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本編
79:縮まっていく距離
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「起きてくれ、そろそろ到着する」
肩を優しく揺らされ、ぬいは目を開ける。気づいたら寝てしまっていたようだ。おまけにノルに寄り掛かっていたらしい。
「ごめん、ノルくん。こんなに寝るつもりはなかったんだけど」
幼少時は最高級寝具で睡眠を取っていたが、虐待がひどくなったときは冷たい床で寝たこともある。ゆえにぬいは基本的にどこでも寝れる体質だ。
「謝らなくていい。むしろ膝を貸しおけばよかった。首は痛くないか?」
ノルは自分の膝を二回たたく。ぬいは首に手を当てると軽く回してみる。
「うーん、ちょっと痛いかな」
片側に体重をかけていたせいか、どことなく重みを感じる。するとノルはぬいの首に手を当てた。
「我らが神たちよ、良き隣人に立ち上げる力をお授けください」
「えっ、そんなことに使っていいものなの?そもそも効くの?」
「即効性はない」
確かに聖句を唱えたからといって、何かが変化したようには感じられない。
「だが、徐々に良くはなる。高齢でなければ、明日も不調ということはなくなる」
「なるほど、ありがとう」
マッサージのようなものだろう。あまり使えないからといって、修練を怠るのはよくない。ぬいはもう少し頑張ろうと思った。
「外を見るか?囲いが見えてきた」
幌の隙間を開き、ノルが手招きする。
「うん!」
ぬいがどういうものが好きか理解しての行動だ。傍に寄ると身を乗り出して覗き込む。日が暮れかけているのか、眩しさに一瞬目を細める。
「落ちてはいけない」
腰に手を回され、体を固定される。その気遣いが素直に好ましいと感じる。ぬいは素直にそう思えることがとても嬉しかった。
この想いは激情にかられるような恋心か?というと肯定できない。感情が戻ったとはいえ、元々ぬいは穏やかな気質である。
――だがノルは信頼でき、落ち着ける存在であるということは間違いない。
「すごいね!なんだろう、あれ。どうやってできたんだろう」
小さな街をぐるりと大きな水晶が取り囲んでいる。人の背丈以上にあるそれらは天然の柵のようだ。色も澄んでいて一目で聖別されていることがわかる。その奥に見える家々は石を積み重ねたレンガが多く、水晶に合わせるように青系統でまとめられていた。
「元々あった水晶群を切り崩して、街が作られている。教皇さまの御許を除けば、上位にあがる堅牢さを誇っている」
ノルは次々と街の歴史について語ってくれる。それを興味深く聞きながら、ぬいは外を眺めていた。
◇
門から街へはすんなり通された。やはり貴族の名は強いらしい。ノルが身元を証明するものを渡すと、たいした検査もされずに通される。ちらりとぬいのことを一瞥されたが、ノルが立ちふさがるようにすると、何も言われない。
もしかしたら、ぬいがどこか違う存在であるということに勘付いていたのだろう。感情が戻ったとはいえ、今だ神官たちには遠巻きにされる身である。
宿に到着すると、受け答えはすべてノルが行う。何か問題があるのか長いこと話し合っている。もめている様子はなく、ただ黙って待っていた。記帳するという段階で、ノルは言いづらそうにぬいの方を向いた。
「……すまない。格を落とせばともかく。このクラスとなるとどこも一部屋しか空いていないらしい」
ぬいとしては寝られればどこでもよかった。そもそもノルと初対面時も共に野宿をしている。こんないい宿に泊まれるとは一切思っていなかった。
「文句なんてないよ。ノルくんが決めて、すべて手配してくれたんだから。ありがとね」
「……ヌイ、本当にわかっているのか?」
目を細めてぬいのことを見つめてくる。その瞳には隠し切れない恋情がにじみ出ていた。
「ノルくんは理由なく無体を働いたりしないし、信用してるから。もちろん嫌じゃなければだけど」
戸惑いながらも、素直な気持ちを言う。するとノルはペンを置いてぬいに近づくと、軽く手を取った。添えるように手を置かれ、指先を柔らかに撫でられる。
「僕がヌイに対し嫌など一生思うことはない。信頼してくれるのも嬉しい」
ノルは気持ちを落ち着けるためか、長く息をはいた。
「だが、もう少し意識してほしかったな」
手を離されると、ノルはペンを手に取り書き始めた。
「……う」
照れはしても、異性として思われていないと考えているのだろう。確かにその傾向はあった。最初は弟のように思っていた。
実在する血縁者はすぐに大人びてしまったが、ノルは若く眩しいほどの激情を持っている。だが、今も弟のようかと問われると少し異なっている。
ぬいは向けられた背中をただ黙って見つめていた。
肩を優しく揺らされ、ぬいは目を開ける。気づいたら寝てしまっていたようだ。おまけにノルに寄り掛かっていたらしい。
「ごめん、ノルくん。こんなに寝るつもりはなかったんだけど」
幼少時は最高級寝具で睡眠を取っていたが、虐待がひどくなったときは冷たい床で寝たこともある。ゆえにぬいは基本的にどこでも寝れる体質だ。
「謝らなくていい。むしろ膝を貸しおけばよかった。首は痛くないか?」
ノルは自分の膝を二回たたく。ぬいは首に手を当てると軽く回してみる。
「うーん、ちょっと痛いかな」
片側に体重をかけていたせいか、どことなく重みを感じる。するとノルはぬいの首に手を当てた。
「我らが神たちよ、良き隣人に立ち上げる力をお授けください」
「えっ、そんなことに使っていいものなの?そもそも効くの?」
「即効性はない」
確かに聖句を唱えたからといって、何かが変化したようには感じられない。
「だが、徐々に良くはなる。高齢でなければ、明日も不調ということはなくなる」
「なるほど、ありがとう」
マッサージのようなものだろう。あまり使えないからといって、修練を怠るのはよくない。ぬいはもう少し頑張ろうと思った。
「外を見るか?囲いが見えてきた」
幌の隙間を開き、ノルが手招きする。
「うん!」
ぬいがどういうものが好きか理解しての行動だ。傍に寄ると身を乗り出して覗き込む。日が暮れかけているのか、眩しさに一瞬目を細める。
「落ちてはいけない」
腰に手を回され、体を固定される。その気遣いが素直に好ましいと感じる。ぬいは素直にそう思えることがとても嬉しかった。
この想いは激情にかられるような恋心か?というと肯定できない。感情が戻ったとはいえ、元々ぬいは穏やかな気質である。
――だがノルは信頼でき、落ち着ける存在であるということは間違いない。
「すごいね!なんだろう、あれ。どうやってできたんだろう」
小さな街をぐるりと大きな水晶が取り囲んでいる。人の背丈以上にあるそれらは天然の柵のようだ。色も澄んでいて一目で聖別されていることがわかる。その奥に見える家々は石を積み重ねたレンガが多く、水晶に合わせるように青系統でまとめられていた。
「元々あった水晶群を切り崩して、街が作られている。教皇さまの御許を除けば、上位にあがる堅牢さを誇っている」
ノルは次々と街の歴史について語ってくれる。それを興味深く聞きながら、ぬいは外を眺めていた。
◇
門から街へはすんなり通された。やはり貴族の名は強いらしい。ノルが身元を証明するものを渡すと、たいした検査もされずに通される。ちらりとぬいのことを一瞥されたが、ノルが立ちふさがるようにすると、何も言われない。
もしかしたら、ぬいがどこか違う存在であるということに勘付いていたのだろう。感情が戻ったとはいえ、今だ神官たちには遠巻きにされる身である。
宿に到着すると、受け答えはすべてノルが行う。何か問題があるのか長いこと話し合っている。もめている様子はなく、ただ黙って待っていた。記帳するという段階で、ノルは言いづらそうにぬいの方を向いた。
「……すまない。格を落とせばともかく。このクラスとなるとどこも一部屋しか空いていないらしい」
ぬいとしては寝られればどこでもよかった。そもそもノルと初対面時も共に野宿をしている。こんないい宿に泊まれるとは一切思っていなかった。
「文句なんてないよ。ノルくんが決めて、すべて手配してくれたんだから。ありがとね」
「……ヌイ、本当にわかっているのか?」
目を細めてぬいのことを見つめてくる。その瞳には隠し切れない恋情がにじみ出ていた。
「ノルくんは理由なく無体を働いたりしないし、信用してるから。もちろん嫌じゃなければだけど」
戸惑いながらも、素直な気持ちを言う。するとノルはペンを置いてぬいに近づくと、軽く手を取った。添えるように手を置かれ、指先を柔らかに撫でられる。
「僕がヌイに対し嫌など一生思うことはない。信頼してくれるのも嬉しい」
ノルは気持ちを落ち着けるためか、長く息をはいた。
「だが、もう少し意識してほしかったな」
手を離されると、ノルはペンを手に取り書き始めた。
「……う」
照れはしても、異性として思われていないと考えているのだろう。確かにその傾向はあった。最初は弟のように思っていた。
実在する血縁者はすぐに大人びてしまったが、ノルは若く眩しいほどの激情を持っている。だが、今も弟のようかと問われると少し異なっている。
ぬいは向けられた背中をただ黙って見つめていた。
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