まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

47:友

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「わたくしの見間違いでなければ、スヴァトプルク家の方でしたよね?あの、ヌイさまたちに酷い態度を取っていた」

「うん」

「どこかで頭を打ったりとか、そんなのではありませんよね?実は双子の兄弟が居るとか……」

「ないね」

ぬいが否定すると、ミレナはしぼんだ風船のように肩の力を抜く。

「本当の、本当に。あの方なんですね。別人かと思っていました。だって、手を取って……口付けなど」

ミレナは再び興奮してきたのか、顔を赤くする。頬を冷ますためか、両手を当てた

「え?ミレナちゃん。この国では挨拶でそういうことしないの?」

「いたしません……と言うのは少々語弊がありますね。基本的にはする振りでして、実際にするのは恋人同士または意中の相手のみです」

「うわー、やっぱりそうか」

実際に言われると、すんなり納得できた。先ほどはあまりにも堂々としていた態度であったため、実は挨拶なのではとぬいは疑っていたが、やはり違うらしい。

「わたくしが見る限り、ヌイさまは嫌そうには見えませんでした。その、いつも通りというか。特に感極まった様子でもなく」

ミレナから見ても、そう見えるらしい。それでもめげないノルの根性はなかなかである。

「興味がなかったり、対象外でしたらもっと強く突き放した方がいいですよ。でないとどんどん外堀を埋められ、逃げられなくなってしまいます」

ミレナは不特定多数の人に言い寄られ慣れている。その言葉には説得力があった。

図星を疲れ、ぬいは口をまっすぐに結ぶ。変化の少ない表情ではあるが、ミレナにはもう理解できているらしい。

「ヌイさま……その通りなんですね」

「うん」

気付いたら、ノルが居ることが当たり前になった。心地は悪くないし、話していると楽しい。けれども、そう思えば思うほど欠落した感情が悪目立ちするのだ。

そのことをそのままミレナに言えるはずもない。言ってしまえば、トゥーも同じ状況であることが露見してしまうからだ。

「やはり、そうでしたか。改めてお聞きしますが、嫌ではないんですよね?」

「うん、嫌じゃないよ。多分最初からわたしは嫌ってはいなかったと思う」

「まさかすぎますよ」

ミレナは力が抜けたのかその場に座り込む。珍しいミレナの動揺に、ぬいは近くに寄るとしゃがみ込んだ。

「わたくしはてっきり、教皇さまなのかと。あのお方を解放し、人にするために来たのだと。勝手にそう思っていました」

トゥーはここへ来てから偉業を成した。ぬいにも同じく何かが起こすのではないのかと、期待されていたのだろう。

「ごめんね、なにもできなくて。わたし、ここへ来てから何をしても無力なんだよね」

ぬいが苦笑すると、ミレナは目を伏せて首を振る。

「いいえ、悪いのはわたくしです。一方的に期待して、放置して。挙句の果てには嫉妬しました。なんと罪深いことでしょうか。友を名乗るのもおこがましい気持ちです」

「そんなこと言わないでよ。ミレナちゃんが居なくなったら、わたし友達ほとんどいないんだから」

ミレナを励ますように肩を叩くと、起き上がらせようと手を差し出した。はじめて出会った時とは逆の立場である。ミレナはぬいの手と顔を何度か見ると、おそるおそる手を掴んだ。

「よっと。ミレナちゃん背高いから、なんだかあまり助けにならなかったね」

「そんなことはありません。ヌイさまはいつも優しく見守ってくださります。正直勇者さまよりも、元々神であったと納得できるくらいです。慈愛の神ですね」

彼女はそう言うと、手を組んで祈りを捧げた。

「ヌイさまがこの先なにを選ぶかはわかりませんが、わたくしに友として支えることをお許しくださいますか?」

「許すもなにもないよ。ミレナちゃんも気にせずわたしに話してくれていいからね」

「ヌイさま……」

再度祈りを捧げると、手をほどき優雅に一礼した。皇族の仕草である。

「わたくしは貴族の内情についてあまり詳しくありません。皇帝位継承権を放棄した身ですので。ですがあれから気になり、スヴァトプルク家について調べてみたんです。ヌイさま、本当にいいんですか?」

ミレナはぬいをまっすぐ見据えて問う。

「ヌイさまが以前言っていた、好みの方とは真逆です。悪い噂は尾ひれがついたものであり、それについてはホッとしましたが」

そういえば、長生きする人がいいなどと言ったことをぬいは思い出す。

「ミレナちゃん、ちゃんと調べてくれてたんだね」

「ええ、友でありわたくしは案内役でもありますから」

ミレナはどこか申し訳なさそうに言う。脱線しているとわかっていながらも、役目をおざなりにした後ろめたさがあるのだろう。

本来であれば自分のことだけを考え、遊んでいてもおかしくない年頃だ。ぬいはミレナの葛藤する姿を好ましいと感じた。

「どうなるかはわからないけど、解決できる策はあると思う。でも、本当に困ったときは助けてね」

「はい、もちろんです」

ミレナはいつもの聖女のような笑顔ではなく。年相応の表情を見せると、破顔した。
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