まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

46:これは誰だ

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うである。

「そういえば、ノルくんわたしに作ってくれたもんね」

はじめて会った日の夜、彼が作ってくれた暖かい食事のことを思い出す。

「あれは料理とは言えない代物だろう。ただの野営食だ」

ノルは不満そうに言う。

「そうかな?おいしかったけど。ノルくんてさ、大概のことをそつなくこなすよね」

ぬいもどちらかと言えば、やれば何でもできるタイプではある。ただ興味や目的の持てないものには、あまり力を発揮できない。

「なんでもスマートにこなすことが秘訣なのだと。そう教育を受けてきた」

「秘訣?なんの?」

ぬいが問うと、ノルは言いづらそうに顔を逸らした。

「うっ、君には言えない」

「そっか。なら無理には聞かないよ」

「すまない。そのうち言おう」

ノルが申し訳なさそうな顔をし、ぬいはなんてことはないよと言いながら背中を軽く叩く。

「……そこに居るのは誰だ?」

後ろから声がかけられると、ノルはぬいをかばうかのように前へ出た。しかし相手を認識すると、瞬時に体の緊張が解けていく。

「なんだ、叔父上ですか」

そこには珍しく眉間の皺がなくなっている枢機卿が居た。対峙してもなお、二人のことを交互に見る。本当に自分の認識する者と同一人物かと、疑っているようだ。

「甥か。あまりにも態度と声が違いすぎて、誰かと思った」

緩んだ態度を指摘され、ノルは顔を引き締める。

「教皇さまの居られるこの場にて、軽率でした」

ノルが枢機卿に対し謝罪すると、意外にも首を振った。

「いいや、わめき散らしたわけではないし、教皇さまも咎めることはないだろう。今の様子だと堕神の要素は消え去り、この世界へと定着する。それは喜ばしいことだ」

いつもの険しい表情は消え、素直に祝福をする叔父のような態度である。

その表情はどことなく、ノルの父親と似通っている。枢機卿は父方の親族なのだろう。

「さすればただの人間と成り果て、曖昧な気配から信仰が揺らぐことはなくなるだろう」

やはり枢機卿は枢機卿であった。あくまで信仰を第一に考えることは、変わらないようだ。

「叔父上、残念ですが……その」

ノルが言いづらそうにすると、枢機卿は肩を叩き何かを言っている。こうしている光景はどこにでもある、親族同士の交流である。

ノルと同じく第一印象は最悪であった。だが、ただのこの国の人間であったのであれば。ぬいに普通の態度で接してくれたのかもしれない。

「すみません、定着の定義ってなんですか?曖昧すぎてよくわかりません」

ぬいは手を挙げて質問する。

「思いが通じた後、婚姻後など人によっては様々だ。くれぐれも、あえてその身に抱えるものを保持しようとするな」

中には力が目減りすると、そんな確証もないのにフラフラする異邦者もいるらしい。

「なるほど。教えてくれて、ありがとうございます。こうして余計な感情抜きに話してみると、やっぱりノルくんの親族ですね」

腰を折り一礼すると、枢機卿は額にしわを寄せた。

「どういう意味だ?」

「初対面の時、わたしに礼拝堂へ行くように言いましたよね?あれって、よく考えたらただの親切だったんだなと」

もしあの場へ向かっていなければ、きちんと物品に対する未練が、断ち切れていなかったはずだ。あの時のぬいは理解できていなかったが、あれは必要な通過儀礼である。なにより、ノルとここまで関わることにならなかっただろう。

「荒療治とはいえ、見せた方が定着へ向かいやすくなる。それだけだ」

「その……わたしがあなたの認める者と成り得たのであれば、個の人間として扱ってもらえますか?」

「そうなったのであれば。今の君はただの堕神だがな」



「ヌイ、次の週末に連れて行きたいところがある。僕が渡した衣服を着て、ついて来てほしい」

ノルがここへやってきたのは、ぬいと話をする以外にも目的があった。以前採寸をし、作ってもらった衣服を届けてにきてくれたのだ。

ぬいの想像以上に種類が多く、どこへ着て言ったらわからない服もあった。きっと、それを必要としているのだろう。

「わかったよ、今日はありがとう」

笑顔でそう告げると、ノルはぬいの手を取る。別れの挨拶をしたあと、すぐに去らずにどうすると思いきや、手の甲へと口付けた。

あまりに自然な対応だったため、ぬいはなにをされたのかすぐに理解できなかった。

「また、会えるのを心待ちにしている」

名残惜しそうに手を離すと、ノルは背を向けて今度こそ帰っていった。そんな背中をぼーっとながめていると、後ろから肩を叩かれる。

「誰ですかー!今のは!」

少し前に聞いたことのあるようなセリフを言う。しかし、この声は女性ものである。

驚きのあまり、わなわなと震えるミレナがそこに居た。
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