まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
88 / 139
本編

87:打ち明ける胸の内②

しおりを挟む
「ただお互いの好意を確認するだけでは終わらせない。ヌイはまだちゃんと、僕の気持ちが分かっていないはずだ」

「さ、さっきの言葉で、充分理解したよ」

熱くなる頬を押さえると、その上から手を重ねられた。そのまま無言で視線を交わし、ノルの顔が近づいてくる。

「……だ、だめだ。まだ手を出すのは早い。話が終わってからだ」

ノルは手を離す。耐えるように顔をしかめると、横に振った。つまり、終わった後はどうなるのかと。そんなことを聞けるはずもなかった。

「出会った時から気になっていたと思う。けど、余計な意地から、あんな態度を取ってしまった。それさえなければ、すぐに求愛していたはずだ」

「さすがにそれはないでしょ。わたしミレナちゃんみたいに容姿端麗とかじゃないんだし」

身近な美女を具体例に挙げてみるが、すぐに後悔した。同意されても、むなしくなるだけだからである。

「ヌイはきれいだろう?なにを言っている?ほかの誰だって、君には及ばない。この華奢な体、好奇心に満ちた目に小さな口。全てが僕の好みだ」

強烈な口説き文句で返される。ぬいは空いた口がふさがらなかった。

「自覚をしたのは毒をあおった時だが、今考えれば過去映しのあとから、好意を持っていたと思う」

ぬいは過去の記憶を呼び起こす。ようやくノルのことを名前で呼びはじめたころだ。さすがに自分もと同意はできない。

「あの頃のノルくん、まだ結構ツンツンしてたよね?」
「確かに全く素直ではなかったな。思い出すと、自分を殴ってやりたくなる」

「そんなことさせないよ!わたしはそのあとノルくんのこと撫でてあげる。根は変わってないし、なんだか若々しくてかわいかったからね」
するとノルは以前の再現かのように、ムスッとした顔をする。

「そうやって、君はいつも僕のことを子供扱いする。それがずっと気に入らなくて、より良くない態度を取っていたんだ。もっと、異性として意識して欲しかった」

不機嫌になる彼をなだめようと、ぬいは片手をあげる。だが、頭を撫でても逆効果だろう。行き場をなくし、少しさまよわせると、ノルの頬に手を当てた。

「今はちゃんと……その、してるし。うん」
彼のようにすらすらと好意を伝える言葉が出てこなかった。そのしどろもどろになる様子を見て、ノルは笑った。

「あー……本当にかわいいな」

頬に当てた手を包み込むように重ねてくる。感情をかみしめるようにしたあと、ノルはぬいの手を離した。

「僕は君がなんだろうと、存在そのものが好きだ。人間でなくなっても、愛せると確信している。だから年や身分など気にしないでほしい。言うのは簡単だろうが、ヌイのためなら称号や身分、家も捨てられる。君さえ最後に居てくれれば、それだけでいい」

「それはだめだよ!ノルくんは家族が大好きで、お家を大事にしているんだから」

亡くなってしまった両親だけではない。スヴァトプルク家に居るすべての人たちが、ノルのことを大事に思っていた。

それはノルが、そう思われるような対応を積み重ねた結果だろう。外見の第一印象で判断せず、中身を見てくれる人たちをないがしろになどできない。

「そう言ってくれると思っていた。なら、求めてもいいか?結婚を前提として、恋人になってほしい」
ノルはほほ笑んだ。そう返すことを予想し、ぬいのことを信じ切ったからこその発言だったのだろう。

「君をこの地に留まらせる理由を作りたい。どうか僕と家族に……って、だめだ。焦りすぎだ。まだそれは早い……すまない、聞かなかったことにしてくれ。前者に関しての返事だけでいい」

だが、すぐに答えを出すことができなかった。自分から想いをこぼしたときは、その先のことまで考えていなかったからだ。そのためらいを見て、ノルは何かを察したようだ。

「もしすべてが重荷に感じた時は、先ほどの言葉を思い出して欲しい。僕にとっての一番はヌイだ。他の何にも代えられない」

「……あのね、ノルくん」
呼びかけにノルは頷いた。言葉をせかすこともせず、ただぬいのことを待っている。その優しさに胸が締め付けられた。

「少し前までは愛人になって、遠くから見ているくらいなら水晶国を出て行ってやる!とか思ってたんだ」

「待て、色々と飛躍していないか。どこからそんな話がでてきた」
呆れた表情でノルは言う。強烈な好意と愛の言葉に当てられ、うまく話がまとまらない。

「ここに来る話をしたとき、見合い話がーって言ってたよね。今思い出せば、あれが最初の嫉妬だったと思う。身分があると気持ちはどうあれ、正妻は同格の人をとか、あるでしょ?」

言葉のつなぎがグダグダになっていく。それでもただ素直な気持ちをと、ぬいは言葉を連ねていく。

「ヌイ!」
なにが伝わったのか、ノルは嬉しそうにぬいの体を胸元に引き寄せる。

「嫉妬と言ったな?本当か?」
「う、うん。あとね、宿の食事処で女の人と楽しそうに話すのを見たときもだね」
「あれはヌイのことを待っていると、言っただけだ」
「えっ、わたしのこと?」

「聞くまでもない。当然のことだろう……ああ、嬉しいな」

絞り出すような声から感情が伝わってくる。感極まったのか、しばらくそのままの状態だった。


「話が逸れた。正妻などと、よくわからないことを言っていたが、魔法国でもあるまいし、どこのことを言っている?はっ、もしかしてヌイの国では……だからあいつも」

その言い方からして、水晶国には存在しないのだろう。確かに教義には多情を推奨する項目はなかった。

「ないよ……って、昔はあったけど。かなり古い話だよ。あと、あいつってトゥーくんのことだよね?どういうこと?」

ぬいと同じ母国の人間と言えば一人しかいない。その名を出した途端、ノルは心底不快そうに顔を歪めた。

「まだあいつは未練を完全に断ち切れていない」
「でも、たぶんミレナちゃんと、いい感じになってるんだよね?」

ぬいはあれからトゥーに会っていない。聞いた話ではそう思っていた。

「未練を持ちながら、別の人にも好意を持っている。それだけのことだ。許されたならあいつは複数人はべらしていただろう」
ノルは吐き捨てるように言った。

「もうあいつの話はやめよう。嫉妬でまた頭がおかしくなりそうだ」

頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜている。珍しい行動である。その後乱れた髪をそっとなおすと、ノルは嬉しそうに顔を緩ませる。

「僕が生涯の伴侶としたいのは、ヌイ一人だけだ」

ノルは服の内側を探ると、指輪を取り出した。やはりそれは水晶でできている。その小さなサイズから、たった一人のために作られたものだと、すぐに理解できた。

「わたし、ノルくんが思っているよりずっと重いよ。もし先に死んだりしたら、迷わず自ら後を追う」

ぬいはずっと、寿命が引っ掛かっていた。だから感情が戻っても、押し込めていたものをすぐに取り出せなかったのだろう。

「どちらが先なんてわからない。でも、最後のことを気にして迷うのはやめる。わたしはノルくんと一緒に生きたい」

そう言うと、彼に手を差し出した。はめられた指輪は案の定ぴったりで、ぬいはそれを透かすように眺める。

「これ、ノルくんの目の色だね」
「当たり前だ。自分を連想させるものを渡さなくてどうする。ヌイには常に僕のことを考えてもらいたい」

「もうずっと、考えてるよ」
ノルのことを見て笑うと、ぬいは抱きしめられる。耳元で好意と愛を囁かれ、照れながらも同じ言葉を返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛しくない、あなた

野村にれ
恋愛
結婚式を八日後に控えたアイルーンは、婚約者に番が見付かり、 結婚式はおろか、婚約も白紙になった。 行き場のなくした思いを抱えたまま、 今度はアイルーンが竜帝国のディオエル皇帝の番だと言われ、 妃になって欲しいと願われることに。 周りは落ち込むアイルーンを愛してくれる人が見付かった、 これが運命だったのだと喜んでいたが、 竜帝国にアイルーンの居場所などなかった。

後悔はなんだった?

木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。 「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」 怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。 何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。 お嬢様? 私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。 結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。 私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。 その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの? 疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。 主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

この傷を見せないで

豆狸
恋愛
令嬢は冤罪で処刑され過去へ死に戻った。 なろう様でも公開中です。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...