まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
125 / 139
本編

124:溺愛する夫

しおりを挟む
「近頃お見掛けしませでしたが、いかがされたのでしょうか?」
細身の貴族が二人に話しかける。一見人当たりがよさそうであるが、腹の底の見えなさが逆に怪しさを醸し出している。

「もちろん元気です。ですが、少々問題がありまして」
「ほお、なんでしょうか?」
眼鏡の奥を光らせると、真意を探ろうと見つめてくる。ぬいは組んだノルの腕に力を入れると、微笑を浮かべた。

「定着という言葉をご存じでしょうか?かつては別世界にあったこの身が馴染んだということです」
「もちろんです。あなたは神ではなく、最早ただの人間だ。誰もが教わる話です」

「以前は酒類はもちろん、毒さえも効かず。振るった力が地をえぐることもありました。それがこの小さき身に閉じ込められたのです。どなたか存じませんがあまり刺激をされては、困ってしまうと思いまして」

脅しを含んだ遠回しな言い方をする。もちろんどういった意味が込められているが、気づかないはずがない。

「それは……ですが、この地には教皇さまがいらっしゃる。それ以外にも多くの実力者たちが揃っています」
細身の貴族はもちろん表情に出さない。だが、固まった体が動揺を現していた。

「ええ、なによりわたしの夫は最前線に立っている者です。決して被害が及ぶことなどないでしょう……ですが、あまりにも小さき者である、たった一人の人間。その程度は網から外れてしまうかもしれません」

クスクスとできるだけ不気味な笑い声をあげる。すると、遂に表情を隠せなくなったのか「失礼する」と言って、顔を青くしながら立ち去って行った。もちろん壁と細身の貴族を間に会話をしていたため、他の人に表情を見られていることはない。ぬいは首をかしげると、逆に向き直る。

二人の姿が見えるような立ち位置に移動すると、ノルの耳に口元を寄せた。

「よし、これで毒は効くけど具合悪くなるし、おいたはだめだよアピールができたね」
「さすがだな。僕には到底できない言い回しだった」

ノルはぬいの頭を撫でようと手を伸ばすが、綺麗に整えられた頭を見て制止した。そのまま位置をずらすと、肩に手を置いた。

「ううん、ノルくんもちゃんと黙って耐えてたし。わたしだけじゃ、今一つ迫力なかったと思うよ」
穏やかな表情で褒めあった後、しばらく見つめ合う。その光景は互いを想い合う理想の夫婦像であった。

もちろん二人とも本音から言っていることであるが、ぬいは意図的に見せるように工夫をしている。両者とも溺愛しているように思わせれば、悪い感情は抱かれず隙も見えるだろう。そうすれば前回のようなことは起きるまいとの、予防策である。

しかしノルの方が感情表現がまっすぐなため、ぬいは押され気味である。


「すみません。あの、スヴァトプルクご夫妻ですよね」

頬に手を伸ばされたところ、横から話しかけられた。邪魔をされたノルは不機嫌になるが、ぬいにたしなめられるとすぐに元の表情に戻す。

「……ん、君たちは」

そこにはかつて水晶宮でノルと連れ立っていた人たちが居た。

金髪の少女と、長い黒髪の青年はそれぞれの相手を連れ立って。栗色の少女と金髪碧眼の青年は腕を組んで立っていた。総勢六名である。

「あの、ありがとうございました!」
「あなたのおかげで、無事に想いと向き合うことができました」

少女たちがそれぞれ口を開く。

「その、お礼としてしばらく妙な真似をされないように目を光らせます。それと頼みがありまして」

長い黒髪の青年は周りを見渡すとそう言った。

すぐ近くには独身者らしき人たちの群れがあった。男女が入り混じったその集団は目立ち、かなりの圧迫感がある。

「友人たちの悩みを聞いて、ぜひ導いてほしいんです」

金髪碧眼の青年は目を輝かせながら言う。偽りの仮面が取り払われたその表情は、純粋にぬいという個を尊敬したものであった。

「っは、ヌイのことを馬鹿にし、勝手に利用した奴らが、今更なに都合のいいことを言っている」

ぬいの容姿について、散々あげつらったことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。もちろん表情を隠すことなどできていないが、周りの集団のおかげで、見えることはなかった。

「えっ、君がそれを言う?」
「元々ひねくれてたと思いますけど、ここまででしたっけ」

二人の青年は不思議そうに言った。

「大事な人が、特別すてきに思えるのは仕方ないことだよ」

溺愛する夫の仮面が崩れ、警戒を露にするノルを落ち着けようと、軽く背中を叩く。

「そこの彼が彼女を一番だと思うように。わたしにとっての唯一はノ、ノルだけだから」

照れ臭さを振り払うように、ほほ笑みながら言う。瞬く間にノルは赤面すると嬉しそうに手を取った。

「相思相愛ってすてき。絵になります」
「いっそ頼んで配ってしまうのはどうでしょう?」

少女たちは楽しそうに今後の展開を語っていく。目まぐるしく話題が展開していくのについて行けず、ぬいはミレナと同じような若さを感じ取った。

「それはさすがに……」

ぬいが口を挟もうとすると、掴まれた手を離されなぜか口を押さえられた。

「待て、それは悪くない案だ。叔母の本が完成すると聞いたし、同時に流出すれば……もう僕たちの邪魔をする者など、いなくなるだろう」

ノルはどこか悪そうに笑みを浮かべる。その表情に関して突っ込まれることはなく、ぬいを置いて議論を始めだした。

その間ぬいは悩める若者たちの話を聞き、アドバイスをする。そんなことを繰り返し、縁結びの貴族として名を馳せるようになるのは、まだ少しだけ先のことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵令嬢。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

王宮追放された没落令嬢は、竜神に聖女へ勝手にジョブチェンジさせられました~なぜか再就職先の辺境で、王太子が溺愛してくるんですが!?~

結田龍
恋愛
「小娘を、ひっ捕らえよ!」 没落令嬢イシュカ・セレーネはランドリック王国の王宮術師団に所属する水術師だが、宰相オズウェン公爵によって、自身の娘・公爵令嬢シャーロットの誘拐罪で王宮追放されてしまう。それはシャーロットとイシュカを敵視する同僚の水術師ヘンリエッタによる、退屈しのぎのための陰湿な嫌がらせだった。 あっという間に王都から追い出されたイシュカだが、なぜか王太子ローク・ランドリックによって助けられ、「今度は俺が君を助けると決めていたんだ」と甘く告げられる。 ロークとは二年前の戦争終結時に野戦病院で出会っていて、そこで聖女だとうわさになっていたイシュカは、彼の体の傷だけではなく心の傷も癒したらしい。そんなイシュカに対し、ロークは甘い微笑みを絶やさない。 あわあわと戸惑うイシュカだが、ロークからの提案で竜神伝説のある辺境の地・カスタリアへ向かう。そこは宰相から実権を取り返すために、ロークが領主として領地経営をしている場所だった。 王宮追放で職を失ったイシュカはロークの領主経営を手伝うが、ひょんなことから少年の姿をした竜神スクルドと出会い、さらには勝手に聖女と認定されてしまったのだった。 毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。 恋愛小説大賞にエントリーしました。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香
恋愛
政略で嫁いだ相手ピーターには恋人がいたそうです。 私達はお互いの家の利益のための結婚だと割りきっていたせいでしょうか、五年経っても子供は出来ず、でも家同士の繋がりの為結婚で離縁も出来ず、私ダニエラは、ネルツ侯爵家の嫁として今後の事を悩んでいました。 そんな時、領地に戻る途中の夫が馬車の事故で亡くなったとの知らせが届きました。 馬車に乗っていたのは夫と女性と子供で、助かったのは御者と子供だけだったそうです。 女性と子供、そうです元恋人、今は愛人という立場になった彼女です。 屋敷に連れてこられたロニーと名乗る子供は夫そっくりで、その顔を見た瞬間私は前世を思い出しました。 この世界は私が前世でやっていた乙女ゲームの世界で、私はゲームで断罪される悪役令嬢の母親だったのです。 娘と一緒に断罪され魔物に食われる最後を思い出し、なんとかバッドエンドを回避したい。 私の悪あがきが始まります。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 本作の感想欄を開けました。 お返事等は書ける時間が取れそうにありませんが、感想頂けたら嬉しいです。

処理中です...