まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

68:堕神降臨

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ノルは目を覚ますと、飛び上がるように起き上がった。彼女を見るとまだ横たわっていたが、視界に入ったヴァーツラフが首を振る。そのことから、失敗してしまったことを確信する。

「嘆いていても仕方がない」

ノルは杖を掴むと、もう片方の手を重ねて聖句を唱える。全ての準備が整うと、タイミングを合わせるかのように、彼女が起き上がった。

「今の気分はどうだ?僕はノル。君の名は?」

呼びかけにきちんと反応し、彼女はノルのことを見つめた。久しぶりに向けられた視線に喜びを感じながらも、ノルは警戒を怠らなかった。

「そんなの覚えてないよ。でもそっちの言葉で言うなら、堕神かな?」

いつもであれば、ここで過去の記憶が混濁し、破壊衝動に駆られるのが彼らである。だが、彼女はいたって冷静に見えた。まるで最初に出会った時のように。

「だって、これから全部破壊するんだから。すごく合っていると思わない?」

そう言うと不自然な笑みを浮かべた。その表情を悲しく思う間もなく、彼女は地に向かってこぶしを振り下ろした。その見えない衝撃波はノルの元へまっすぐ向かう。

礼拝堂の長椅子をまき散らしながら。その衝撃であたりは煙に包まれる。

「ふーん、これを防ぐんだ。なかなかやるね!」

煙が晴れると、ノルはまっすぐ立っていた。

「だったら、これはどうかな?」

彼女は何もない空間から水晶を取り出すと、両手で潰す。再び開いたその手には、毒々しい紫色の弓矢が現れた。矢をつがえると、あり得ない速さでノルへと連射する。

地をえぐるそれをノルはものともしない。杖を地面につきつけると、置きっぱなしにする。そして、武器のない状態で進んでいった。

「うわっ、なにそれ。何者?勇者かなにかなの?」

彼女は顔を引きつらせながら言うと、ノルは悪党じみた笑みを浮かべた。

「いや、違う。間違っても、その呼称を使うのはやめてもらおうか」

「……確かにその表情はらしくない。どちらかと言うと、悪党だ。でも、だったらなんだって言うの?わたしは堕神で、そっちはただの人間だよ?」

彼女は弓矢を使うことを早々にあきらめたのか、手を閉じて収納する。人差し指と親指を立てると、ノルへと向けた。

「これならどうかな?こっちの方が早いし、壊せるでしょ」

指先から紫色の大きな塊が放たれる。ノルは軽く横に飛ぶと、難なく避けた。

「ただの人間がなんなの?っく、次は……」

彼女が何かをしようと、手を動かしたとき。ノルはそうはさせまいと腕をつかんだ。

「僕はノル。君はヌイだ」
「ぬい?……わたしは」

動揺しているのか、動きが止まった。今が好機だと、ノルは彼女の手を取ると口付けた。

「何者かと言ったが、君に求愛する者だ」

彼女はぽかんと口を開く。その無防備な状態を見て笑うと、ノルはさらに距離を詰める。

「へ、あ……待って。ダメだって」

彼女は手を前に突き出して、ノルを拒絶する。しかし、その力は弱かった。

「そうだ。わたしはぬいで、君はノルくんで……」

今までの記憶を思い出したのか、頭を抱えるとブツブツ呟いている。ようやく待ち望んだ光景にノルは感極まり、両手を広げて彼女を抱きしめた。些細な抵抗などものともせずに。

「ヌイ!ずっと、待ち望んでいた」

「や、待ってって!あの……まだいろいろと混乱してて、恥ずかしいから。ヴァーツラフがこっちのこと、凝視してるし」

恥という言葉を耳にした瞬間、ノルは体を離して、彼女の顔を見た。以前のような無感情さや、押し込められた感じはしない。

どう見ても、照れている。それが自分に向けられているのだ。あまりの喜びに、自制が利かなくなるのを予感して、ノルは体を離した。

ペトルが外に立ち、ヴァーツラフがそばに居るこの状況では、さすがにまずいからである。

「おかえり、ヌイ」
「ただいま、ノルくん」
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