上 下
76 / 139
本編

75:小さな悩み

しおりを挟む
「で、あんた、ここで何してるの?ミレナにちゃんと謝った?」

アイシェはまなじりを吊り上げ、ぬいを指さした。

「……ごめん、まだなんだ。言いたかったんだけど、止められるし。会いに行こうとしても、見つけられなくて」

しゅんとしながら言うと、アイシェは手を下ろす。

「あー……今、色々勇者さまがらみで忙しそうだったわね」

「それって、女の子絡みのこと?」

「そうよ、あっちこっちに走り回ってる。ミレナは陰ながら手伝ってるみたい」

言いつけ通り、すべてを清算しようとしているのだろう。立ち止まっていた彼の時間が、確実に動いているらしい。

「で、魔道具店で何してるの?あんたには、何の縁もないと思うけど」
アイシェは別の何かを見透かすような目で言った。

「もしかして、アイシェちゃんは見抜けるの?わたしに全く魔法の才能がないって」

「当然よ!あたしは魔法国の貴族なんだから。測定器がなくても、大体のことは分かるわ」

アイシェは腰に手を当てて、胸を張る。

「おおーそれはすごいね!アンナとシモンを助けてくれてるのも、アイシェちゃんかな。まだ小さいのに偉いよ」

ぬいが頭を撫でようとすると、軽く避けられた。

「気安く触らないで。そもそも小さくないし、褒めたってなにもでてこないわよ」

「うん、そう思ったから言っただけだよ」

「あ、あんたねえ……」
アイシェは顔を赤くすると、そっぽを向いた。

「それより!説明なさい!話をそらさないで」

「おっと、そうだったね。わたしが空腹で行き倒れそうになったとき、助けてもらったんだ。で、それ以降ここで働いてた」
過去形ということから、アイシェは察したのだろう。しばらく気まずい沈黙が生まれた。

「ま、まあ、あんたはこの国の貴族になるんだし、もうその必要ないわよね」

「……ん?アイシェちゃんなんのこと言ってるの?異邦者は特別扱いされてはだめなんだよね?そもそも功績どころか、迷惑しかかけてないし……」

自身の所業を思い出し、後半は自重するように言う。

「なんのことって、もしかしてまだなにも言われてないの?」
「なにもって、そもそもそれ誰のこと?」
話がかみ合わず、二人の頭は疑問符で埋められていく。

「そりゃあ……あ、名前知らないわ……その、なんか呪われてて、悪そうな赤髪の人」

「改めて口にするとすごい人みたいだね。あってるけど、もう呪われてないよ。ノルくんのことだよね。ノルベルト・イザーク・スヴァトプルク」

他者から見ても、ノルは悪人顔にみえるらしい。この先あまり言うのはやめようと、ぬいは思った。

「その人と結婚してスヴァトプルク夫人になるんでしょ?そうなったら、他のことなんてしてられないじゃない」

「んんんんっ?え?アイシェちゃん?」
ぬいの声は盛大に裏返る。

「あんなに熱っぽく見つめて、嫉妬して……まだ言われてないの?だったら、これ以上言うのは野暮ね。もう黙っておくわ」

顔を赤くしていくぬいを見ると、アイシェは笑う。

「本当にこの国は面白いわ。その様子だと、うまくいきそうね」
「あのね、アイシェちゃん。なんて言ったらいいのか……その」

彼女はどんなことが起こったのか、細かく知っていない。そもそも相談するような仲でもなく、ためらわれた。

「おかしくなって、たくさん迷惑かけて。しかも、わたしずっと年上だし」
その結果、無難な悩みをこぼす。

「どのくらいかは知らないけど、三十歳差とかではないでしょ?だったら、そんなのただの誤差よ。なにも悩む必要ないと思うけど」
アイシェはなんてことないように、さらっと返す。

「魔法国ってさ、その……」
「そのくらい年が離れた人に嫁がされるのは、まあ地域によるけど、ない話じゃないわね」

弟はきっと、意図してこの国にぬいを送ったのだろう。なんてことのないように言うアイシェから、他国の厳しさが察せられた。

「ちなみに男女両方ともあるわ。それが嫌で逃げ出して、領土間の争いが起きたり」

次々とあげられる恐ろしい話にぬいは身を震わせる。以前気軽に世界を旅したいと言ったが、かなり危険であることが分かったからだ。御業も今一つで魔法は使えない。簡単な護身術のみでは、あっさり命を落としてしまうだろう。

「とにかく、そういうことだからあんたはクビよ。あとは全部あたしに任せなさい。貴重な腕のいい職人だもの、全力で支援するわ」

そう言うアイシェは、先ほどの話とあいともなって、かなりたくましく見えた。

「いつでも遊びに来てくれていいからね」
「勉強。また来る」

アンナがぬいの肩を叩き、シモンが笑顔で言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...