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本編
100:休ませたい②
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ぬいの要望にノルが応えないわけがなかった。あれから移動し、二人で公園にあるベンチに座っていた。
「さ、ノルくん。前の借りを返す時が来たね!」
「なんのことだ?」
「これだよ、これ」
膝を叩くと、ノルは首をかしげる。
「前に膝を貸してくれたよね。そのお返しだよ、ノルくんは少し寝た方がいいと思うんだ」
「……ヌイ、それはだめだ」
てっきり喜んでくれると思っていたばかりに、ぬいは落胆する。
「そっか……わたしの膝じゃあまり寝心地よくなさそうだもんね。なにかクッションを」
ぬいが立ち上がろうとすると、ノルに手を掴まれ引き戻された。
「違う!何度も言っただろう。僕がヌイに対し嫌だと思うことはないと」
「なら、どうして?」
「少し前に御業を行使して、僕を持ち上げようとしただろう?どう見てもそう頻繁に使っていないはずだ。この後確実に筋肉を痛める。御業で治そうとしても、どうにかなるものではない」
確かに、なんとなく腕が重い感覚はあった。指摘通りであれば、きっと筋肉痛になるだろう。
「それに加え、僕という重しを膝に加えれば全身痛めることが確実だ。ヌイに痛い思いはしてほしくない」
ノルの言う通りであったが、ぬいには諦められない理由がある。第一に休んでもらいたいのもあるが、ノルを寝かせて指のサイズを測る目的もあるからだ。ここで折れるわけにはいかなかった。
「この先ずっと、ノルくんを膝に乗せてあげられないのは、困るかな」
「……っく、ヌイ……」
顔を手で押さえると、ノルは心なしか震えている。いつかのぬいのように、膝を抱えなかったのは目立つからだろう。
「公衆の面前で、かわいいことを言うのはやめてくれ。抑えきれなくなる」
「ノ、ノルくんだって、前にここでからかってきたよね?」
負けずに言い返すと、ノルは聖句をつぶやき一息吐く。
「ヌイの気持ちは嬉しい。だが、鍛えているなら御業を使うのはやめたほうがいい」
全く予想していなかった指摘をされる。
「なっ、なんでそのこと知ってるの?」
「部屋に来た時に、外から声が聞こえた」
どうやらあの部屋に防音性はないらしい。
「筋肉痛の時に御業をかけると、その日の成果がなかったことにされる。特に他国出身の騎士見習いが、よくやらかしている」
一日だけならばいいだろうが、それを毎日となれば、ぞっとする話である。
「なら、御業を使うのはなしか。正直少しくらいなら、大丈夫だと思うんだよね。動物を膝に乗せても、酷い筋肉痛になった覚えないし」
犬や猫やうさぎを乗せて、動けなくなるほど貧弱ではない。そのことを思い出していると、ノルがムッとした表情になる。
「その動物とは、茶色い髪に黒い目をしたやつのことか?」
言われてすぐにそれが何を指すかは気づかなかった。だが、嫉妬に揺らめくような瞳を見て理解した。
「あいつになにをされたか、全て言ってくれたと思っていたが」
「ご、ごめん!その……さすがにそこまで細かいことは出てこなくて」
古い記憶を思い起こせば、確かに鍋島に膝枕をしたことはある。口に出さずとも肯定だと受け取ったらしい。ノルはぬいの肩を引き寄せると、耳元でささやいた。
「次に二人きりになったら、覚えていろ」
低く響く声で言われ、目を合わせる。強い執着心を感じると、ノルはぬいの膝に頭を乗せた。
「……落ち着かない」
「やっぱり、わたしの膝だと」
言葉を発している途中で、ノルはぬいの手を掴んだ。
「ヌイの香りと柔らかさにつつまれて、気が気でなくなる」
「だったら、目を閉じていれば大丈夫だよ!」
照れ隠しにちょうどいいと、ぬいはノルの目を手で覆った。
「今日は穏やかな気温……っていうのはいつものことか」
外に出て、改めてわかったことであるがこの街の気温は常に適温だ。多少の上がり下がりはあっても、大幅な変化はない。
それだけここが恵まれているのだろう。弟がぬいをここへ導いたのは、確実に意図したものだ。
「なにか話でも聞かせればいいかな」
ノルの頭を撫でたかったが、両手は塞がっている。手をそっと握り返すと、ノルも同じようにしてくれた。そんな他愛のないことに、笑みを浮かべる。
「弟の恩師がいる、ある国に行った時なんだけど。そこに弟と同じ年の女の子が居てね。すごく才能のある子なんだけど、極度の人見知りで」
ゆっくり語って聞かせる。最初は相槌を打っていたが、次第にノルの返答は少なくなっていく。
「ここの学術式を応用してって。直接話せばいいのに、わたしを通すんだよね。それだけ仲良……ノルくん寝てる?」
念のために呼びかけてみるが、返事はない。右手を少し浮かせて、ノルの目を覗き見るが瞼は閉じられている。
胸元は静かに上下していて、それをじっと眺めているとぬい自身も眠気に誘われてしまう。数度頭をぐらつかせ、すぐ我に返る。
ノルの指を図らなければと、握られた左手を動かそうとするが、あまりにも強く包まれていて、動かすことができない。
「う、だめだ……」
首を横に振って目を覚まそうとするが、これ以上逆らうことはできない。
なによりいつもの場所で、大切な人の傍に居るという事実が、より心を穏やかにさせる。次でいいと、ぬいは先送りにすることにした。
「さ、ノルくん。前の借りを返す時が来たね!」
「なんのことだ?」
「これだよ、これ」
膝を叩くと、ノルは首をかしげる。
「前に膝を貸してくれたよね。そのお返しだよ、ノルくんは少し寝た方がいいと思うんだ」
「……ヌイ、それはだめだ」
てっきり喜んでくれると思っていたばかりに、ぬいは落胆する。
「そっか……わたしの膝じゃあまり寝心地よくなさそうだもんね。なにかクッションを」
ぬいが立ち上がろうとすると、ノルに手を掴まれ引き戻された。
「違う!何度も言っただろう。僕がヌイに対し嫌だと思うことはないと」
「なら、どうして?」
「少し前に御業を行使して、僕を持ち上げようとしただろう?どう見てもそう頻繁に使っていないはずだ。この後確実に筋肉を痛める。御業で治そうとしても、どうにかなるものではない」
確かに、なんとなく腕が重い感覚はあった。指摘通りであれば、きっと筋肉痛になるだろう。
「それに加え、僕という重しを膝に加えれば全身痛めることが確実だ。ヌイに痛い思いはしてほしくない」
ノルの言う通りであったが、ぬいには諦められない理由がある。第一に休んでもらいたいのもあるが、ノルを寝かせて指のサイズを測る目的もあるからだ。ここで折れるわけにはいかなかった。
「この先ずっと、ノルくんを膝に乗せてあげられないのは、困るかな」
「……っく、ヌイ……」
顔を手で押さえると、ノルは心なしか震えている。いつかのぬいのように、膝を抱えなかったのは目立つからだろう。
「公衆の面前で、かわいいことを言うのはやめてくれ。抑えきれなくなる」
「ノ、ノルくんだって、前にここでからかってきたよね?」
負けずに言い返すと、ノルは聖句をつぶやき一息吐く。
「ヌイの気持ちは嬉しい。だが、鍛えているなら御業を使うのはやめたほうがいい」
全く予想していなかった指摘をされる。
「なっ、なんでそのこと知ってるの?」
「部屋に来た時に、外から声が聞こえた」
どうやらあの部屋に防音性はないらしい。
「筋肉痛の時に御業をかけると、その日の成果がなかったことにされる。特に他国出身の騎士見習いが、よくやらかしている」
一日だけならばいいだろうが、それを毎日となれば、ぞっとする話である。
「なら、御業を使うのはなしか。正直少しくらいなら、大丈夫だと思うんだよね。動物を膝に乗せても、酷い筋肉痛になった覚えないし」
犬や猫やうさぎを乗せて、動けなくなるほど貧弱ではない。そのことを思い出していると、ノルがムッとした表情になる。
「その動物とは、茶色い髪に黒い目をしたやつのことか?」
言われてすぐにそれが何を指すかは気づかなかった。だが、嫉妬に揺らめくような瞳を見て理解した。
「あいつになにをされたか、全て言ってくれたと思っていたが」
「ご、ごめん!その……さすがにそこまで細かいことは出てこなくて」
古い記憶を思い起こせば、確かに鍋島に膝枕をしたことはある。口に出さずとも肯定だと受け取ったらしい。ノルはぬいの肩を引き寄せると、耳元でささやいた。
「次に二人きりになったら、覚えていろ」
低く響く声で言われ、目を合わせる。強い執着心を感じると、ノルはぬいの膝に頭を乗せた。
「……落ち着かない」
「やっぱり、わたしの膝だと」
言葉を発している途中で、ノルはぬいの手を掴んだ。
「ヌイの香りと柔らかさにつつまれて、気が気でなくなる」
「だったら、目を閉じていれば大丈夫だよ!」
照れ隠しにちょうどいいと、ぬいはノルの目を手で覆った。
「今日は穏やかな気温……っていうのはいつものことか」
外に出て、改めてわかったことであるがこの街の気温は常に適温だ。多少の上がり下がりはあっても、大幅な変化はない。
それだけここが恵まれているのだろう。弟がぬいをここへ導いたのは、確実に意図したものだ。
「なにか話でも聞かせればいいかな」
ノルの頭を撫でたかったが、両手は塞がっている。手をそっと握り返すと、ノルも同じようにしてくれた。そんな他愛のないことに、笑みを浮かべる。
「弟の恩師がいる、ある国に行った時なんだけど。そこに弟と同じ年の女の子が居てね。すごく才能のある子なんだけど、極度の人見知りで」
ゆっくり語って聞かせる。最初は相槌を打っていたが、次第にノルの返答は少なくなっていく。
「ここの学術式を応用してって。直接話せばいいのに、わたしを通すんだよね。それだけ仲良……ノルくん寝てる?」
念のために呼びかけてみるが、返事はない。右手を少し浮かせて、ノルの目を覗き見るが瞼は閉じられている。
胸元は静かに上下していて、それをじっと眺めているとぬい自身も眠気に誘われてしまう。数度頭をぐらつかせ、すぐ我に返る。
ノルの指を図らなければと、握られた左手を動かそうとするが、あまりにも強く包まれていて、動かすことができない。
「う、だめだ……」
首を横に振って目を覚まそうとするが、これ以上逆らうことはできない。
なによりいつもの場所で、大切な人の傍に居るという事実が、より心を穏やかにさせる。次でいいと、ぬいは先送りにすることにした。
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