まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

116:社交デビュー

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「皆さまはじめまして。ヌイと申します。スヴァトプルク夫人にして、異邦者です。本日からよろしくお願いいたします」

周りに集まっている貴族たちはまるで品定めするように、ぬいを見ている。どこかに綻びはないか、ボロは出さないかと下げれる点を探しているようである。

だが、彼女の挨拶は完璧であった。受け答えもそつなく、試すような問いかけも難なく交わしていく。所作もこの短期間でものにしたのか、隙が無い。

努力の甲斐あってというのもあるが、元々彼女の育ちは良い。空腹時に食事をかき込むような真似をすることもあるが、それさえもどこか品がある。驚くほどぬいは貴族たちの輪に溶け込んでいた。元々そうなるだろうことは分かっていた。それゆえあまり心配しなかったのである。喜ぶべきことだろうが、ノルはそう思えなかった。

まず一つ。あまりに張り付きすぎたため、彼女自身に追い払われたこと。

飲み食いをしたくなくとも、そうせざるを得ない場面もある。そしてそういうものは大抵毒入りだ。他国出身やたとえ異邦者だろうと、貴族の仲間入りをした途端容赦はしない。

いつ何時ぬいの体が毒に侵されるかと思うと、ノルは気が気でなかった。こいつが怪しい、あいつも企んでいるに違いない。そんな疑い目で見ていたせいか、威嚇していると勘違いされてたのだろう。

ノルの周りの人たちは少なくなり、ぬいを取り囲むように幾重もの人波が出来上がった。まるでいつぞやのトゥーを彷彿とさせる姿である。これではなにかがあっても、すぐにたどり着くことができない。苛立ちを覚え、ノルは思わず舌打ちしそうになる。

次は彼女の微笑みである。貴族は公の場で感情をむき出しにすることはしない。ノルのように一目で読み取れる表情をするなど、もってのほかである。ぬいは一見表情が乏しそうに見える。ある程度共に過ごせば、そうでもないことは分かるが、今はあえて抑え込んでいるようだ。

その取り繕った微笑は本来の不思議な雰囲気と相まって、彼女を知らない人にとって魅力的に映るのだろう。

最後に、新婚間もない妻を独占されていること。いい意味も悪い意味の視線も、全てが気に入らなかった。ノルの我慢は限界に達し、人ごみをかき分けようと足を踏み出す。

「ノルベルト。なにをやってるんだい」
「は?」

後ろから肩を掴まれ、睨みながら後ろを振り向いた。その表情を視界に入れた幾人かの貴族たちは、嫌そうに顔をしかめる。

いっそ怯えられるような鋭い目つきであれば、威嚇くらいにはなっただろう。だが、ノルにそこまでの迫力はない。追加で何かをしたとしても、犬が吠えているようにしか思われないだろう。

「もう少し感情を抑えてって。ほら、周りから見られている」
聞き分けのない子供を諭すように、ペトルは言った。事実そうであるが、大人しく従うのはしゃくであった。無理やり押さえつけるが、口元は引きつる。

「彼女を家に迎い入れたら、もう少し落ち着くと思ってたんだけどね。社交下手なところは、両親のどちらにも似ていないみたいだ」

「余計なお世話だ」
引き留めようとするペトルを無視して、再びぬいの元へと向かおうとする。

「本当にいいの?彼女はきちんと場を読めている。今だって、一番の有力者は誰かを見抜き、失礼のないようにしている。そんなところを邪魔したら、彼女の努力がぶち壊しだ」
ペトルに指摘され、少し冷静になってぬいのことを見てみる。確かに言われた通りである、ノルの足は動きを止めた。

「……っぐ、だったら僕にどうしろと」
「大人しく信じて見守ることだね」

場所を移そうと手招きをする。このまま留まってしまえば、注目を浴びぬいの評判を下げてしまうだろう。ノルはちらりと彼女の姿を視界に入れると、背を向けペトルの後を追った。
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