まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
46 / 139
本編

45:異邦者の欠落

しおりを挟む
「ヴァーツラフ、頼みがあるんだけど」

ぬいは久しぶりに礼拝堂へとやってきた。そこにはいつも通り、教皇である彼が祈りを捧げていた。ぬいの存在に気づくと、ついていた膝を伸ばす。

「この者のできる行動は限られている。すべてを叶えるわけにはいかぬ」

「わかってるって。金をよこせ!とかは言わないよ」

ぬいは少しふざけた口調で言う。ヴァーツラフには冗談が通じない。だが、それでも言ってみたくなるほど、この先の未来への緊張感を抱いていたからだ。

「それは可能である」

「え?」

ぬいは空いた口がふさがらなかった。もし渡されていたのであれば、服を売らずに済んだし、空腹で倒れることもなかったのだから。

「これまでの異邦者も当面の資金を要求してきた者はいた。だが、そなたともう一人は望まなかった。そうであろう?」

「……確かに。それは言えてるかも」

施しだとずっと負い目に感じていたかもしれない。息をひそめるように、つつましやかに暮らしていただろう。

それに放っておかれなければ、アンナとシモンに出会うこともなかった。ぬいは今更文句を言うことはやめておいた。

「わたしがお願いするのはいくつかの質問に答えてほしいのと‥‥トゥーくんをここへ呼んで欲しい」

ぬいは彼の連絡先はもちろん、どこに住んでいるのかもわからない。尋ねて回ったら誰かが教えてくれたかもしれないが、あまりにも人気があり過ぎる存在である。思わぬ勘違いをされてしまうだろう。
ミレナに頼む手もあったが、これからする話を彼女に聞かれるわけにはいかない。

「よかろう」

ヴァーツラフは同意すると、聖句を唱えその場から掻き消えた。



「お待たせ~今日はどうしたの?俺を呼び出すなんて」

二人がが同時に戻ってくると、トゥーは座って待っていたぬいの横に腰を下ろした。いつも通りの仮面姿で、座った瞬間止め紐が揺れた。

もちろん適切な距離を保っているが、少し近いようにも思える。

「あっ、ごめん。いつもの癖で。これノルに見られたら殺されるわ」

ぞっとしたように、体をさするが少しふざけた調子である。

「ノルくんはそんなことしないよ」

ぬいがそう言うと、トゥーは嬉しそうに顔をほころばせる。

「分かってるって。言葉のあやってやつだ。でも視線で殺そうとする努力くらいはしてくると思う」

「なにそれ」

二人は共通の友人である、ノルやミレナの話をしながらひとしきり笑いあう。外で彼と会話をするときは周りを警戒してしまうが、それさえなければ普通に話せるようであった。

「それで、用ってなんだったっけ?」

脱線しそうになった話をトゥーが元に戻す。

「ヴァーツラフに、異邦者について聞きたいことがあって。トゥーくんも居た方がいいと思ったんだ」

ぬいが真剣味を帯びた声で言うと、トゥーの顔は引き締まった。

「ごめんね。勝手に要求して、放っておいて。つまらなかったでしょ?」

「この者にそのような感情はない」

ヴァーツラフはいつも通り無表情で言う。あると思うんだけどなと、ぬいは小さくつぶやくと向き直る。

「わたしには感情の欠落が存在している。多分トゥーくんも。今までの異邦者もそうだった?」

「否。そなたと異邦者トゥーのみである」

「やっぱり……」

ぬいとトゥーは同時に言うと、顔を見合わせた。

「呼んでよかったみたいだね」

「うん……くれぐれもミレナに聞かれないように、耳をそばだてておく」

「ありがとう」

トゥーはミレナが抱いている感情に気が付いている。ひょっとするとぬいと同じような状況に陥っているのかもしれない。

「その意味については答えられる?」

ぬいは慎重に言葉を選んで発した。

「それってさ、この国の人に深い思い入れを持たないようにするためってこと?」

トゥーは核心をつくような言葉を言った。

問われたヴァーツラフはどう答えるべきか、考えているようだ。

もっと、最初のうちに彼と対話をしておくべきであった。教義について語りたがりがちだが、聞けば内容はともあれ答えてくれる。ぬいは少しだけ後悔した。

「それは神に与えられし、守りにして壁である」

案の定ヴァーツラフの回答は難しいものであった。

「神はわたしの弟であってる?」

「然り、かつて弟であった存在である」

トゥーは初耳だったのか、驚いている。

「わたしだけでなく、なぜトゥーくんも同じ状況になっているの?」

ぬいだけがなんらかの理由でこの状態になっているのであれば、それは理解できただろう。

だが、トゥーも巻き込まれているのが分からない。そもそも彼はぬいよりだいぶ前にここへやってきている。

「賽は投げられている。いずれそなたたちは審判の時を迎えるだろう」

ヴァーツラフの言い方は変わらず難解だ。ぬいはよく理解できず、首をひねったがトゥーは違うようだ。

「俺たちが死ぬってわけじゃ……ないよね?」

トゥーはひどく怯えていた。声がひどく震えていたからだ。体も同じなのか、仮面がカタカタと揺れている音がする。

それを聞いたぬいも、急な恐怖に見舞われる。根幹を揺るがすような何かが、そこにはあった。

「そなたらは異邦者になったが、まだ定着していない。その恐れは無用のものである」

ヴァーツラフがきっぱり言い切ると、二人はホッとして震えを止めた。

「それを分かっていたからこそ、そなたらは大きく行動できた。そうであろう?」

「確かに……」

トゥーは心当たりがあるのか、あごに手を当てて考えている。勇者と呼ばれるくらいだ、危険は散々犯しているに違いない。

ぬい自身も浄化作業の時、相手が襲ってこようとも己の死を一瞬たりとも意識しなかった。

さらに、水晶宮で尋常ではないほど食事を摂っている。たまたまノルに毒が当たったように見えたが、あの量の食事に何もないはずがない。おそらく、毒が無効化されていたのだろう。今なら浴びる程酒を飲んでも、なにも変わらないに違いない。

「そなたらは自由だ。この先がどうなろうとも、神はただ安寧を祈っている」

そう言うと、ヴァーツラフは祈りを捧げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】試される愛の果て

野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。 スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、 8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。 8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。 その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、 それは喜ぶべき縁談ではなかった。 断ることなったはずが、相手と関わることによって、 知りたくもない思惑が明らかになっていく。

毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

消えた幼馴染の身代わり婚約者にされた私。しかし消えた幼馴染が再びその姿を現したのでした。

新野乃花(大舟)
恋愛
セレステラとの婚約関係を確信的なものとしていた、トリトス第三王子。しかしある日の事、セレステラは突然にその姿をくらましてしまう。心に深い傷を負う形となったトリトスはその後、アリシアという貴族令嬢を強引に自分の婚約者とし、いなくなったセレステラの事を演じさせることにした。アリシアという名前も取り上げてセレステラと名乗らせ、高圧的にふるまっていたものの、その後しばらくして、いなくなったセレステラが再びトリトスの前に姿を現すのだった…。

処理中です...