まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
82 / 139
本編

81:身辺整理

しおりを挟む
ぬいと会えない日々は想像以上に辛いものであった。ノルは何度くじけそうになった。だが、これに耐えなければ神に認めてもらえない。元神である存在を手に入れるのは、そう簡単なものではないのである。

日にちが過ぎ、自分の存在を片隅に置かれてしまっては困ると、ノルはぬいの枕元に手紙を置いておいた。これで少しでも自分のことを考えてくれればと。

内容は直接的に想いを告げるものではない。それを言うのは直接、かつきちんとした場でなくてはならないからだ。ゆえに遠回しな表現をばかりを使い、ぬいが理解できていないことには気づいていない。

旅立ちの準備だけでもすべきことは多い。きちんとした門がある国境は複数ある。そのうちのどれを選ぶか。

できたら安全で景観の良いところが望ましい。ぬいは珍しい場所や景色が好きだ。連れて行けばきっと喜んでくれるだろう。そこで契約を解除すれば、晴れて自由の身である。

――最高の立地に状況。ノルはここでぬいに想いを告げようと決意した。

ひと気が無く、二人きり。次こそは誰にも邪魔はされまい。もし、肯定の言葉を言ってくれたら。

そのことを考えると、締りのない顔になっていく。集中力が途切れるのを感じ、ノルは聖句を唱え己を落ち着けた。

気持ちを切り替えるために、親族への手紙を書く。寿命のことと、見合い話の断りの返事である。

当主という厄介ごとから逃れた罪悪感からか、夜会と称し嫌がる令嬢と何度も引き合わされてきた。それを金輪際やめてもらうためである。

一度直接会って言う必要もあるだろう。ノルは提示された夜会の一つに出席すろと返事を書いた。

本当だったらここに彼女を連れていけたらと思う。ノルは以前のぬいの姿を思い出す。むき出しの肩に大きく空いた背中。

顔が熱くなるの感じ、手で覆った。今の自分であれば冷静でいられないだろう。そもそもそんな姿を他者に見せたくもない。

ノルはぬいの中身に惹かれていった自覚がある。だが、今となっては容姿もノルを引き付けてやまない。

あの華奢な肩やふわふわとした黒髪。どこか神秘的で、興味があるものに関しては輝く目。ただぬいのすべてが愛おしく感じる。ノルはまたもや気が散っているのを自覚し、再度聖句を唱える。

「……ふう」


家に関する細かいことは、すべて使用人や執事が請け負ってくれるだろう。だが、どうしても任せられないことはある。

次に浄化の代役である。これは頻繁にあることではないし、三家の誰かに任せればいい。ペトルであれば快諾してくれるだろう。からかわれることは間違いないが。





「やあ、ノルベルト。その様子だとすべて成功したようだね」
「ああ、無事に打ち勝つことができた」
ノルが嬉しそうに言うと、ペトルは自分のことのように喜んでくれる。

「あの勇者さまに勝てるなんて。相当頑張ったんだろうね本当に……よかったよ」
「すべてヌイのおかげだ」

彼女がいなければ、そもそも魔法という存在に注視しなかっただろう。それに短命をどうにかするという発想すら、出てこなかったはずだ。

ノルはぬいのことを想うと再び胸の内が温かくなるのを感じた。

「異邦者ヌイは無事に取り戻したようだけど。そろそろ水晶装具を用意しなくてもいいのかい?」

そう言うと、ペトルは懐から小さなナイフを取り出した。柄の部分には色とりどりの水晶が飾られている。

ノルはそれを見ると、自分の杖を握りなおした。これは父親から受け継いだものである、ペトルもそうだろう。

三家の当主は基本的に先代のものを受け継ぐ。本来であればノルは母から受け継ぐはずだが、あの指示棒は女性向けの装飾が施されている。

さすがにそれを持つのはためらわれ、父のものを持つことにしたのである。

伴侶となれば貴族平民関係なく、新たなものを渡すのが習わしだ。邪魔になりにくいという理由で、指輪が選ばれることが多いが、それ以外のものであることも多い。

「いや、まだだ」
「ノルベルトにしては行動が遅いね。もう婚約装飾具は渡していた気がするけど」

あの腕輪のことを指しているのだろう。

「……そもそもまだ何も言えていない」
「えっ……視野狭窄前はあんなに仲良さそうだったのに。いったい、どうしたっていうんだい」

ノルは契約の魔法のことについて話した。神からの命を受け、それまではなにも言ってはいけないことを。

「神々よ……」
ペトルは嘆くように言った。

「一週間後、僕はここを立つ。その間、浄化の役目を代わりに担って欲しい。今日はそれを言いに来た」

「なるほど、そういうことか。わかった、そのくらいなら引き受けるよ。堕神の降臨は当分ないしね」
胸を叩いて、ペトルは承諾した。

「水晶装具もどんな形状のものにするか決めてくれれば、手配しておくよ。腕のいい職人を知っているからさ。サイズももちろん知っているよね?」

ペトルにはぬいの手を掴んでいる所を見られている。

「もちろんだ」
ぬいとの距離を縮めるための行動であったが、その意図もあった。無論彼女は気づいていないだろう。

「本当によかったよ。今度は正式な夫人として、再び二人に会えることを楽しみにしているよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵令嬢。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

【完結】「離婚して欲しい」と言われましたので!

つくも茄子
恋愛
伊集院桃子は、短大を卒業後、二年の花嫁修業を終えて親の決めた幼い頃からの許嫁・鈴木晃司と結婚していた。同じ歳である二人は今年27歳。結婚して早五年。ある日、夫から「離婚して欲しい」と言われる。何事かと聞くと「好きな女性がいる」と言うではないか。よくよく聞けば、その女性は夫の昔の恋人らしい。偶然、再会して焼け木杭には火が付いた状態の夫に桃子は離婚に応じる。ここ半年様子がおかしかった事と、一ヶ月前から帰宅が稀になっていた事を考えると結婚生活を持続させるのは困難と判断したからである。 最愛の恋人と晴れて結婚を果たした晃司は幸福の絶頂だった。だから気付くことは無かった。何故、桃子が素直に離婚に応じたのかを。 12/1から巻き戻りの「一度目」を開始しました。

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

処理中です...