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本編
97:男子会①
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「さ、座って座って。向こうは女子会やってるだろうから、こっちは男子会だね」
嬉しそうに椅子を指さす。机の上には既に用意されている食事が置かれていた。前と違って、常識的な量である。ぬいと同じく暴食はしなくなったのだろう。
「ハッ、意味が分からない」
ノルは嘲笑する。
「言葉と髪の色だけはどうにもならなかったんだな……まあいいや、ゆっくりしてってよ」
トゥーは髪の毛をいじりながら言った。
「出させないの間違いだろう」
手を伸ばすが、今回は周囲に壁は張られていないようだ。だが、扉をくぐることはできないだろう。
「そりゃあ、野放しにしたら、すぐぬいさんの所に行こうとするだろうからね」
「当たり前だ」
一晩だけはそっとしておこうと、帰った直後はなにも言わなかった。だが、それは大きな間違いであった。常にいた彼女の存在がいなくなり、就寝時はもちろん通常もどこか物足りなく感じる。執務にも集中できず、早々に迎えに行ったところトゥーに捕まったのだ。
「断られたわけではないよね。うん、指輪ついてたし。ちゃんと俺のアドバイス通りに言った?」
「……言った」
あの忠告がなければ、勢いのままぬいのことを娶ろうとしただろう。悔しいことに、トゥーの忠告は的確であった。
「そのまま距離を縮めていけばいいだけなのに。なんで早まるかなあ」
呆れたようにトゥーは言う。この時ばかりは彼がきちんと年上に見えた。
「無理だ……抑えきれない」
ぬいのことを思い出すと、顔のしまりがなくなるのを感じる。それを抑えようと、眉間にしわを寄せた。
「男前な表情作ってるけど、それ絶対誤魔化してるやつだよね?」
案の定トゥーに指摘された。同意などするはずもなく、舌打ちする。彼のせいで、瞬時に顔の緩みがなくなった。
「はあ、なんか腹が立ってきた」
そう言うと、トゥーは戸棚から瓶を取り出し、ノルの前へ叩きつけるように置いた。
「勝負だ。通常なら御業では俺が、素の力ではノルが勝つだろうし。あとはこれくらいしかない」
目の前に置かれたのは、度数の強い蒸留酒であった。
「本気か?」
問いかけながら、ノルは口元が弧を描くのを感じた。今はさぞ悪人面になっているだろう。
「それはこっちのセリフだね」
トゥーも珍しく悪そうに笑った。
「多分今なら毒も酒も効くだろうし……っと、俺さ、入院する前は誰にも負けたことがなかったんだ」
「言うな、後で後悔することになってもいいのか?」
机の上にあるグラスを引き寄せると、トゥーに問いかける。
「もちろん。せっかくだから、賭けをしよう。僕が勝ったら……そうだね。ぬいさんに一か月間会わないでもらおうかな」
「は、ふざけるな!」
到底許容できないことを言われる。ノルは激怒から机に手を叩きつけて立ち上がった。一晩でも辛かったのだ、それが三十倍などもつはずがない。
「へー、逃げるんだ」
ここまであくどい顔をするのは滅多にない。それを見せる程心を許しているのだろうが、苛立たしいだけである。
「その手の安い挑発には乗らない」
「ノルベルトが勝ったら、俺は綠さんとぬいさんを完全に諦める。これならどう?」
「っち、やはりそうだったか!」
ノルはトゥーの胸倉をつかみ上げた。同じ立場であるから、想像がついていた。この男はそう簡単に想いを断ち切れていないのだと。
「向こうは綠とぬいという存在を別に考えてるみたいだけど、俺はそうもいかなくてね。どうあっても、鍋島敦とトゥーは同じなんだよ」
「人間の屑だな」
吐き捨てるように言うと、トゥーは目をそらした。襟元を締め上げようが、びくともしない。その無反応さは、痛みに慣れ切った者の証だろう。
「痛苦の時と、最後の記憶が日がたつごとに曖昧になってきて。ただ綠さんの想いだけは残っているんだ」
トゥーという存在を生かすため。神が施した処置が、こんなところで悪さをしているらしい。
「この上ないくらい、幸せだって。そう見えたら、渡そうと思ってた。けど、隙が見えるなら、ね」
「皇女はどうするんだ?ちゃんと気持ちを考えたことはあるのか?」
仮にも一時的に協力関係にあった間柄だ。お互いの想う気持ちは理解している。
「ミレナのことは好きだよ。でもまだ十代の子供で、皇女だ。そう簡単に手を出していい相手じゃない」
年齢と身分の話題を出され、ノルは頭に血が上るとトゥーを地面に投げ捨てた。自分とぬいのことを重ね、頭に血が上ったからである。
「既に継承権は放棄し、もう成人した大人だ。勝手に自分で決めつけるんじゃない!」
トゥーはその言葉に衝撃を受けたのか、しばらく放心していた。やがてゆっくり起き上がると、ふら付きながら席に腰を下ろす。
「ミレナは容姿からで好意が愛へ。綠さんは中身からで愛が好意へ。俺はそう思ってたけど、思い込んでいただけなのかな」
「知るか。自分のことを本当に理解できるのは、自分だけだ。僕に聞くんじゃない」
ノルはグラスに蒸留酒を注ぐと、トゥーの前へ突き出した。
「飲め、勝負を受けよう。白黒つければ、区切りはつくだろう?」
「あー……本当に中身では勝てないな」
受け取ったのを確認すると、ノルは自分のものを注いだ。
嬉しそうに椅子を指さす。机の上には既に用意されている食事が置かれていた。前と違って、常識的な量である。ぬいと同じく暴食はしなくなったのだろう。
「ハッ、意味が分からない」
ノルは嘲笑する。
「言葉と髪の色だけはどうにもならなかったんだな……まあいいや、ゆっくりしてってよ」
トゥーは髪の毛をいじりながら言った。
「出させないの間違いだろう」
手を伸ばすが、今回は周囲に壁は張られていないようだ。だが、扉をくぐることはできないだろう。
「そりゃあ、野放しにしたら、すぐぬいさんの所に行こうとするだろうからね」
「当たり前だ」
一晩だけはそっとしておこうと、帰った直後はなにも言わなかった。だが、それは大きな間違いであった。常にいた彼女の存在がいなくなり、就寝時はもちろん通常もどこか物足りなく感じる。執務にも集中できず、早々に迎えに行ったところトゥーに捕まったのだ。
「断られたわけではないよね。うん、指輪ついてたし。ちゃんと俺のアドバイス通りに言った?」
「……言った」
あの忠告がなければ、勢いのままぬいのことを娶ろうとしただろう。悔しいことに、トゥーの忠告は的確であった。
「そのまま距離を縮めていけばいいだけなのに。なんで早まるかなあ」
呆れたようにトゥーは言う。この時ばかりは彼がきちんと年上に見えた。
「無理だ……抑えきれない」
ぬいのことを思い出すと、顔のしまりがなくなるのを感じる。それを抑えようと、眉間にしわを寄せた。
「男前な表情作ってるけど、それ絶対誤魔化してるやつだよね?」
案の定トゥーに指摘された。同意などするはずもなく、舌打ちする。彼のせいで、瞬時に顔の緩みがなくなった。
「はあ、なんか腹が立ってきた」
そう言うと、トゥーは戸棚から瓶を取り出し、ノルの前へ叩きつけるように置いた。
「勝負だ。通常なら御業では俺が、素の力ではノルが勝つだろうし。あとはこれくらいしかない」
目の前に置かれたのは、度数の強い蒸留酒であった。
「本気か?」
問いかけながら、ノルは口元が弧を描くのを感じた。今はさぞ悪人面になっているだろう。
「それはこっちのセリフだね」
トゥーも珍しく悪そうに笑った。
「多分今なら毒も酒も効くだろうし……っと、俺さ、入院する前は誰にも負けたことがなかったんだ」
「言うな、後で後悔することになってもいいのか?」
机の上にあるグラスを引き寄せると、トゥーに問いかける。
「もちろん。せっかくだから、賭けをしよう。僕が勝ったら……そうだね。ぬいさんに一か月間会わないでもらおうかな」
「は、ふざけるな!」
到底許容できないことを言われる。ノルは激怒から机に手を叩きつけて立ち上がった。一晩でも辛かったのだ、それが三十倍などもつはずがない。
「へー、逃げるんだ」
ここまであくどい顔をするのは滅多にない。それを見せる程心を許しているのだろうが、苛立たしいだけである。
「その手の安い挑発には乗らない」
「ノルベルトが勝ったら、俺は綠さんとぬいさんを完全に諦める。これならどう?」
「っち、やはりそうだったか!」
ノルはトゥーの胸倉をつかみ上げた。同じ立場であるから、想像がついていた。この男はそう簡単に想いを断ち切れていないのだと。
「向こうは綠とぬいという存在を別に考えてるみたいだけど、俺はそうもいかなくてね。どうあっても、鍋島敦とトゥーは同じなんだよ」
「人間の屑だな」
吐き捨てるように言うと、トゥーは目をそらした。襟元を締め上げようが、びくともしない。その無反応さは、痛みに慣れ切った者の証だろう。
「痛苦の時と、最後の記憶が日がたつごとに曖昧になってきて。ただ綠さんの想いだけは残っているんだ」
トゥーという存在を生かすため。神が施した処置が、こんなところで悪さをしているらしい。
「この上ないくらい、幸せだって。そう見えたら、渡そうと思ってた。けど、隙が見えるなら、ね」
「皇女はどうするんだ?ちゃんと気持ちを考えたことはあるのか?」
仮にも一時的に協力関係にあった間柄だ。お互いの想う気持ちは理解している。
「ミレナのことは好きだよ。でもまだ十代の子供で、皇女だ。そう簡単に手を出していい相手じゃない」
年齢と身分の話題を出され、ノルは頭に血が上るとトゥーを地面に投げ捨てた。自分とぬいのことを重ね、頭に血が上ったからである。
「既に継承権は放棄し、もう成人した大人だ。勝手に自分で決めつけるんじゃない!」
トゥーはその言葉に衝撃を受けたのか、しばらく放心していた。やがてゆっくり起き上がると、ふら付きながら席に腰を下ろす。
「ミレナは容姿からで好意が愛へ。綠さんは中身からで愛が好意へ。俺はそう思ってたけど、思い込んでいただけなのかな」
「知るか。自分のことを本当に理解できるのは、自分だけだ。僕に聞くんじゃない」
ノルはグラスに蒸留酒を注ぐと、トゥーの前へ突き出した。
「飲め、勝負を受けよう。白黒つければ、区切りはつくだろう?」
「あー……本当に中身では勝てないな」
受け取ったのを確認すると、ノルは自分のものを注いだ。
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