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本編
48:異邦者の彼①
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ミレナがトゥーと出会ったのは礼拝堂の前にある廊下であった。枢機卿から連絡を受け、堕神がこの国へと入り込んだらしいと聞き、ミレナは大層驚いた。
それが本当であれば、のんびりしている場合ではないからだ。
「ここへとたどり着いた時点で、堕神は異邦者へとなる。教皇さまからも既に選別済み。そのはずですよね?」
すると、枢機卿は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「通常はだ。今回はかなり特殊らしい。堕神状態になったのは一瞬で、すぐに平静を取り戻したそうだ」
「それは良いことではないのでしょうか?」
「一度も力を解放して暴れていないということは、いつ暴れだすかわからないにも等しい。そんな危険な存在を教皇さまはなぜ許可された」
教皇に対して怒っているというよりも、身を心配してからこその言葉だろう。彼の忠誠心と信仰心は人一倍強い。
枢機卿の堕神嫌いは昔からよく知られている。教典を語る際、いつも憎たらし気に言っているからだ。
だが、ミレナは彼のことが嫌いではなかった。皇女であることをやめ、教皇の身元で働くと決めた時、いち神官として扱ってくれたのは彼だけだったからだ。周りの神官たちも最初は遠慮がちであったが、やがて尊ぶことをやめてくれた。
「そう待たずとも、すぐにここへやってくるだろう。案内役としての準備をしてくれ」
「承知いたしました」
ミレナは片手を軽く胸元に当て、略式の祈りを捧げた。
水晶帝国へとやってきた異邦者に対し、説明し支える。それがミレナにたくされた役目である。元々すべて教皇が行っていたことであるが、彼はあまりにも人間的配慮ができなさすぎる。
それゆえ、足りていない部分をサポートするために神官から一人選ばれ、補佐するのだ。
ミレナ自身まだ一度も異邦者とは会ったことがない。補佐役として最近就任したのもあるが、そもそもここまでやってくるのは珍しいのである。多数が堕神として送還されるか、別の街や国へと行ってしまうからだ。
準備をする必要はない。服装もいつもの神官服で充分である。ミレナは教皇に挨拶だけはしておこうと思い、いつも彼が居る礼拝堂へと向かった。
「あ!ねえ、ちょっと聞いてもいい?ここってさ、どこかわかる?」
背後から妙な質問をされ、ミレナは体をこわばらせながら振り向いた。
――瞬時に理解した。この人こそが異邦者であると
周りの人たちとは全く異なる気配。教皇のものと類似性を感じるが、あくまでそれは人ではないという点だからであろう。
彼はそれに加えどこか神聖なもの感じられた。容貌自体はいたって平凡である。明るい茶色の髪に、闇色の目。しいて言えば、目がここまで暗いのはあまり見たことがないが、それだけである。身長は平均的で体は筋肉質というよりも、よく引き締まっていた。
「ようこそ、おいでくださいました。異邦者さま。どうか、あなたさまの行く先に幸いあらんことを」
ミレナは手を組むと祈りを捧げる。それは聖句でもなんでもない。だが、この国の信仰が合わなければ途端に拒否反応を起こす。既に教皇が選別しているとはいえ、確認は必要だ。
「おお~この国の人たちって真面目だよね。初対面の俺なんかに祈ってくれて、ありがとう」
ミレナが目を開けると、屈託のない笑みを浮かべる彼が居た。その表情にはなんの思惑も策略もない。それどころか、礼まで述べる始末である。ミレナは、胸が何かに締め付けられるような痛みを感じた。
「俺はアットゥ……って言っても伝わらないか。そもそも言いづらいし、なんか違うし。トゥーって呼んでもらっていい?」
「はい、わたくしはミレナ・シュヴェストカと申します」
「シュ……うーん……よろしく!ミレナ」
トゥーはまだミレナの身分を知らない。だからこその態度であったとしても、いきなり呼び捨てにされるのははじめてのことである。
胸の痛みに加え、鼓動が早くなるのを感じる。差し出された手は握手を求めているのだろう。この高鳴りに気づかれてしまうのではと警戒しながら、おそるおそる手を差し出す。
握り締めた手はどこか優しく、体温が高いのか陽だまりのようだった。
それが本当であれば、のんびりしている場合ではないからだ。
「ここへとたどり着いた時点で、堕神は異邦者へとなる。教皇さまからも既に選別済み。そのはずですよね?」
すると、枢機卿は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「通常はだ。今回はかなり特殊らしい。堕神状態になったのは一瞬で、すぐに平静を取り戻したそうだ」
「それは良いことではないのでしょうか?」
「一度も力を解放して暴れていないということは、いつ暴れだすかわからないにも等しい。そんな危険な存在を教皇さまはなぜ許可された」
教皇に対して怒っているというよりも、身を心配してからこその言葉だろう。彼の忠誠心と信仰心は人一倍強い。
枢機卿の堕神嫌いは昔からよく知られている。教典を語る際、いつも憎たらし気に言っているからだ。
だが、ミレナは彼のことが嫌いではなかった。皇女であることをやめ、教皇の身元で働くと決めた時、いち神官として扱ってくれたのは彼だけだったからだ。周りの神官たちも最初は遠慮がちであったが、やがて尊ぶことをやめてくれた。
「そう待たずとも、すぐにここへやってくるだろう。案内役としての準備をしてくれ」
「承知いたしました」
ミレナは片手を軽く胸元に当て、略式の祈りを捧げた。
水晶帝国へとやってきた異邦者に対し、説明し支える。それがミレナにたくされた役目である。元々すべて教皇が行っていたことであるが、彼はあまりにも人間的配慮ができなさすぎる。
それゆえ、足りていない部分をサポートするために神官から一人選ばれ、補佐するのだ。
ミレナ自身まだ一度も異邦者とは会ったことがない。補佐役として最近就任したのもあるが、そもそもここまでやってくるのは珍しいのである。多数が堕神として送還されるか、別の街や国へと行ってしまうからだ。
準備をする必要はない。服装もいつもの神官服で充分である。ミレナは教皇に挨拶だけはしておこうと思い、いつも彼が居る礼拝堂へと向かった。
「あ!ねえ、ちょっと聞いてもいい?ここってさ、どこかわかる?」
背後から妙な質問をされ、ミレナは体をこわばらせながら振り向いた。
――瞬時に理解した。この人こそが異邦者であると
周りの人たちとは全く異なる気配。教皇のものと類似性を感じるが、あくまでそれは人ではないという点だからであろう。
彼はそれに加えどこか神聖なもの感じられた。容貌自体はいたって平凡である。明るい茶色の髪に、闇色の目。しいて言えば、目がここまで暗いのはあまり見たことがないが、それだけである。身長は平均的で体は筋肉質というよりも、よく引き締まっていた。
「ようこそ、おいでくださいました。異邦者さま。どうか、あなたさまの行く先に幸いあらんことを」
ミレナは手を組むと祈りを捧げる。それは聖句でもなんでもない。だが、この国の信仰が合わなければ途端に拒否反応を起こす。既に教皇が選別しているとはいえ、確認は必要だ。
「おお~この国の人たちって真面目だよね。初対面の俺なんかに祈ってくれて、ありがとう」
ミレナが目を開けると、屈託のない笑みを浮かべる彼が居た。その表情にはなんの思惑も策略もない。それどころか、礼まで述べる始末である。ミレナは、胸が何かに締め付けられるような痛みを感じた。
「俺はアットゥ……って言っても伝わらないか。そもそも言いづらいし、なんか違うし。トゥーって呼んでもらっていい?」
「はい、わたくしはミレナ・シュヴェストカと申します」
「シュ……うーん……よろしく!ミレナ」
トゥーはまだミレナの身分を知らない。だからこその態度であったとしても、いきなり呼び捨てにされるのははじめてのことである。
胸の痛みに加え、鼓動が早くなるのを感じる。差し出された手は握手を求めているのだろう。この高鳴りに気づかれてしまうのではと警戒しながら、おそるおそる手を差し出す。
握り締めた手はどこか優しく、体温が高いのか陽だまりのようだった。
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