年は腕を組んで立っていた。総勢六名である。
「あの、ありがとうございました!」
「あなたのおかげで、無事に想いと向き合うことができました」
少女たちがそれぞれ口を開く。
「その、お礼としてしばらく妙な真似をされないように目を光らせます。それと頼みがありまして」
長い黒髪の青年は周りを見渡すとそう言った。
すぐ近くには独身者らしき人たちの群れがあった。男女が入り混じったその集団は目立ち、かなりの圧迫感がある。
「友人たちの悩みを聞いて、ぜひ導いてほしいんです」
金髪碧眼の青年は目を輝かせながら言う。偽りの仮面が取り払われたその表情は、純粋にぬいという個を尊敬したものであった。
「っは、ヌイのことを馬鹿にし、勝手に利用した奴らが、今更なに都合のいいことを言っている」
ぬいの容姿について、散々あげつらったことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。もちろん表情を隠すことなどできていないが、周りの集団のおかげで、見えることはなかった。
「えっ、君がそれを言う?」
「元々ひねくれてたと思いますけど、ここまででしたっけ」
二人の青年は不思議そうに言った。
「大事な人が、特別すてきに思えるのは仕方ないことだよ」
溺愛する夫の仮面が崩れ、警戒を露にするノルを落ち着けようと、軽く背中を叩く。
「そこの彼が彼女を一番だと思うように。わたしにとっての唯一はノ、ノルだけだから」
照れ臭さを振り払うように、ほほ笑みながら言う。瞬く間にノルは赤面すると嬉しそうに手を取った。
「相思相愛ってすてき。絵になります」
「いっそ頼んで配ってしまうのはどうでしょう?」
少女たちは楽しそうに今後の展開を語っていく。目まぐるしく話題が展開していくのについて行けず、ぬいはミレナと同じような若さを感じ取った。
「それはさすがに……」
ぬいが口を挟もうとすると、掴まれた手を離されなぜか口を押さえられた。
「待て、それは悪くない案だ。叔母の本が完成すると聞いたし、同時に流出すれば……もう僕たちの邪魔をする者など、いなくなるだろう」
ノルはどこか悪そうに笑みを浮かべる。その表情に関して突っ込まれることはなく、ぬいを置いて議論を始めだした。
その間ぬいは悩める若者たちの話を聞き、アドバイスをする。そんなことを繰り返し、縁結びの貴族として名を馳せるようになるのは、まだ少しだけ先のことである。
細身の貴族が二人に話しかける。一見人当たりがよさそうであるが、腹の底の見えなさが逆に怪しさを醸し出している。
「もちろん元気です。ですが、少々問題がありまして」
「ほお、なんでしょうか?」
眼鏡の奥を光らせると、真意を探ろうと見つめてくる。ぬいは組んだノルの腕に力を入れると、微笑を浮かべた。
「定着という言葉をご存じでしょうか?かつては別世界にあったこの身が馴染んだということです」
「もちろんです。あなたは神ではなく、最早ただの人間だ。誰もが教わる話です」
「以前は酒類はもちろん、毒さえも効かず。振るった力が地をえぐることもありました。それがこの小さき身に閉じ込められたのです。どなたか存じませんがあまり刺激をされては、困ってしまうと思いまして」
脅しを含んだ遠回しな言い方をする。もちろんどういった意味が込められているが、気づかないはずがない。
「それは……ですが、この地には教皇さまがいらっしゃる。それ以外にも多くの実力者たちが揃っています」
細身の貴族はもちろん表情に出さない。だが、固まった体が動揺を現していた。
「ええ、なによりわたしの夫は最前線に立っている者です。決して被害が及ぶことなどないでしょう……ですが、あまりにも小さき者である、たった一人の人間。その程度は網から外れてしまうかもしれません」
クスクスとできるだけ不気味な笑い声をあげる。すると、遂に表情を隠せなくなったのか「失礼する」と言って、顔を青くしながら立ち去って行った。もちろん壁と細身の貴族を間に会話をしていたため、他の人に表情を見られていることはない。ぬいは首をかしげると、逆に向き直る。
二人の姿が見えるような立ち位置に移動すると、ノルの耳に口元を寄せた。
「よし、これで毒は効くけど具合悪くなるし、おいたはだめだよアピールができたね」
「さすがだな。僕には到底できない言い回しだった」
ノルはぬいの頭を撫でようと手を伸ばすが、綺麗に整えられた頭を見て制止した。そのまま位置をずらすと、肩に手を置いた。
「ううん、ノルくんもちゃんと黙って耐えてたし。わたしだけじゃ、今一つ迫力なかったと思うよ」
穏やかな表情で褒めあった後、しばらく見つめ合う。その光景は互いを想い合う理想の夫婦像であった。
もちろん二人とも本音から言っていることであるが、ぬいは意図的に見せるように工夫をしている。両者とも溺愛しているように思わせれば、悪い感情は抱かれず隙も見えるだろう。そうすれば前回のようなことは起きるまいとの、予防策である。
しかしノルの方が感情表現がまっすぐなため、ぬいは押され気味である。
「すみません。あの、スヴァトプルクご夫妻ですよね」
頬に手を伸ばされたところ、横から話しかけられた。邪魔をされたノルは不機嫌になるが、ぬいにたしなめられるとすぐに元の表情に戻す。
「……ん、君たちは」
そこにはかつて水晶宮でノルと連れ立っていた人たちが居た。
金髪の少女と、長い黒髪の青年はそれぞれの相手を連れ立って。栗色の少女と金髪碧眼の青年は腕を組んで立っていた。総勢六名である。
「あの、ありがとうございました!」
「あなたのおかげで、無事に想いと向き合うことができました」
少女たちがそれぞれ口を開く。
「その、お礼としてしばらく妙な真似をされないように目を光らせます。それと頼みがありまして」
長い黒髪の青年は周りを見渡すとそう言った。
すぐ近くには独身者らしき人たちの群れがあった。男女が入り混じったその集団は目立ち、かなりの圧迫感がある。
「友人たちの悩みを聞いて、ぜひ導いてほしいんです」
金髪碧眼の青年は目を輝かせながら言う。偽りの仮面が取り払われたその表情は、純粋にぬいという個を尊敬したものであった。
「っは、ヌイのことを馬鹿にし、勝手に利用した奴らが、今更なに都合のいいことを言っている」
ぬいの容姿について、散々あげつらったことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。もちろん表情を隠すことなどできていないが、周りの集団のおかげで、見えることはなかった。
「えっ、君がそれを言う?」
「元々ひねくれてたと思いますけど、ここまででしたっけ」
二人の青年は不思議そうに言った。
「大事な人が、特別すてきに思えるのは仕方ないことだよ」
溺愛する夫の仮面が崩れ、警戒を露にするノルを落ち着けようと、軽く背中を叩く。
「そこの彼が彼女を一番だと思うように。わたしにとっての唯一はノ、ノルだけだから」
照れ臭さを振り払うように、ほほ笑みながら言う。瞬く間にノルは赤面すると嬉しそうに手を取った。
「相思相愛ってすてき。絵になります」
「いっそ頼んで配ってしまうのはどうでしょう?」
少女たちは楽しそうに今後の展開を語っていく。目まぐるしく話題が展開していくのについて行けず、ぬいはミレナと同じような若さを感じ取った。
「それはさすがに……」
ぬいが口を挟もうとすると、掴まれた手を離されなぜか口を押さえられた。
「待て、それは悪くない案だ。叔母の本が完成すると聞いたし、同時に流出すれば……もう僕たちの邪魔をする者など、いなくなるだろう」
ノルはどこか悪そうに笑みを浮かべる。その表情に関して突っ込まれることはなく、ぬいを置いて議論を始めだした。
その間ぬいは悩める若者たちの話を聞き、アドバイスをする。そんなことを繰り返し、縁結びの貴族として名を馳せるようになるのは、まだ少しだけ先のことである。
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