まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

115:甘やかす

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「ノルくんてさ、基本的になんでもそつなくこなすよね」

ぬいを視野狭窄から戻したときの動きから、かなり身体能力が高いことが察される。トゥーとの決闘時も、どれだけ攻撃を受けようと耐え続け、持久力もある。

そして今は、執務室で複雑な書類を片付けている。手伝おうとぬいが目を通しても、そもそも書いてある内容が複雑すぎたり、意味の分からない計算だったりする。

野営時に食事を作ってくれ、休憩時にお茶を淹れてくれたこともある。ぬいが風邪をひいたときも、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

これだと完璧超人のように思えるが、ノルは目に見えて努力をしている。共に暮らしてからその様子が映るようになり、より理解できた。どんなに疲れていてもそれを怠ることはない。

ぬいはそれに触発され、体力をつけるべく運動をしたり御業の練習。そして貴族として暮らしていくための術を学んでいた。

アンナの店で働いていたときは大違いで、毎日が忙しい。ただ元の世界に居た時ほどではなく、その疲労感は心地よいものであった。なにより行動の目的は、自分とノルの為である。俄然やる気がみなぎっていた。

「嫌か?」

ノルは目を通していた書類から顔を上げると、伺うように尋ねてきた。いつもであったら、社交や対人能力がうまくないとすぐに否定しただろう。

「へ?なんで?」
予想外の返事が返ってきたため、ぬいは目を丸くした。

「傲慢な赤毛。特に神官騎士時代にそう呼ばれていた。なにを成しても鼻につく。恵まれない者の気持ちを考えたことがあるのかと」

「いや、それってただの当てつけか僻みじゃ」

呆れたようにぬいは言う。だが、ノルがよく鼻で笑うことがあるのは事実である。元々の悪人面と組み合わさり、そのように言われるようになったのだろう。

「別に有象無象から言われることなど、今更どうでもいい。僕が気にかけるのはヌイのことだけだ」
口説いているわけでなく、どうやら本気で気にしているようである。

「見下すなんて。わたしほどそう思わない人はいないはずだよ。なんでもできるように、いつも頑張っているのは知ってるし。その、かっこいいと思う」
すると、ノルは手元にあった本を顔に叩きつけた。

「えっ、すごい音したけど大丈夫?」
「構わない、続けてくれ」
冷静な声色で言うが、隠された顔は赤くなっているはずだ。震える手元からそれが予想できる。

「う、うん」
下手に突っ込めば、今日の作業を全て中止することになるだろう。明日社交デビューする身としては、それは避けなければならない。

「過去映しで知ってると思うけど。わたしはずっと完璧以上を求められ続けてきて、その辛さを知っている。だからこそ、そこから脱落した身としては、どんな時でもあきらめないノルくんのすごさが分かるんだ」
ぬいは立ち上がるとノルの横へと移動する。

「よく頑張ってるね」
座っている状態では、身長差を気にせずに頭を撫でることができる。そっと手を伸ばすと、触る前に掴まれた。そのまま腰に手を当てられたかと思うと、引き寄せられ膝の上に座らされた。

「ヌイ」
スヴァトプルク家に住むようになってから、この態勢になることは頻繁である。

多少力は強いがあくまで逃げられない程度であって、痛くはない。そのままされるがままにしていると、拘束が緩み首元に吐息がかかるのを感じた。

「だめだよ!ノルくん」
ぬいは肩を掴むと突っぱねた。大人しく引きはがされたが、不満そうである。

「ほお、君は僕になにをされると思ったんだ?」
「そんな意地の悪いことは言わないの。だからノルくんは誤解されるんだよ。こないだ挨拶した人だって、そうだったし」

「っは、ヌイのことを無遠慮にじろじろ眺める方が悪い」
打って変わって、甘い表情から悪人面へと変化する。ぬいにとっては見慣れた表情であるが、普通の人はそう思わないだろう、ノルはやはりあまり社交上手ではない。

本心をうまく隠すことができず、真っすぐだ。だからこそ、ぬいは彼のことが好きになったのである。

「あれはわたしが異邦者だから見ていただけだよ?もう定着したからよくわからないだろうし、珍しいからであって」

「違うな。僕という存在がなければ、確実に君を口説いていた」
「いや、それはないって……」

否定するが、ノルはどうしてもそう思わないようだった。むくれるノルをなだめるように頭を撫でると、少しずつ険がとれていく。

「わたし、もっと頑張らないとね」
結婚前も後も散々ノルに助けられてきた。今度は自分が彼を助ける番だと、奮起するように言い聞かせる。すると、なぜか急に腰のあたりを撫でられた。

「……明日の予定、知ってるよね?」
責めるように言うと、ノルは一瞬目をしばたいた。

「ん?なんだ、そういう意味か。まあいい」
なにを納得したのか、ぬいの服の隙間から手を差し入れようとする。

「良くないよ!」
手を叩くことはせず、掴んで引きはがす。

「君は本当に優しいな。暴漢に襲われようとも、ただ受け流す。今だって決して、叩くことすらしない」
甘ったるい目線でぬいのことを見つめながら、手を取ると口付ける。その雰囲気にのまれそうになるが、ぐっとこらえる。

「それは違うよ。堕神になった時、散々周りを破壊したの覚えてるよね?」
「堕神の中でも最弱だったと、僕が言ったのも覚えているか?」

質問に質問で返される。恥を指摘され、ぬいは口を尖らせた。

「あんまり何度も言わないでよ!でもさ、わたしの攻撃が周りを薙ぎ払い、地をえぐったのは事実だよね。それのどこが優しいって言うの?」
「堕神がそれくらいできなくてどうする。人である僕に、非武装で対抗されている時点でそう言えるだろう?」

「うっ」
ぬいは何も反論できなくなってしまった。口をまっすぐに結ぶと、ノルの肩に顔をうずめる。その甘えるような行動に気をよくしたのか、何も言ってこなかった。

少し前にしたように、今度は逆に頭を撫でられる。その手が別の箇所へ移動しようとしたとき、ぬいは頭を上げた。

「あ、ごめんね。執務の邪魔しちゃって。そろそろ降りるよ」
体を離そうとすると、腰を強く掴まれる。その手には逃がすまいとの意思が感じられた。

「明日、貴族のみの社交場の日なんだよ?万全な状態で立ち向かわないと」
貴族間同士の結婚であれば、わざわざ場に姿を現す必要はない。だが、それ以外の者であれば別である。異邦者ともなれば、注目度は増すだろう。

「無理に立ち向かう必要はない。新婚夫婦が場に現れないことなど、よくある話だ」
「スヴァトプルクの名が泣くよ。最初の偉そうに名乗ってたノルくんは、どこに行ったの?」
「さっきの仕返しか?あんまりあの時のことは思い出さないで欲しい……今の僕はただの愛妻家だ」

ぬいの髪の毛を一房掴むと、見せつけるように口付ける。散々抵抗されてもまだあきらめないらしい。

「とにかく!明日の出席は絶対だからね」
「わかった……」

しぶしぶノルは了承する。ぬいもその答えに満足し、明日の準備をしようと体を動かす。だが、またしても止められた。

「あのね……わたしは今更急いですべきことはないけど、ノルくんは違うでしょ?」
「そうだな。僕の邪魔をした責任を取ってもらおうか」

片手でぬいの体を拘束しながら、もう片方で頬に手を当てた。

「えっ、いや……今日朝から。って、そっちじゃないや。その、厳しい鍛錬をして、神官としての役目を終えてからの執務。疲れてるよね?」

「大したことはない。ヌイと一緒になってから、疲れなど感じたことはない」
熱に浮かされた言葉ではなく、大真面目に言う。どうやら本当らしい。

「わたしとノルくんって、本当に体力差が大きいんだね」

「心配しなくていい、無理はさせない。神々よ、愛おしき我が伴侶に、立ち上がる力をお授けください」
聖句を耳元でささやく。御業に即効性はあまりない、ゆえに今行使したのだろう。

「なんという、御業の無駄遣い」
反論できないことを言われ、行動でも逃げ道を塞がれた。もはや抵抗する気は失せ、ぬいは逃げることを止めた。
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