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本編
78:旅立ち
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てっきりここへ来たばかりの時のように、徒歩で移動するのだと考えていた。だが、ノルが用意したものは質素な帆を張った荷馬車のようななにかである。ただし、馬はついていない。
ノルに聞いたところ、水晶を動力源として動く、水晶車というらしい。目的地から採れた水晶を台座に置けば、自動で移動するそうだ。水晶国へ着いた当初、荷車に馬が付いていない謎がようやく解けた。
本当はもっと豪華なものにしたかったようだが、あまり華美だと物取りに狙われるらしい。いくら水晶が気軽に摂れるとはいえ、これは一般庶民が気軽に使えるものではないのだろう。乗り心地はやはり元の世界のものに劣るが、街道が整備されているおかげで、揺れは少ない。
車内にはカモフラージュの為か中身のわからない荷が積まれている。それらのお陰で隙間風が防がれ、凍える思いはしない。だが元の気温があまり高くなく、進めば進むほど寒くなってくる。事前に手渡された防寒具を羽織るがそれでもどことなく冷気を感じる。
あの暖かで快適な空間に慣れきってしまったのだと、実感させられる。
「中心を離れれば離れる程、外気は下がっていく。まだここは序の口だ」
手をさする様子を見て、ノルが言った。
「国境って、とんでもない寒さだったりする?眉とか髪の毛が凍ったり」
「さすがにそこまで寒くはならない」
「なら、なんとかなるね!」
ぬいが元気よく立ち上がると、ノルが少しよろけるのが見えた。
「ん、どうしたの?ノルくん寒さに弱かったりする?」
あの快適な気温に保たれた街で暮らしてきたのだ。肌を刺すような寒さに慣れていなくても、仕方がないだろう。
「違う!バ、バカにするな!」
急に声をあらげるノルに対し、ぬいは首を傾げた。寒さのせいか頬が赤いようにも見える。
「してないよ。逆にわたしはあつい方が苦手だし。北国出身だからね」
「そうなのか」
冬の暮らしについてあれこれ説明すると、ノルは興味深そうに聞いていた。
「僕は生まれも育ちもあの街だが、冬の訓練は受けたことがある。だからそこまで気にかけなくていい」
「訓練って、どういうこと?」
「大体の神官貴族が、神官騎士としての修業を受けなければならない」
全てと言わないあたりから、そうでない人もいるのだろうと察した。
「それは……おっと」
揺れは少ないとはいえ、ずっと立っていられるほど安定しているわけでもない。石か何かをひいたのか、車内ががたりと揺れる。自力で踏ん張ろうとしたが、後ろに横転しそうになる。
「ヌイ!」
衝撃にそなえ、目をつぶる。慌てた声が聞こえると、背中に腕を回された。この車内には二人しか人がいない。目を開けずともそれは分かる。
ノルはいつもぬいのことを助けてくれる。嫌悪を隠さなかったころも、倒れそうになった時は支えてくれた。そんなところが好ましいと、ぬいは穏やかな気持ちになる。
「あれ?」
その好意に気づき、ぬいは目を開けた。相変わらず距離が近い。照れる間もなく、視界がくるりと回る。ノルに横抱きにされると、端に移動しそのまま腰を下ろす。肩に手をまわし、ぬいを膝に乗せた状態で。
「わたしの不注意さが良くなかったね。ノルくん、いつもありがとう」
ひとまずお礼を言う。
「ヌイにケガはしてほしくない」
ノルはそう言うと、ぬいの肩を引き寄せた。その声と言葉に甘さはない。それよりも、ノルの体が冷えているのが気になった。こうして密着すると、あまり厚着をしていないことが分かる。
「ノルくんさ、やっぱり寒いんじゃ」
「寒くない」
矛盾するように、ぬいに回した腕を強め胸元に押し付けられる。おそらく暖を取っているのだろう。
「無理しなくていいんだよ」
「してない」
一度言ってしまった手前、厚着をするのは憚られたのだろう。きっと、厳しい寒さにも耐えることはできる。だが、できると苦手は別物だ。ぬいは体をひねると、ノルの背中に腕をまわした。
「ねえ、ノルくん。こうしたら暖かい?」
ノルの鼓動が早くなる。背中からもその音が感じられた。
「……っ……え、ヌイ?」
「答えて」
落ち着かせるように、ぬいは背中を優しく叩く。
「暖かい」
返答した瞬間、ぬいはノルの肩を支えに立ち上がった。
「よし!上着を着ればもっと暖かくなるよ!そっちの荷物だったよね?今取ってくる」
また転ばないようにと、慎重に手を付きながら移動する。目当てのものを探し当てると、呆然としていたノルに着せてあげた。
ノルに聞いたところ、水晶を動力源として動く、水晶車というらしい。目的地から採れた水晶を台座に置けば、自動で移動するそうだ。水晶国へ着いた当初、荷車に馬が付いていない謎がようやく解けた。
本当はもっと豪華なものにしたかったようだが、あまり華美だと物取りに狙われるらしい。いくら水晶が気軽に摂れるとはいえ、これは一般庶民が気軽に使えるものではないのだろう。乗り心地はやはり元の世界のものに劣るが、街道が整備されているおかげで、揺れは少ない。
車内にはカモフラージュの為か中身のわからない荷が積まれている。それらのお陰で隙間風が防がれ、凍える思いはしない。だが元の気温があまり高くなく、進めば進むほど寒くなってくる。事前に手渡された防寒具を羽織るがそれでもどことなく冷気を感じる。
あの暖かで快適な空間に慣れきってしまったのだと、実感させられる。
「中心を離れれば離れる程、外気は下がっていく。まだここは序の口だ」
手をさする様子を見て、ノルが言った。
「国境って、とんでもない寒さだったりする?眉とか髪の毛が凍ったり」
「さすがにそこまで寒くはならない」
「なら、なんとかなるね!」
ぬいが元気よく立ち上がると、ノルが少しよろけるのが見えた。
「ん、どうしたの?ノルくん寒さに弱かったりする?」
あの快適な気温に保たれた街で暮らしてきたのだ。肌を刺すような寒さに慣れていなくても、仕方がないだろう。
「違う!バ、バカにするな!」
急に声をあらげるノルに対し、ぬいは首を傾げた。寒さのせいか頬が赤いようにも見える。
「してないよ。逆にわたしはあつい方が苦手だし。北国出身だからね」
「そうなのか」
冬の暮らしについてあれこれ説明すると、ノルは興味深そうに聞いていた。
「僕は生まれも育ちもあの街だが、冬の訓練は受けたことがある。だからそこまで気にかけなくていい」
「訓練って、どういうこと?」
「大体の神官貴族が、神官騎士としての修業を受けなければならない」
全てと言わないあたりから、そうでない人もいるのだろうと察した。
「それは……おっと」
揺れは少ないとはいえ、ずっと立っていられるほど安定しているわけでもない。石か何かをひいたのか、車内ががたりと揺れる。自力で踏ん張ろうとしたが、後ろに横転しそうになる。
「ヌイ!」
衝撃にそなえ、目をつぶる。慌てた声が聞こえると、背中に腕を回された。この車内には二人しか人がいない。目を開けずともそれは分かる。
ノルはいつもぬいのことを助けてくれる。嫌悪を隠さなかったころも、倒れそうになった時は支えてくれた。そんなところが好ましいと、ぬいは穏やかな気持ちになる。
「あれ?」
その好意に気づき、ぬいは目を開けた。相変わらず距離が近い。照れる間もなく、視界がくるりと回る。ノルに横抱きにされると、端に移動しそのまま腰を下ろす。肩に手をまわし、ぬいを膝に乗せた状態で。
「わたしの不注意さが良くなかったね。ノルくん、いつもありがとう」
ひとまずお礼を言う。
「ヌイにケガはしてほしくない」
ノルはそう言うと、ぬいの肩を引き寄せた。その声と言葉に甘さはない。それよりも、ノルの体が冷えているのが気になった。こうして密着すると、あまり厚着をしていないことが分かる。
「ノルくんさ、やっぱり寒いんじゃ」
「寒くない」
矛盾するように、ぬいに回した腕を強め胸元に押し付けられる。おそらく暖を取っているのだろう。
「無理しなくていいんだよ」
「してない」
一度言ってしまった手前、厚着をするのは憚られたのだろう。きっと、厳しい寒さにも耐えることはできる。だが、できると苦手は別物だ。ぬいは体をひねると、ノルの背中に腕をまわした。
「ねえ、ノルくん。こうしたら暖かい?」
ノルの鼓動が早くなる。背中からもその音が感じられた。
「……っ……え、ヌイ?」
「答えて」
落ち着かせるように、ぬいは背中を優しく叩く。
「暖かい」
返答した瞬間、ぬいはノルの肩を支えに立ち上がった。
「よし!上着を着ればもっと暖かくなるよ!そっちの荷物だったよね?今取ってくる」
また転ばないようにと、慎重に手を付きながら移動する。目当てのものを探し当てると、呆然としていたノルに着せてあげた。
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