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本編
110:披露会
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宣誓が終わった後、感慨に浸る余裕もなく屋敷へと引き返した。そこでぬいは全身をくまなく磨き上げられ、様々な装飾が施される。ただじっとしているだけだというのに、終わるころにはひどく疲れを感じていた。
「完成しました。大変お綺麗です」
そう言って鏡を見せられる。多少の疲労があろうとも、それを気づかされない程度に化粧が施されていた。いつも下の方で緩く二つに縛っていた髪は、まとめ上げられ、あちこちに編み込まれている。
「すごい……よくこの髪をこんなにきれいにまとめられましたね」
ぬいが二つ結びをしているのは、明確な理由がある。一つはふわふわとしていておさまりがつかず、髪の毛に幅ができてしまうこと。そしてもう一つは毛量が多く、到底自分で結い上げることなどできないからだ。
「このくらいなんてことありませんよ。奥さま、坊ちゃんの母君も、同じくらいしっかりした髪質でしたので、なんだか懐かしく感じてしまいました」
「そうなんですか?それは嬉しいです……ノルくん、喜んでくれるかな」
ノルの母親とぬいに共通点はほとんどない。聞いたかぎりでは、容姿どころか中身も全く違う性質である。だからこそ、数少ない共通点に喜びを覚えた。
「もちろんですとも!絶対に喜びます。喜んで、喜びすぎて……せっかくの準備を台無しにするかと」
準備をしてくれた、年かさの使用人は遠い目をする。
ぬいの着ているドレスは以前と似通った青緑のものである。本当はノルの目と同じ色をと考えていたが、既に指輪がある。
あまり主張が激しくては、かえってよくないと、ぬいに似合う色をとなった。また背中が空いてはいるが、レースに縁どられ、おさえ気味になっている。その理由はノルが他の人に見せたくないと突っぱね、妥協に妥協を重ねた結果である。
「はじまるまで、坊ちゃん……いえ、旦那様をここへ入れてはいけませんよ」
「承知いたしました!」
身支度を整えてくれた彼女たちは解散し、散り散りになる。部屋の外からは慌ただしい声と足音が聞こえてきた。お披露目はスヴァトプルクの屋敷にて行われるからだ。
手持無沙汰になったぬいは、再度マナーの本を見返していた。ノルから、今回はそこまでする必要はないと言われているが、それでも気になるものは気になる。真剣に読み込んでいると、いつの間に時間が過ぎていたのか、中庭へ向かうように言われた。
長い廊下をゆっくりと歩いていく。高いヒールを履いているせいで、足元がおぼつかない。ようやく出口に差し掛かると、扉が開かれる。外は夕暮れ時で、眩しさから目を細めた。
「ヌイ」
すぐそこにノルが居た。黒い燕尾服を着用し、指にはぬいが渡した黒い指輪が光を反射している。その瞳はぬいだけを視界に入れており、まるで少年のように輝かせていた。
「あ……行こうか」
なにかを言いかけていたが、拍手の音が鳴り響き、ノルは言うのを止めたらしい。ぬいは差し出された腕に手を添えると、並んで歩き出した。
それからはひたすら挨拶周りである。あちこちから人に話しかけられ、なかなか止まることはない。順番は制限されていないのか、次から次へと知らない人たちがやってくる。ようやく落ち着いたころ、ノルに飲み物を手渡された。
「疲れただろう、少し口に入れた方がいい」
「ありがとう、ノルくん」
渡されたものは酒類ではなく、果実水である。一気に飲み干そうとしたが、ぬいはふと思うことがあり、手を止めた。
「慶事に毒を盛るようなことはないし、ここでそんな愚行は絶対にさせない。だから、安心していい」
「前に言ってた、異国の者を毒で死なせると、末代までの恥ってのと同じこと?」
ぬい自身が毒をあおったわけではない。だというのに、うかつに口にするのはためらわれた。この国のことは好きであっても、合いなれない要素の一つである。
するとその躊躇に気づいたのか、ノルはグラスを奪うと一口飲んだ。
「なっ、ノルくん?」
ぬいが慌てると、ノルは嬉しそうにほほ笑む。
「これからは、君が口にするものすべてを毒見しよう。それなら心配ないだろう?」
「だめだよ!ノルくんが苦しむのも嫌だから」
奪われたグラスを取り返すと、ぬいはそれを全て飲み干した。
「ヌイ、それに毒は入っていない」
「そうだとしても……今日からノルくんと一緒になったんだし。辛いことは分け合いたいから」
笑顔でそう返すと、ノルは背を向け食事をとりはじめた。
「ちょっと待って!ねえ、今の話聞いてた?」
「聞いている」
向けられた背中をそっと叩くと、どこか声が震えている。いつもは髪に隠れて見えない右耳が、赤く染まっているのが見えた。
「もしかして、照れてるの?」
「悪かったな!」
無理やり刺々しい態度を取るノルに対し、ぬいは小さく笑った。横に並ぶと、ノルと同じように食事を取る。もちろん、一口だけ毒見をするのを忘れずに。
「はい、ノルくん。交換だね」
ぬいが皿を渡すと、ノルは大人しく言う通りにした。そのまま食事をする。
「これ、おいしいね!」
ノルは食事をしながらも、ぬいのことを食い入るように眺めていた。器用なことになにもこぼすことはしない。
「あと、ノルくん今日の服装よく似合ってるね。かっこいいよ!」
「っぐ……ごほっ……う」
できるだけ軽い口調でぬいは言ったが、その瞬間ノルはせき込んだ。無遠慮に見つめられた仕返しの意図もあったが、ここまで苦しませるつもりなど、毛頭ない。
「ごめん!だ……じゃないや、えっと水飲む?」
グラスに水をそそぐとノルに手渡す。背中をなでようとしたが、それも公の場ではし辛い。もどかしさを感じながら、結局背中に腕を回すだけにとどめておいた。
「……なぜ君はいつも先に言ってしまうんだ」
「え?」
しばらく間が空いたため、ぬいはすぐに返事をすることができなかった。
「かわいくない態度を取ると言うが、そんなことはない。僕にとってはヌイのほうが正直だ……はあ、本当はずっと言いたかった。いつにもましてかわいいし、綺麗だ。今すぐ部屋に連れ帰って、ずっと見つめていたい」
いつもの余裕そうな態度より、顔を赤くしながら本音を言うノルの方がかわいいと、ぬいは言いたくなった。だが思った以上に照れていたのか、ぬいも何も言葉が出てこなかった。しばらく無言で目を合わせる。周りには大勢の人たちがいるというのに、世界にノルと二人きりのようで、心臓の鼓動が頭に鳴り響くのを感じた。
そのせいで、誰かが近づいてくることに全く気づかなかった。横から声をかけられても、二人は互いの存在しか目に入っていない。
「あの~聞いてる?聞いてないよね、二人とも」
その声にいち早く気づいたのは、ぬいであった。視線を向けると、そこには地味な服装をしたトゥーが、居づらそうに立っていた。
「完成しました。大変お綺麗です」
そう言って鏡を見せられる。多少の疲労があろうとも、それを気づかされない程度に化粧が施されていた。いつも下の方で緩く二つに縛っていた髪は、まとめ上げられ、あちこちに編み込まれている。
「すごい……よくこの髪をこんなにきれいにまとめられましたね」
ぬいが二つ結びをしているのは、明確な理由がある。一つはふわふわとしていておさまりがつかず、髪の毛に幅ができてしまうこと。そしてもう一つは毛量が多く、到底自分で結い上げることなどできないからだ。
「このくらいなんてことありませんよ。奥さま、坊ちゃんの母君も、同じくらいしっかりした髪質でしたので、なんだか懐かしく感じてしまいました」
「そうなんですか?それは嬉しいです……ノルくん、喜んでくれるかな」
ノルの母親とぬいに共通点はほとんどない。聞いたかぎりでは、容姿どころか中身も全く違う性質である。だからこそ、数少ない共通点に喜びを覚えた。
「もちろんですとも!絶対に喜びます。喜んで、喜びすぎて……せっかくの準備を台無しにするかと」
準備をしてくれた、年かさの使用人は遠い目をする。
ぬいの着ているドレスは以前と似通った青緑のものである。本当はノルの目と同じ色をと考えていたが、既に指輪がある。
あまり主張が激しくては、かえってよくないと、ぬいに似合う色をとなった。また背中が空いてはいるが、レースに縁どられ、おさえ気味になっている。その理由はノルが他の人に見せたくないと突っぱね、妥協に妥協を重ねた結果である。
「はじまるまで、坊ちゃん……いえ、旦那様をここへ入れてはいけませんよ」
「承知いたしました!」
身支度を整えてくれた彼女たちは解散し、散り散りになる。部屋の外からは慌ただしい声と足音が聞こえてきた。お披露目はスヴァトプルクの屋敷にて行われるからだ。
手持無沙汰になったぬいは、再度マナーの本を見返していた。ノルから、今回はそこまでする必要はないと言われているが、それでも気になるものは気になる。真剣に読み込んでいると、いつの間に時間が過ぎていたのか、中庭へ向かうように言われた。
長い廊下をゆっくりと歩いていく。高いヒールを履いているせいで、足元がおぼつかない。ようやく出口に差し掛かると、扉が開かれる。外は夕暮れ時で、眩しさから目を細めた。
「ヌイ」
すぐそこにノルが居た。黒い燕尾服を着用し、指にはぬいが渡した黒い指輪が光を反射している。その瞳はぬいだけを視界に入れており、まるで少年のように輝かせていた。
「あ……行こうか」
なにかを言いかけていたが、拍手の音が鳴り響き、ノルは言うのを止めたらしい。ぬいは差し出された腕に手を添えると、並んで歩き出した。
それからはひたすら挨拶周りである。あちこちから人に話しかけられ、なかなか止まることはない。順番は制限されていないのか、次から次へと知らない人たちがやってくる。ようやく落ち着いたころ、ノルに飲み物を手渡された。
「疲れただろう、少し口に入れた方がいい」
「ありがとう、ノルくん」
渡されたものは酒類ではなく、果実水である。一気に飲み干そうとしたが、ぬいはふと思うことがあり、手を止めた。
「慶事に毒を盛るようなことはないし、ここでそんな愚行は絶対にさせない。だから、安心していい」
「前に言ってた、異国の者を毒で死なせると、末代までの恥ってのと同じこと?」
ぬい自身が毒をあおったわけではない。だというのに、うかつに口にするのはためらわれた。この国のことは好きであっても、合いなれない要素の一つである。
するとその躊躇に気づいたのか、ノルはグラスを奪うと一口飲んだ。
「なっ、ノルくん?」
ぬいが慌てると、ノルは嬉しそうにほほ笑む。
「これからは、君が口にするものすべてを毒見しよう。それなら心配ないだろう?」
「だめだよ!ノルくんが苦しむのも嫌だから」
奪われたグラスを取り返すと、ぬいはそれを全て飲み干した。
「ヌイ、それに毒は入っていない」
「そうだとしても……今日からノルくんと一緒になったんだし。辛いことは分け合いたいから」
笑顔でそう返すと、ノルは背を向け食事をとりはじめた。
「ちょっと待って!ねえ、今の話聞いてた?」
「聞いている」
向けられた背中をそっと叩くと、どこか声が震えている。いつもは髪に隠れて見えない右耳が、赤く染まっているのが見えた。
「もしかして、照れてるの?」
「悪かったな!」
無理やり刺々しい態度を取るノルに対し、ぬいは小さく笑った。横に並ぶと、ノルと同じように食事を取る。もちろん、一口だけ毒見をするのを忘れずに。
「はい、ノルくん。交換だね」
ぬいが皿を渡すと、ノルは大人しく言う通りにした。そのまま食事をする。
「これ、おいしいね!」
ノルは食事をしながらも、ぬいのことを食い入るように眺めていた。器用なことになにもこぼすことはしない。
「あと、ノルくん今日の服装よく似合ってるね。かっこいいよ!」
「っぐ……ごほっ……う」
できるだけ軽い口調でぬいは言ったが、その瞬間ノルはせき込んだ。無遠慮に見つめられた仕返しの意図もあったが、ここまで苦しませるつもりなど、毛頭ない。
「ごめん!だ……じゃないや、えっと水飲む?」
グラスに水をそそぐとノルに手渡す。背中をなでようとしたが、それも公の場ではし辛い。もどかしさを感じながら、結局背中に腕を回すだけにとどめておいた。
「……なぜ君はいつも先に言ってしまうんだ」
「え?」
しばらく間が空いたため、ぬいはすぐに返事をすることができなかった。
「かわいくない態度を取ると言うが、そんなことはない。僕にとってはヌイのほうが正直だ……はあ、本当はずっと言いたかった。いつにもましてかわいいし、綺麗だ。今すぐ部屋に連れ帰って、ずっと見つめていたい」
いつもの余裕そうな態度より、顔を赤くしながら本音を言うノルの方がかわいいと、ぬいは言いたくなった。だが思った以上に照れていたのか、ぬいも何も言葉が出てこなかった。しばらく無言で目を合わせる。周りには大勢の人たちがいるというのに、世界にノルと二人きりのようで、心臓の鼓動が頭に鳴り響くのを感じた。
そのせいで、誰かが近づいてくることに全く気づかなかった。横から声をかけられても、二人は互いの存在しか目に入っていない。
「あの~聞いてる?聞いてないよね、二人とも」
その声にいち早く気づいたのは、ぬいであった。視線を向けると、そこには地味な服装をしたトゥーが、居づらそうに立っていた。
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