まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

80:これは罰

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部屋に腰を下ろすと、いつの間にか辺りは暗闇に包まれていた。ひとまず宿内にある食事処へ行こうという話になった。

「ごめん、ちょっと先に行ってもらってていい?」
渋るノルを説得させ、なんとか部屋を出て行ってもらった。

「ふう」
ぬいは息をはく。あれからノルのことが気になってしかたがなかったからだ。だが、追い出した理由はそれではない。ソファーに腰を下ろすと、スカートをまくり腰に手を当てる。

「我らが神たちよ……この小さき者に立ち上がる力をお授けください」
何度か唱え続けるが、もちろん即効性はなく、なにも感じることはない。

「神々よ……えー……立ち上がる力を。どうか、ください」
次第に面倒になってきたぬいは、簡略化した聖句を唱え始めた。

ダメもとで腰を軽く手でたたく。まさか長時間の移動で、腰が痛いなど言えるはずもなかった。年上らしく振舞うことはあっても、年寄とは思われたくないからだ。

さらにまくり上げると、ぬいは腹部を見る。そこには昔受けた傷跡が一つもない。入院してから、徐々に張りをなくした肌や、枯れ木のような腕もない。

記憶が戻る当初、それらの違和感を覚えることは全くなかった。きっと、精神と体の不一致をおこさないための処置だろう。この肌の状態からして、体の年齢は元の年齢よりも若くされているかもしれない。弟の気遣いと贈り物だろう。死に体では、別の世界で生きてなどいけない。

だが、だからと言って耐久が上がってはいない。気力はあっても、体力は並み以下である。その後ぬいは何度も聖句を唱え続けた。




ぬいが食事処へ向かうと、時間帯のせいか込み合っていた。ノルが言っていた通り、どこも満席なのだろう。どこに居るのだろうと、あたりを見回す。

すると、奥の方へ姿が見えた。そこを目指して一直線に進むと、知らない女性に話しかけられているのが見えた。それだけであったら、特に思うことはない。

だが会話する表情はどこか楽しそうで、優し気に笑っていた。その表情を見た瞬間、ぬいは足が止まった。

「……え?」

ノルが他者とあれほどまでに柔らかく接するのをはじめて見た。その事実を認識すると一歩も体が動かない。以前まではノルが他の女性とどうしていようと、何かを思うことはなかった。

――つまり、ぬいは嫉妬心を抱いたということである。

芽生えたものは恋情よりも愛情だと思っていた。見返りを求めず、幸せであればそれでいいと。だが、どう考えてもそれだけではない。

胸が引きつれるような痛みを自覚する。ぬいは己の罪深さが、肩に重くのしかかるのを感じた。なぜなら過去の記憶に呑まれ、鍋島と必要以上に接触するさまを見せつけてしまったからだ。

視野狭窄などと、言い訳をすることはできない。こんな光景を見続けるなど、どれだけ辛かったのだろうか。会話が終わりぬいの体が動くようになっても、その罪悪感は心から離れなかった。




その後の食事はまったく食べた気がしなかった。味は確かにおいしく珍しいものであったが、やはり心が浮かない。そんな様子にノルも気づいたのか、何度か心配される。寝る直前までそれは続き、逃げるように寝床に横たわった。


ぬいがここへ来てから。記憶を思い出したあとも、一度もうなされることはなかった。だがその晩見た夢は酷いものであり、過去の悪い部分を切り取ったものを何度も映し出される。

それから逃れたくとも、体は重くどうにもならない。無意識のうちに何度か叫んでいたのだろう。

「ヌイ!しっかりしろ」
体を抱き起され、頬に刺激を受ける。ぬいは薄く目を開けた。

「教皇さまの居るあの街を長時間離れると、よくこういうことが起こる。一説によれば気温の変化や、気を張らない生活を出たことが、原因だと言われている」

ノルはぬいを落ち着けるように背中をさする。確かにやけに気落ちが激しいとぬいは気づいていた。だが、それだけではない。勝手に嫉妬して罪悪感に駆られていたのが、大きかったのだろう。

「本当はどうにかすれば二部屋確保することができた。僕が我慢できるかも怪しかったし。けどこれがあるから、目の届かない範囲にヌイを置いておくのをためらわれたんだ」

苦痛の記憶を頭から振り払い、ノルのことをよく見てみる。体に回された腕は冷たく、額に汗が見える。きっと、ノルも同じように夢で苦しんでいたのだろう。ぬいは手で前髪をかき上げてあげると、そのまま頭を撫でた。

「ノルくんも耐えてたんだ……辛かったね、頑張ったね」
「なんで君はいつも僕の……ヌイの方がもっと、苦しかっただろうに」
弱弱しく動くぬいの手を掴むと、摺り寄せるように頬に当てる。

「過去は比較できるものじゃないから。悲しいことは、みんなそうなんだよ」

「もういい、なにも考えるな」
ノルが優しく抱きしめる。その心地よさに、いつの間にか眠り込んでいた。
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