まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

70:解放決闘

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鍋島との戦いを想定し、ノルはいくつか準備をしておいた。だがそれだけでは、この強大な敵には手足も出ないだろう。単純な力技だけではなく、頭も使わなければ勝てる相手ではない。

ノル自身は強い方であるが、この国の強者と比べればどうしても劣ってしまう。あくまで堕神という不安定で、期限付きの相手をしているだけで、一人だけの力ではないからだ。

聖句を唱え始めると、鍋島は律義に待っていた。無視して飛び込んでくることも想定していたが、根本的なところに相違はないようである。

「準備はできた?じゃあ、こっちから行くよ」

鍋島は構える姿勢を取ると、一蹴りでノルの元まで距離を詰める。そのまま踵を大きく上げると振り落とす。

一撃目は難なく避けた、だがあまりにも力が大きすぎたのか衝撃で吹き飛ばされた。受け身を取るが、何度も体を打ち付けてしまう。

「あれ?当たってもいないのに、もう負けそうな気がするね」

どこか煽るように言う。そう言わざるを得ない、何かがあるのだろう。

「……っく、そっちこそやけに苛立っているな。何がそんなに気にくわない?」

ノルは痛みに耐えながらも立ち上がった。

「見ず知らずの人に馬鹿にされれば、誰だってそうなると思うけど?」

「まだ認めないか」

その態度が気にくわないのか、鍋島は再び追撃する。何度も振り落とされる攻撃は単調ではあるが、強力だ。距離を取ろうとしても転移で簡単に詰められてしまう。

聖壁で防ぐのは悪手であった、まるでなかったものかのように砕かれ、ノルは壁に叩きつけられた。

御業には魔法のように、直接人を害するものはない。だからこそ、単純な身体強化は大きな武器となる。神官騎士たちも御業はあくまで補助であって、その強化に耐えうるよう、日々体を鍛えているのである。

鍋島の動きは素人ではあり、人を本気で害そうとする攻撃ではない。だが、強化と転移がすべてを補っていた。

「もうやめておいたら?弱いものいじめみたいの、好きじゃないし」

鍋島が同情めいた声で言う。このままでは彼のノルに対する興味は掻き消え、揺れ動いた状態が元に戻ってしまうだろう。

「ナベシマ、君はリョクのことが好きだろう?」

ノルが想定していた時より少し早いが、この言葉を投げかけた。

「うん、そうだけど。それがなにか?」

鍋島はなんの動揺もせずに返事をする。

「そういう意味ではない。一人の女性として、自分のものにしたかったという意味だ」

その瞬間、ノルは目に見えない速さで何度も殴られた。最後には蹴り飛ばされ、倒れたこんだあと腕を踏みつけられた。

「違う。僕と綠さんはそんなのじゃない」

「だったら、なぜそんなにも怒っている。僕が彼女をどうしようとも、なんとも思わなかったはずだ」

「うるさい!!」

鍋島は怒鳴り声をあげると、大きく足を振り上げる。その隙にノルは体を回転させ、直撃を逃れた。予測していたおかげか、体を打たずに着地することができた。

「おまえはなんなんだ。なぜ、そんなことが分かるって言うんだよ!」

「同じだからだ。なにも言えずに後悔する。それで君は本当にいいのか?」

ノルが問いかけると、鍋島は躊躇して攻撃の手を止めた。

「関係ない。綠さんは俺のことだけを見てくれている。だから、それでいいんだ」

自分の世界に浸るように、うっとりと語る。しかし、その目はどこも映していない。

「彼女はもう君の知るリョクではない。ちゃんと自分の世界を見ている、それに比べて君はなんだ?」

心配そうに見守るぬいのことを見ると、何かに気づいたのだろう「綠さん?」と言うと肩を震わせる。

「おまえが変えたって言うのか?」
「ああ」

同意した瞬間、ノルは刺すような視線を感じた。視線の先にいた鍋島の姿が掻き消えたかと思うと、頭上に大きな影が落ちる。見上げると、鍋島がいつの間にか持っていた剣を振り下ろした。

「ノルくん!!!」

ぬいの叫び声が聞こえると、ノルは瞬時に杖を掲げた。正面から受け止めることはせず、力をそぐように流していく。ノルは既視感を覚え、鍋島の姿を見据えた。

剣は武骨な鈍色の光を放ち、柄はどす黒い紫色に輝いていた。形こそは少年が憧れるような形状であったが、その色と雰囲気がすべてを台無しにしていた。

「堕神。やはり君もなりそこなった状態だったか」

ゆらりと揺れる鍋島の体はどこか不安定で、頼りなさげである。だが、目だけがまっすぐノルのことを見据えていた。

「君にその剣は似合わないな」

力の余波が漏れ出ているのか、剣からは紫色のもやが見える。その姿は彼に似つかわしいものではない。

「俺はただ普通の生活がしたかった。それだけだ。痛いのも、苦しいのも、すべて消し去ってしまえばいい」

鍋島は転移をせず、まっすぐノルに切りかかってくる。それをギリギリのところで避けると、彼はその行動に苛立ったらしい。

「逃げるな!立ち向かえ!」

「何を言う、逃げているのはそっちだろう。不変のものだと思い込み、なんの行動もしなかった」

その言葉を聞くと、鍋島は歯を食いしばりまっすぐ突いてくる。どう見ても、剣を知っている者の動きではない。形状だけは立派であって、ただの棒と変わらない動きである。

ノルは確信した、堕神になった彼は通常よりも弱くなっていると。大きな力だけを振り回し、それをうまく使うことをしない。

「わかってるよ!それくらい。でも、どうすればよかったんだよ。痛い、苦しい、寂しい。辛かったんだよ!何度叫ぼうが祈ろうが、なにも聞き届けてはくれなかった」

このセリフでノルは御業の強さが理解できた。彼は病に苦しんでいた時何度も神に祈った。毎日必死に助けてほしいと。不特定多数の神や人間にも。

だからこそ、強いのだろう。大してぬいは半ばあきらめ気味で、大きな力など元から望んでいなかった。それが二人の格差として表れているのだろう。


鍋島はノルの言葉に呼応するように、また剣を大きく振りかぶった。その動きはあらかじめ予想していたもので、隙だらけである。

しかし強化状態にある鍋島を叩いたところで、どうにもならないだろう。ノルは手をかざすと、剣の根元を見据えた。

「吹き飛ばせ」

魔法に言葉は必要ない。だが、御業を長年使ってきた神官であるノルには、言葉を発する方が合っている。どこからともなく、強い風が吹き荒れると鍋島の剣を吹き飛ばす。

がら空きになった胴体に体当たりすると、鍋島の体を地面に叩きつけた。この程度、彼にとっては大した打撃ではない。

ノルはすかさず喉元に杖を突きつけた。決闘はどちらかの力を競うものではない、命をいつでも奪えるような体制に持っていけばいいだけである。

「僕の勝ちだ」

そう宣言すると、どこからともなく低い声が響き渡った。しかし、あまりに難解な物言い過ぎて、ノルには肝心な言葉が理解できなかった。

「呪い?なにそれ?」

鍋島が不思議そうに言っていることから、ノルは成功を確信した。
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