117 / 139
本編
116:社交デビュー
しおりを挟む
「皆さまはじめまして。ヌイと申します。スヴァトプルク夫人にして、異邦者です。本日からよろしくお願いいたします」
周りに集まっている貴族たちはまるで品定めするように、ぬいを見ている。どこかに綻びはないか、ボロは出さないかと下げれる点を探しているようである。
だが、彼女の挨拶は完璧であった。受け答えもそつなく、試すような問いかけも難なく交わしていく。所作もこの短期間でものにしたのか、隙が無い。
努力の甲斐あってというのもあるが、元々彼女の育ちは良い。空腹時に食事をかき込むような真似をすることもあるが、それさえもどこか品がある。驚くほどぬいは貴族たちの輪に溶け込んでいた。元々そうなるだろうことは分かっていた。それゆえあまり心配しなかったのである。喜ぶべきことだろうが、ノルはそう思えなかった。
まず一つ。あまりに張り付きすぎたため、彼女自身に追い払われたこと。
飲み食いをしたくなくとも、そうせざるを得ない場面もある。そしてそういうものは大抵毒入りだ。他国出身やたとえ異邦者だろうと、貴族の仲間入りをした途端容赦はしない。
いつ何時ぬいの体が毒に侵されるかと思うと、ノルは気が気でなかった。こいつが怪しい、あいつも企んでいるに違いない。そんな疑い目で見ていたせいか、威嚇していると勘違いされてたのだろう。
ノルの周りの人たちは少なくなり、ぬいを取り囲むように幾重もの人波が出来上がった。まるでいつぞやのトゥーを彷彿とさせる姿である。これではなにかがあっても、すぐにたどり着くことができない。苛立ちを覚え、ノルは思わず舌打ちしそうになる。
次は彼女の微笑みである。貴族は公の場で感情をむき出しにすることはしない。ノルのように一目で読み取れる表情をするなど、もってのほかである。ぬいは一見表情が乏しそうに見える。ある程度共に過ごせば、そうでもないことは分かるが、今はあえて抑え込んでいるようだ。
その取り繕った微笑は本来の不思議な雰囲気と相まって、彼女を知らない人にとって魅力的に映るのだろう。
最後に、新婚間もない妻を独占されていること。いい意味も悪い意味の視線も、全てが気に入らなかった。ノルの我慢は限界に達し、人ごみをかき分けようと足を踏み出す。
「ノルベルト。なにをやってるんだい」
「は?」
後ろから肩を掴まれ、睨みながら後ろを振り向いた。その表情を視界に入れた幾人かの貴族たちは、嫌そうに顔をしかめる。
いっそ怯えられるような鋭い目つきであれば、威嚇くらいにはなっただろう。だが、ノルにそこまでの迫力はない。追加で何かをしたとしても、犬が吠えているようにしか思われないだろう。
「もう少し感情を抑えてって。ほら、周りから見られている」
聞き分けのない子供を諭すように、ペトルは言った。事実そうであるが、大人しく従うのはしゃくであった。無理やり押さえつけるが、口元は引きつる。
「彼女を家に迎い入れたら、もう少し落ち着くと思ってたんだけどね。社交下手なところは、両親のどちらにも似ていないみたいだ」
「余計なお世話だ」
引き留めようとするペトルを無視して、再びぬいの元へと向かおうとする。
「本当にいいの?彼女はきちんと場を読めている。今だって、一番の有力者は誰かを見抜き、失礼のないようにしている。そんなところを邪魔したら、彼女の努力がぶち壊しだ」
ペトルに指摘され、少し冷静になってぬいのことを見てみる。確かに言われた通りである、ノルの足は動きを止めた。
「……っぐ、だったら僕にどうしろと」
「大人しく信じて見守ることだね」
場所を移そうと手招きをする。このまま留まってしまえば、注目を浴びぬいの評判を下げてしまうだろう。ノルはちらりと彼女の姿を視界に入れると、背を向けペトルの後を追った。
周りに集まっている貴族たちはまるで品定めするように、ぬいを見ている。どこかに綻びはないか、ボロは出さないかと下げれる点を探しているようである。
だが、彼女の挨拶は完璧であった。受け答えもそつなく、試すような問いかけも難なく交わしていく。所作もこの短期間でものにしたのか、隙が無い。
努力の甲斐あってというのもあるが、元々彼女の育ちは良い。空腹時に食事をかき込むような真似をすることもあるが、それさえもどこか品がある。驚くほどぬいは貴族たちの輪に溶け込んでいた。元々そうなるだろうことは分かっていた。それゆえあまり心配しなかったのである。喜ぶべきことだろうが、ノルはそう思えなかった。
まず一つ。あまりに張り付きすぎたため、彼女自身に追い払われたこと。
飲み食いをしたくなくとも、そうせざるを得ない場面もある。そしてそういうものは大抵毒入りだ。他国出身やたとえ異邦者だろうと、貴族の仲間入りをした途端容赦はしない。
いつ何時ぬいの体が毒に侵されるかと思うと、ノルは気が気でなかった。こいつが怪しい、あいつも企んでいるに違いない。そんな疑い目で見ていたせいか、威嚇していると勘違いされてたのだろう。
ノルの周りの人たちは少なくなり、ぬいを取り囲むように幾重もの人波が出来上がった。まるでいつぞやのトゥーを彷彿とさせる姿である。これではなにかがあっても、すぐにたどり着くことができない。苛立ちを覚え、ノルは思わず舌打ちしそうになる。
次は彼女の微笑みである。貴族は公の場で感情をむき出しにすることはしない。ノルのように一目で読み取れる表情をするなど、もってのほかである。ぬいは一見表情が乏しそうに見える。ある程度共に過ごせば、そうでもないことは分かるが、今はあえて抑え込んでいるようだ。
その取り繕った微笑は本来の不思議な雰囲気と相まって、彼女を知らない人にとって魅力的に映るのだろう。
最後に、新婚間もない妻を独占されていること。いい意味も悪い意味の視線も、全てが気に入らなかった。ノルの我慢は限界に達し、人ごみをかき分けようと足を踏み出す。
「ノルベルト。なにをやってるんだい」
「は?」
後ろから肩を掴まれ、睨みながら後ろを振り向いた。その表情を視界に入れた幾人かの貴族たちは、嫌そうに顔をしかめる。
いっそ怯えられるような鋭い目つきであれば、威嚇くらいにはなっただろう。だが、ノルにそこまでの迫力はない。追加で何かをしたとしても、犬が吠えているようにしか思われないだろう。
「もう少し感情を抑えてって。ほら、周りから見られている」
聞き分けのない子供を諭すように、ペトルは言った。事実そうであるが、大人しく従うのはしゃくであった。無理やり押さえつけるが、口元は引きつる。
「彼女を家に迎い入れたら、もう少し落ち着くと思ってたんだけどね。社交下手なところは、両親のどちらにも似ていないみたいだ」
「余計なお世話だ」
引き留めようとするペトルを無視して、再びぬいの元へと向かおうとする。
「本当にいいの?彼女はきちんと場を読めている。今だって、一番の有力者は誰かを見抜き、失礼のないようにしている。そんなところを邪魔したら、彼女の努力がぶち壊しだ」
ペトルに指摘され、少し冷静になってぬいのことを見てみる。確かに言われた通りである、ノルの足は動きを止めた。
「……っぐ、だったら僕にどうしろと」
「大人しく信じて見守ることだね」
場所を移そうと手招きをする。このまま留まってしまえば、注目を浴びぬいの評判を下げてしまうだろう。ノルはちらりと彼女の姿を視界に入れると、背を向けペトルの後を追った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる