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本編
94:気が早い①
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その後、水晶車内でのノルはとても大人しかった。身を寄せることはあっても、やたらめったら触ることはしない。
お互いの気持ちを確認し、理解しあったからかとても落ち着いていた。他愛のない話をしていると、あっという間に着いてしまった。
水晶車を戻したり、不在時にあったことなど。ノルには色々すべきことがあるだろうと思い、ぬいは挨拶をして宿舎に帰ることにした。
意外なことに、ノルは引き留めなかった。それを少しだけ寂しく思いながら、自室へと戻る。不在時の間積もったほこりを払い、軽く掃除し終わるとぬいはベッドにもぐりこむ。
久しぶりに戻ってきたことに安堵し、そのまま眠ろうと目を閉じる。ぬいの寝つきはいい方であり、普通ならすぐに眠ってしまう。だが、今日はそうはいかなかった。力がまだ余っているのだろうと思い、その場で筋トレをはじめる。普段であれば絶対にそんなことはしない。
理由は先日体力不足を実感したからだ。それだけでなく、もしノルが倒れた時に運べるくらいの力は得ておきたい。何度か反復運動をすると、すぐに疲れまたベッドに入る。
だが、これだけ動いても眠れなかった。無意味に寝返りを打ちながら、ふと横に空虚感を覚える。自分だけの空間を寂しいと自覚した瞬間、ぬいは顔が赤くなった。あれだけ一緒に過ごし、いなくなったのだ。
これは一時的なものであると思い込み、頭を振る。そんなことを繰り返し考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
「あら、ヌイさまお久しぶりです」
廊下を出ると、いつも通り神官服を着たミレナと鉢合わせた。
「あ、ミレナちゃん。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで。ヌイさまの方こそ……なんだか雰囲気が変わりましたか?」
ミレナはどこか不思議そうに見つめてくる。
「えっ、いや、何ともないと思うけど」
心当たりは山ほどある。だが、そのことを包み隠さず言えるわけがない。気まずさからぬいは目をそらした。
「いいえ、わたくしの目はごまかせません」
遠慮ない視線を向けられ、ぬいは左手を掴まれた。
「この水晶装具。ヌイさま、ついにご成婚されるんですね!」
ミレナはきらきらと輝いた目を向けてきた。
「しないよ!なんでみんな、こう……気が早いのかな」
これが文化の差異からくるものだろうかと考える。しかし、結婚発言をしてきた人たちは全員特権階級の人たちである。同じ存在であるトゥーはもちろん、一般市民であるアンナやシモンから聞いた覚えはない。
「なぜ先延ばしにするのでしょうか?」
不思議そうにミレナは問いかけてくる。何の含みもない純粋な疑問に、ぬいは言葉を詰まらせる。
お互いの気持ちを伝え合い、ようやく理解できてからまだ僅かな時間しか経っていない。そんな状態で常に一緒になどとなれば、ぬいの心臓は破裂してしまうだろう。
帰路についた時も、触れ合うのはもちろん、ただ目が合っただけでそうなってしまうのだ。
宿での一件は、あくまで旅先での高揚となにかを返したいという気持ちから、流れを止めることをしなかっただけである。ぬいは未だにノルから与えられる愛情に、慣れることができないでいた。
「うっ……その、今はまだ」
恥ずかしさに加えもう一つ理由があった。ミレナに指摘された水晶装具のことである。
「えっと、ミレナちゃんに聞きたいことがあるんだけど。時間あるかな?」
「もちろんです!ちょうどひと段落ついたところですので、出かけましょうか」
手を合わせて、嬉しそうにミレナは喜んだ。
お互いの気持ちを確認し、理解しあったからかとても落ち着いていた。他愛のない話をしていると、あっという間に着いてしまった。
水晶車を戻したり、不在時にあったことなど。ノルには色々すべきことがあるだろうと思い、ぬいは挨拶をして宿舎に帰ることにした。
意外なことに、ノルは引き留めなかった。それを少しだけ寂しく思いながら、自室へと戻る。不在時の間積もったほこりを払い、軽く掃除し終わるとぬいはベッドにもぐりこむ。
久しぶりに戻ってきたことに安堵し、そのまま眠ろうと目を閉じる。ぬいの寝つきはいい方であり、普通ならすぐに眠ってしまう。だが、今日はそうはいかなかった。力がまだ余っているのだろうと思い、その場で筋トレをはじめる。普段であれば絶対にそんなことはしない。
理由は先日体力不足を実感したからだ。それだけでなく、もしノルが倒れた時に運べるくらいの力は得ておきたい。何度か反復運動をすると、すぐに疲れまたベッドに入る。
だが、これだけ動いても眠れなかった。無意味に寝返りを打ちながら、ふと横に空虚感を覚える。自分だけの空間を寂しいと自覚した瞬間、ぬいは顔が赤くなった。あれだけ一緒に過ごし、いなくなったのだ。
これは一時的なものであると思い込み、頭を振る。そんなことを繰り返し考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
「あら、ヌイさまお久しぶりです」
廊下を出ると、いつも通り神官服を着たミレナと鉢合わせた。
「あ、ミレナちゃん。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで。ヌイさまの方こそ……なんだか雰囲気が変わりましたか?」
ミレナはどこか不思議そうに見つめてくる。
「えっ、いや、何ともないと思うけど」
心当たりは山ほどある。だが、そのことを包み隠さず言えるわけがない。気まずさからぬいは目をそらした。
「いいえ、わたくしの目はごまかせません」
遠慮ない視線を向けられ、ぬいは左手を掴まれた。
「この水晶装具。ヌイさま、ついにご成婚されるんですね!」
ミレナはきらきらと輝いた目を向けてきた。
「しないよ!なんでみんな、こう……気が早いのかな」
これが文化の差異からくるものだろうかと考える。しかし、結婚発言をしてきた人たちは全員特権階級の人たちである。同じ存在であるトゥーはもちろん、一般市民であるアンナやシモンから聞いた覚えはない。
「なぜ先延ばしにするのでしょうか?」
不思議そうにミレナは問いかけてくる。何の含みもない純粋な疑問に、ぬいは言葉を詰まらせる。
お互いの気持ちを伝え合い、ようやく理解できてからまだ僅かな時間しか経っていない。そんな状態で常に一緒になどとなれば、ぬいの心臓は破裂してしまうだろう。
帰路についた時も、触れ合うのはもちろん、ただ目が合っただけでそうなってしまうのだ。
宿での一件は、あくまで旅先での高揚となにかを返したいという気持ちから、流れを止めることをしなかっただけである。ぬいは未だにノルから与えられる愛情に、慣れることができないでいた。
「うっ……その、今はまだ」
恥ずかしさに加えもう一つ理由があった。ミレナに指摘された水晶装具のことである。
「えっと、ミレナちゃんに聞きたいことがあるんだけど。時間あるかな?」
「もちろんです!ちょうどひと段落ついたところですので、出かけましょうか」
手を合わせて、嬉しそうにミレナは喜んだ。
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