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本編

112:ようやく手に入れた

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部屋に帰り、身ぎれいにされたあと疲れが出てきたのか、目をこすりながらされるがままになる。披露前と同じように磨き上げられ、ぬいは自分の部屋へと戻ろうとした。だが使用人たちにそっちではないと言われ、大人しく指示された方向へと向かった。

こうしている今も、ノルは一人で頑張っている。そのことを考えながら、目を開けようとする。だが、少しだけとベッドに横になると、すぐに寝てしまった。


夢の中で、優しくほほを撫でられる。その心地よさに摺り寄せるようにすると、口になにかが押し当てられる。息がしづらくなり、顔が温かい。これはなにかがおかしいと、ぬいは目を開けた。

「んっ」
ぬいとノルの顔の距離はゼロになっていた。そのことに気づくと、口を離される。

「起きたか」
非難するような含みはないが、ぬいは申し訳なさを感じる。

「ご、ごめんね。先に寝ちゃって……あれ、そもそもここって、どこだっけ?わたしの部屋じゃ……あ」
見渡してすぐに気づいた、見慣れてきた自分の部屋でも、ノルの部屋でもないからだ。

「今がどういう時か、わかっているか?」
「ノルくんと……その、結婚したあと」

「初夜だ」
「うっ……」
直接的な物言いをされ、ぬいは勢いよく起き上がると後ずさる。数人は寝れそうな広いベッドとはいえ、限界はある。

「それは違うんじゃないかな?ノルくんとは何度も……えっと」
過去の記憶を思い出しても、赤面するだけである。ぬいはなにも言えなくなった。

「ようやく君を本当の意味で手に入れられる。そういう意味では間違ってはいないと思うが?」

羞恥からぬいはうつぶせになる。顔を見られないようにとの行動だったが、近づいたノルに背中を触られるだけで、体を震わせてしまう。

「ヌイ、怖がらなくていい。僕は君を大事にしたいだけだ」

すがるような声を掛けられ、ぬいは仰向けになる。すると、ノルはにやりと笑みを浮かべた。その悪人のような表情に危機を覚える暇もなく、両手がからめとられる。

「ずっと、この時を待っていた」
甘さはもちろん含まれているが、それよりも逃がさないとの意思が読み取れる。

「大事にするって言ってたよね?」
確認のように問いかけると、ノルはほくそ笑む。

「ああ、間違っていない。だが、次に二人きりになったら、覚えてろと言ったことを忘れたか?」

「……あ」
指摘通りぬいは忘れていた。今更それを掘り返すなどと、思ってもいなかったからだ。

「今、思い出したよ!」
慌てて言うが、もうすでに遅い。

「ようやく手に入れた。ヌイ、愛してる」
溶け切ったような表情を浮かべ、ノルの顔が近づいてくる。恥ずかしさはあれども、拒否することなどできなかった。

「うん、わたしもだよ。ノルくん」
ぬいは体をこわばらせながらも、目を閉じた。

はじめは想いを告げた直後のように、優しく何度も口付けられた。そのおかげで、緊張が解けていく。だがその後何もされず、不思議になって目を開くと、ノルは何かを考えているのか静止していた。

「どうしたの?」
ぬいが遠慮気味に尋ねると、ハッとした表情で目を見開いた。

「やはりだめだ。このままでは君が何を言おうとも、乱暴にしてしまうかもしれない」
そう言うと、ノルは体を起こす。

離された距離に、寂しさを感じるのもつかの間。手を取られるとそのまま抱き上げられ、近くの椅子に座らされた。

「君が好きだ。だから、どうか僕のものになって欲しい」
ぬいの手を取ると口付けた。

「今更なにを言うの?わたしはとっくにノルくんのだよ」
「今夜はこれまでとは違う。本当の意味で僕を受け入れるということだ」

反対の手でノルはぬいのお腹をそっと撫でた。腹痛を心配するものではないと、その劣情に満ちた目からすぐ察される。

「そのくらい分かってるよ。そうじゃなきゃ、結婚どころか恋人にだってならないよ。この状況で逃げたりしないって」
照れを隠すため、明るく言い放つと。ノルはぬいの手を握り、うつむいた。

「僕はヌイが居ればそれでいい。もし子供ができたとしても、君を優先してしまうと思う。それに、できなかったとしても何の負い目を感じる必要もない」
その真剣な声色に対しぬいは思うところがあった。

「もしかして、わたしの弟に何か言われた?それとも異邦者は……いや、それはないか」
イザークの子供が何人居たかは分からない。だができないとしたら、ノルはこの世に存在していないだろう。

「準備が整うまで、子供ができるような行為は慎めと言われただけだ」
「そんなこと……言ってたんだね」
遠回しとはいえ、身内からの言葉はなかなかに複雑であった。ぬいはどこか遠い目をする。

「でもそれなら……そっか、ノルくんのことか」

ノルから聞く両親の仲はとても良好であった。それにもかかわらず、子供は一人である。そのことから貴族に嫌なことを言われ続けてきたのだろう。ぬいは手を上げるとそっとノルの頭撫でた。

「っう……僕は跡継ぎが欲しいからではない。ヌイをより愛したいからであって」
続けざまに出てくる甘ったるい言葉に、ぬいは制止した。まだなにもしていないというのに、心臓がはちきれそうになる。

「わかった、わかってるよ。そのことは、ノルくんが呪いを解いて証明してくれたでしょ?そもそも子供が欲しいなら、もっと若くて健康で丈夫そうな子を選ぶだろうし」

自分で言いながら、己の貧弱さに落ち込んでいく。明るく言い放とうとも、ノルはその様子に気づいたらしい。

「いいか、何度も言っているが僕はヌイ以外を選ぶなどあり得ない。それにもう少し君は自分の魅力を自覚したほうがいい」
どこか不満そうに言うことから、先日の出来事のことをさしているであろうことが伺えた。

「あれはたまたまだって。ノルくんの方こそ、短命という負い目がなくなったんだし。身分と容姿と若さが釣り合う子が……ん、あの。なにしてるの?」

手に暖かい吐息を感じると、指を一本一本丁寧に口づけられていた。全てが終わると今度は指をくわえられる。

「えっと、お腹空いてるならなにか食べに行こうよ」」
「今食べている最中だ。誰にだって、邪魔はさせない」
指から口を離すとノルは言う。

「わたしはおいしくないと思うけど」
「それはただの君の想像だ。本当の味を知っているのは僕だけだ」

反論できない言葉を返され、ぬいは何も言えなくなった。大人しくされるがままにされていると、ノルに背中を掴まれまた持ち上げられる。ベッドの上へ腰かけるように座らされた。

「はじめてが椅子の上ではヌイが体を痛めてしまう」
背中と腰をいたわるように撫で、ノルは横に座ると軽く頬に口付ける。

「これから君を抱く。なにを言われようとも止められない。覚悟はいいか?」
そのまま手を掴まれ、見つめ合う。

ぬいが照れながら頷くと、どちらともなく顔の距離が縮まり、再び口付けを交わした。

結論から言えば、ノルは途中までは優しかった。

しかし彼はまだ若く、力を持て余している。そのことをきちんと理解せず、ぬいは無意識に煽るような発言をしてしまい、その結果途中で意識を失ってしまった。
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