まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

83:積もる話②

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「ノルってさ、本当にかっこいいよね。俺もそんな風になれたらよかったんだけど」
どこか自嘲するように言う。

「君は君だ。それ以外の何者でもないし、その発言は正直気持ち悪い」
遠慮ない物言いをすると、かばう様にミレナが前に出る。

「その通りです。勇者さまは前を向こうとしています。ノルベルトさまのようになるのは、ちょっと……わたくしも嫌です」

お互いの気持ちはわかってもやはり、根本的にミレナとノルの気は合わないらしい。

「……そのさ、前から思ってたけど勇者って呼び方やめない?運と力がたまたま降ってきただけで、俺そんな人間じゃないし。あまりその呼び方好きじゃないんだ」

無意識だろうか、トゥーがミレナの服を掴んでいるのが見えた。

「そっ、そうおっしゃるのでしたら……トゥーさまとお呼びいたします」
「さまは付けなくてもいいんだけど、まあそのうちか」

小さくつぶやいているようだが、ノルにもよく聞こえている。何とも言えない空気になり、ノルは出て行こうかと思った。しかし、一つ言いたいことを思い出した。

「僕のことも、呼び方を変えてもらおうか」

ぬいのことを馴れ馴れしく呼ぶのを止めてくれたのは、一番の僥倖である。自分以外の男から呼び捨てされるなど、たまったのもではない。

「え、なんで?」
トゥーは不満そうにする。

「愛称で呼んでいいのは家族だけだ」
「つまり、ヌイさまだけってことですよね!」

ミレナが興奮気味に食いつく。頷くと、頬に手を当て黄色い声をあげる。あれから少し落ち着いたように見えたが、まだまだのようである。

「二人とも精神が強いよね。切り替えが早いっていうかさ。俺って本当にだめだな」

トゥーが暗い発言をする。らしくないようにも見えるが、彼の本質でもある。それを見せる程度に二人のことを信用しているのだろう。

「わたくしの前に居るのはトゥーさまです。鍋島さまは一年以上前の存在です。過去に何があっても、生きているのは今ですから」

「ミレナ……」

お互いに見つめ合う。ノルはまた微妙な空気になり、今度こそ出て行こうと立ち上がろうとする。鈍い音がして、頭に軽い痛みが走る。

「おい、また御業を行使したな」
ノルはトゥーをにらむ。

「だって、ノル……ベルトはすぐ帰ろうとするからさ」

笑いながら言う。手を動かすことはできるが、縦方向に動くことは難しい。しぶしぶノルは抵抗するのを止めた。

「まだ何の用がある?」
「そりゃあ、最初に言ったよね。国境を越えて、その後はどうするつもりなのかなって?」
「わたくしも気になります!」

トゥーはどこか含みのある笑顔で言う。かつて好意を持っていた存在の今後が、気になるのだろう。

「君になぜそれを話さなくてはならない?」

「前にも言ったよね。文化の違いは大きいからさ。多分そのうち告白するんだろうけど、一緒にプロポーズもしようとしてない?」
トゥーの突っ込みは的確であった。

「それの何がいけない」
「ん~言い方によっては、好意があっても断られると思うよ」

「なっ」

衝撃の事実にノルは腰を浮かせる。また頭をぶつけ、先ほどよりもすごい音がした。

「うわっ、痛そ。ごめん、かけるのは入り口だけにしておくよ」
そう言うと、トゥーは適当な聖句を口にする。あくまで逃がす気はないらしい。

「トゥーさま、わたくしもわかりません。なぜでしょうか?」

「一言でいえば重い、だ。基本的には家とか役割とか宗教とかそういうのと無縁で生きてるからね」

「よくそれで秩序が保たれて……いや、御業を行使できるのに、信じるものがないのはおかしくないか?」

ノルが矛盾を指摘し、ミレナも頷く。

「あ~言い方が悪かったね。そっちはあまりにも身近すぎて、そうそう祈らないって感じかな。ともかく、いきなり夫人になってくれはだめだ」

トゥーが強気に指を突きつける。

「だったらどうしろという」
果たして本当のことを言っているのだろうか。実はただ妨害しているのではないかと、疑心に思いながら言う。

「嘘じゃないから。この国の人間じゃなく、風習も礼儀もわからない異邦者に、いきなりはきついんだよ」

言われてノルはようやく納得した。ぬいとトゥーの動きは確かにどこのものでもない。知っているを前提に、貴族としての振る舞いを求められるのは酷だろう。

「つまり平民の考え方と一緒ということか」
「そう、それ。わかってくれて、よかった」

「だが、僕はもう周りにヌイのことを言ってしまった」

言わなくとも、既にいくつか噂はたてられている。お披露目の時の行動と、あちこち連れ添って出かけたのが原因だ。

「実は便利な言葉があってね」
ミレナの耳に入れたくないのか、トゥーはノルの傍によってその言葉を告げた。
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