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本編
95:気が早い②
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どこか食事をしに行こうと、ミレナと話しながら外へ出た瞬間。なにか言い争う声が聞こえてきた。街の中心部ならともかく、ここは仮にも教皇という存在が鎮座する場所である。やたらめったら騒ぐ人などそうそういない。
「だーかーらー、俺はノルベルトに用があるって、言ってるんだけど」
「僕は君に用などない。むしろここ周辺に姿を現さないで欲しい」
面を着けていないトゥーとノルが何やら言い争っていた。そのことを認識すると、気配を察知したのかノルがこちらを振り向く。
目にいれた瞬間、険しかった表情は崩れ溶けていく。そのまま駆け寄ると、力いっぱいぬいのことを抱きしめた。
「いたっ、ちょっと、ノルくん!いたいんだけど」
今までいかに加減されていたか、ぬいは理解した。トゥーと言う、感情を刺激される存在から、なりふり構わない行動に出てしまったのだろう。
その嫉妬心を嬉しく思う余裕すらなく、ぬいの体は軋む音をあげる。体格と力の差を感じ、もっと体を鍛えようと決意した。非難するように体を動かそうとするが、びくともしない。だが、ぬいの嫌がる様子には気づいたらしく、ようやくノルは体を離した。
「すまない、ヌイ」
心配そうに様子を伺ってくる。そんな表情にはほだされないと、ぬいは頬を膨らませた。
「節度!」
体がきしむほど絞められた後、大声を出したせいで少し息が乱れる。何度か呼吸すると、ぬいはノルのことを見上げた。
「ここがどこだか、敬虔な信者であるノルくんならわかってるよね?」
ぬい自身ヴァーツラフのことを教皇と、崇める気はない。本人があまりそれを望んでいないからである。おそらくトゥーも同じ気持ちから、名で呼んでいるのだろう。
だが、この国の人たちにとってはそうではない。長い時を生き、守ってくれた大きな存在だ。その想いをないがしろにすることも違うと、ぬいは考えている。
「教皇さまが御座す、神殿のすぐ外だ」
「そんなところで、落ち着きをなくすことを望んでいないでしょ?もう少し冷静になって」
諭すように言うと、ノルは歯を食いしばりながら悔しそうに頷いた。その目は物足りないと訴えているが、ぬいは気づかないふりをした。
「よろしい!おはよう、ノルくん」
「おはよう、ヌイ。会いたかった」
さわやかに言い放つぬいに対し、ノルは早々に甘ったるい。ただの挨拶だというのに、態度がにじみ出ている。いたたまれない気持ちになり、視線を逸らすとすぐ後ろにいるトゥーと目が合った。
「なんか、ぬいさん印象が全然違うね」
今までの行動を全て見ていたゆえの発言である。
「えっ、ノルくんの方じゃないの?」
「元々ノルベルトはこんなんだろ?特にぬいさんに関しては……」
「ええ……」
トゥーとノルの付き合いはそれなりに長い。見ていないところでなにかあったのだろうと、ぬいは納得した。
「なんというか、俺の知ってた……綠さんは。もっと物静かで、落ち着いていて、その……」
どこか言い辛そうに言う。ミレナとノルの前で、以前の名を出したからだろう。
「暗いって言いたいんでしょ?実際そうだったんだから、はっきり言っていいよ」
過去の境遇もあるが、あの病室で明るくなれるはずがない。
明るかった彼でさえ、仄暗いなにかを感じさせるよう、変化してしまったのだ。
「俺たちって、表面と本質が逆だったんだろうね。なるほど……」
納得したのか、小さくつぶやいた。確かにトゥーから見たぬいというのは、あまり明るくはなかった。苦手意識からくるものであり、余計にそういった印象を与えてしまったのだろう。
「は?ヌイのどこが暗い?これ以上侮辱したら、殺す」
物騒なことを言い放つと、ノルはぬいの肩を抱き寄せた。
「だから、節度って。痛いから」
文句を言うとしぶしぶ体を離し、代わりのように手を握られる。
「わたくしもそう思います。ヌイさまはとても明るく、陽だまりのような方です。トゥーさまは、いったいなにを見ているのでしょうか」
「なんで、ミレナも?ノルベルトの方じゃなくて?俺そんなにまずいこと言った?」
珍しく慌てる様子のトゥーを見て、ぬいは笑みをこぼす。ミレナも同じ反応をしたらしく、互いに顔を見合わせた。
「さて、ノルベルトさま。そろそろお離しください。今日はわたくしが先約ですから」
ノルは嫌そうに顔をしかめた。だが、トゥーの時と違って行動にうつすことはしない。
「ごめん、わたしの方が誘ったんだ。ノルくんはまた今度ね」
「安心してください。一日中連れまわしたりしませんので」
そう言うと、ゆっくりノルは手を離した。
「夜になったら宿舎まで迎えに行く。そうしたら、一緒に帰ろう」
あまりに自然に言われたため、ぬいは反射で頷きそうになった。
「ん?わたしの家はここだよ」
「なにを言っている。ヌイの家は僕の家だろう」
なぜか急に同棲することになっているらしい。もちろんそんな約束はしていない。
「ノルベルト。いくらなんでも、焦りすぎだって。ちょっと俺と話そうか」
トゥーが引き気味になりながら、ノルの肩を掴む。
「気安く触るな!そうしていいのは、ヌイだけだ」
ノルが手を振り払うと、トゥーはすんでの所でかわした。ギリギリだったようで、顔が強張っている。
「うわっ、危ねっ……御業なしだったら、普通に負けるわ」
そう言うと、トゥーは聖句を唱える。おそらく身体強化の類だろう。
「そもそも体格からして違うし。いいな~俺ももう少し身長が欲しかったよ」
ミレナのことを一瞥する。彼女の身長が高いせいもあるが、二人の差はさほどない。
「バカにしているのか?」
ノルは皮肉と受け取ったらしい。その刺々しい態度は初期のころを彷彿とさせる。
「若いなとは思ってる」
「おい」
腹を立てたノルが一歩前に出るが、やすやすと取り押さえられた。
「これ以上女の子たちの邪魔するのはよくないって」
他に御業を行使されているのか、ノルは一歩も動いていない。
「じゃあね、ミレナとぬいさん。転移!」
ひらひらと軽く手を振ると、二人の姿は掻き消えた。
「だーかーらー、俺はノルベルトに用があるって、言ってるんだけど」
「僕は君に用などない。むしろここ周辺に姿を現さないで欲しい」
面を着けていないトゥーとノルが何やら言い争っていた。そのことを認識すると、気配を察知したのかノルがこちらを振り向く。
目にいれた瞬間、険しかった表情は崩れ溶けていく。そのまま駆け寄ると、力いっぱいぬいのことを抱きしめた。
「いたっ、ちょっと、ノルくん!いたいんだけど」
今までいかに加減されていたか、ぬいは理解した。トゥーと言う、感情を刺激される存在から、なりふり構わない行動に出てしまったのだろう。
その嫉妬心を嬉しく思う余裕すらなく、ぬいの体は軋む音をあげる。体格と力の差を感じ、もっと体を鍛えようと決意した。非難するように体を動かそうとするが、びくともしない。だが、ぬいの嫌がる様子には気づいたらしく、ようやくノルは体を離した。
「すまない、ヌイ」
心配そうに様子を伺ってくる。そんな表情にはほだされないと、ぬいは頬を膨らませた。
「節度!」
体がきしむほど絞められた後、大声を出したせいで少し息が乱れる。何度か呼吸すると、ぬいはノルのことを見上げた。
「ここがどこだか、敬虔な信者であるノルくんならわかってるよね?」
ぬい自身ヴァーツラフのことを教皇と、崇める気はない。本人があまりそれを望んでいないからである。おそらくトゥーも同じ気持ちから、名で呼んでいるのだろう。
だが、この国の人たちにとってはそうではない。長い時を生き、守ってくれた大きな存在だ。その想いをないがしろにすることも違うと、ぬいは考えている。
「教皇さまが御座す、神殿のすぐ外だ」
「そんなところで、落ち着きをなくすことを望んでいないでしょ?もう少し冷静になって」
諭すように言うと、ノルは歯を食いしばりながら悔しそうに頷いた。その目は物足りないと訴えているが、ぬいは気づかないふりをした。
「よろしい!おはよう、ノルくん」
「おはよう、ヌイ。会いたかった」
さわやかに言い放つぬいに対し、ノルは早々に甘ったるい。ただの挨拶だというのに、態度がにじみ出ている。いたたまれない気持ちになり、視線を逸らすとすぐ後ろにいるトゥーと目が合った。
「なんか、ぬいさん印象が全然違うね」
今までの行動を全て見ていたゆえの発言である。
「えっ、ノルくんの方じゃないの?」
「元々ノルベルトはこんなんだろ?特にぬいさんに関しては……」
「ええ……」
トゥーとノルの付き合いはそれなりに長い。見ていないところでなにかあったのだろうと、ぬいは納得した。
「なんというか、俺の知ってた……綠さんは。もっと物静かで、落ち着いていて、その……」
どこか言い辛そうに言う。ミレナとノルの前で、以前の名を出したからだろう。
「暗いって言いたいんでしょ?実際そうだったんだから、はっきり言っていいよ」
過去の境遇もあるが、あの病室で明るくなれるはずがない。
明るかった彼でさえ、仄暗いなにかを感じさせるよう、変化してしまったのだ。
「俺たちって、表面と本質が逆だったんだろうね。なるほど……」
納得したのか、小さくつぶやいた。確かにトゥーから見たぬいというのは、あまり明るくはなかった。苦手意識からくるものであり、余計にそういった印象を与えてしまったのだろう。
「は?ヌイのどこが暗い?これ以上侮辱したら、殺す」
物騒なことを言い放つと、ノルはぬいの肩を抱き寄せた。
「だから、節度って。痛いから」
文句を言うとしぶしぶ体を離し、代わりのように手を握られる。
「わたくしもそう思います。ヌイさまはとても明るく、陽だまりのような方です。トゥーさまは、いったいなにを見ているのでしょうか」
「なんで、ミレナも?ノルベルトの方じゃなくて?俺そんなにまずいこと言った?」
珍しく慌てる様子のトゥーを見て、ぬいは笑みをこぼす。ミレナも同じ反応をしたらしく、互いに顔を見合わせた。
「さて、ノルベルトさま。そろそろお離しください。今日はわたくしが先約ですから」
ノルは嫌そうに顔をしかめた。だが、トゥーの時と違って行動にうつすことはしない。
「ごめん、わたしの方が誘ったんだ。ノルくんはまた今度ね」
「安心してください。一日中連れまわしたりしませんので」
そう言うと、ゆっくりノルは手を離した。
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あまりに自然に言われたため、ぬいは反射で頷きそうになった。
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「ノルベルト。いくらなんでも、焦りすぎだって。ちょっと俺と話そうか」
トゥーが引き気味になりながら、ノルの肩を掴む。
「気安く触るな!そうしていいのは、ヌイだけだ」
ノルが手を振り払うと、トゥーはすんでの所でかわした。ギリギリだったようで、顔が強張っている。
「うわっ、危ねっ……御業なしだったら、普通に負けるわ」
そう言うと、トゥーは聖句を唱える。おそらく身体強化の類だろう。
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「バカにしているのか?」
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「若いなとは思ってる」
「おい」
腹を立てたノルが一歩前に出るが、やすやすと取り押さえられた。
「これ以上女の子たちの邪魔するのはよくないって」
他に御業を行使されているのか、ノルは一歩も動いていない。
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