44 / 139
本編
43:血脈
しおりを挟む
「ノルくん、なんか具合……じゃない、何かあったの?大丈夫?」
体調不良を聞きそうになり、ぬいは慌てて言い方を変えた。
二人は公園のベンチに座っていた。もちろんぬいの片手は軽食でうまっている。
もう片方の手は空いていたが、なぜかノルに手を重ねられている。その腕には彼からもらった水晶の腕輪がつけられていた。
そんなに無理しなくていいと伝えると、意地を張ったのかずっと離さない。
「ただの……災害みたいなものだ」
濁してはいるが、確実に彼と会ってからである。
「もしかして、トゥーくんと何かあった?」
「何もない」
取り付く島もないし、ノル自身も答えたくなさそうだ。ぬいは追求することをやめて、食事をすべて平らげた。
そのあとは特にすることもなく、ボーっと空を眺める。特に会話は無く、ゆっくりとした時間を共有していた。
話さずとも気まずくなることはなく、ただ居心地の良さに身を任せる。
「あれ、そこに居るのは」
顔を上げると、そこには長い髪を一つにまとめた青年。ペトルが立っていた。一人ではなく、横に女性を連れている。
「これはこれは、久しぶりだね。異邦者ヌイ」
「こんにちは、セドニクさん」
二人が挨拶を交わすと、横の女性も優雅に一礼した。
「セドニク家の者がなんの用だ?会合はまだないはずだが」
言っていることはいたって真面目である。だが、ノルは重ねていた手を外すと、ぬいの肩を掴んで引き寄せた。
急になんだと横を見ると、ノルの顔は警戒心に満ち溢れていた。
「会うたびにお役目の話をするつもりはないんだけどね」
ペトルは困ったように肩をすくめる。
「古い知人と最近の知人に会ったから、声をかけただけなんだけど、お邪魔だったようだ」
「その通り、邪魔だ」
肩を掴む手が強くなる。ちょっと落ち着こうよと、ぬいはノルの腰のあたりを手でつついてみるが反応はない。
「スヴァトプルクの家に再び異邦者の血が入ることになる……か。太く短い血脈は正常に戻される。吉報だね」
「前にも言ったはずだ。そんな理由で選んだわけではない」
ノルはペトルのことをにらみつける。
「そうだね、聞いたよ。前はこちらからお断りだとか言っていたけど。今はどう見ても大歓迎のようだ」
「くっ……」
反論できないことを返されたのか、ノルは口をつぐんだ。
「血?ノルくん、もしかしてわたしの生き血が必要になって、困ってたの?」
ぬいは前に契約の魔法で血を流したことを思い出す。必要ならば差し出そうと、献血感覚で腕をまくった。
「要らないから、不必要に肌を見せるな!」
ノルが大声を上げると、ペトルの横の女性が笑い声を小さく漏らした。口元に手をあて、優雅に笑っている。嘲笑ではなく、純粋な笑みであり、嫌な気持ちにはなるものではなかった。
「それではお邪魔したね。どうぞ、お幸せに」
ペトルはヒラヒラと手を振り、去って行った。
「ノルくん、もしどうにもならない理由があって、血が必要だったら言ってね」
ぬいは前に自ら刺した腕を指さす。
「だから要らないと言ってるだろう。それに、そこはやめろと言ったはずだ。もし欲しくなったなら、指からもらう」
ノルは左手でぬいの右手を掴み引き寄せると、指を一つ一つ撫でた。
「えっと、あのさ。そろそろ離れない?セドニクさんは居なくなったんだし」
未だぬいの肩を掴んだままである。おまけにもう片方の手もふさがれている。
「こんな公の場ではさすがに良くないって。勘違いされるから」
「別に気にしないし、構わない」
「そういう問題じゃないって!貴族間ではよく揚げ足を取られるって言われたし。ノルくんもそう言ったでしょ?」
そう言うと、彼はしぶしぶ体を離した。
「そもそもセドニクさんに見られてたけど、いいの?逆に近づいたりなんかして」
「あいつはやたらめったら、悪く言いふらすような人間ではない」
その言葉は、長年の知己であるがゆえの信頼を感じるものだった。
「あのさ、太く短い血脈って……その、なに?聞いてもいい?」
ノルの過去に関わることについて、ぬいはこれ以上聞くつもりはなかった。だが、嫌な予感がしたのである。
――もしかしたら、ノルはあまり長生きできないのではないかと。
そんな不安を悟られたのか、ノルはぬいの頭を撫でるとほほ笑んだ。
「あまり大声では言えないことなんだが」
ノルは再びぬいを引き寄せる、今度は腰を掴んで密着させられた。理由が明確であるため、ぬいはまた距離を縮められても文句は言わなかった。
「そう不安そうな顔をするな。僕は簡単に死んだりしない」
誰かに聞かれないようにするためだろう、耳元の近くでささやくように言う。
「薄命そうに見えるか?」
「ううん、全然。すごく強そうだと思う。よく鍛えてるし」
こうして何度も引き寄せられていると、ノルがどれほど鍛錬をしているかが分かる。服越しに感じる筋肉は日々の努力を伺わせた。
「たぶん風邪もあまりひいてないでしょ?」
この国で風邪は御業さえ使えばものの一時間で治る。しかし、普段の生活習慣が悪ければそうはいかない。
見たところ、ノルは規則正しい生活を送っていそうだ。ぬい自身もそうであったが、堕神が夜に現れることはないのだろう。
「でもね、だからこそ心配なんだ。強そうな人ほど、ある日急に……」
どんな記憶から基づいて、その言葉が出たかはわからなかった。目が追想しようとして、ノルの嫌がるものに変わっていく。
すると彼はもう片方の手を回して、ぬいのことを抱きしめた。
「不安にさせて悪かった」
突然の行動に、ぬいは元に戻っていくのを感じる。優しく背中を叩かれると、完全に掻き消えた。
「次の休みに家へ来てほしい。そこでスヴァトプルク家について話そう」
体調不良を聞きそうになり、ぬいは慌てて言い方を変えた。
二人は公園のベンチに座っていた。もちろんぬいの片手は軽食でうまっている。
もう片方の手は空いていたが、なぜかノルに手を重ねられている。その腕には彼からもらった水晶の腕輪がつけられていた。
そんなに無理しなくていいと伝えると、意地を張ったのかずっと離さない。
「ただの……災害みたいなものだ」
濁してはいるが、確実に彼と会ってからである。
「もしかして、トゥーくんと何かあった?」
「何もない」
取り付く島もないし、ノル自身も答えたくなさそうだ。ぬいは追求することをやめて、食事をすべて平らげた。
そのあとは特にすることもなく、ボーっと空を眺める。特に会話は無く、ゆっくりとした時間を共有していた。
話さずとも気まずくなることはなく、ただ居心地の良さに身を任せる。
「あれ、そこに居るのは」
顔を上げると、そこには長い髪を一つにまとめた青年。ペトルが立っていた。一人ではなく、横に女性を連れている。
「これはこれは、久しぶりだね。異邦者ヌイ」
「こんにちは、セドニクさん」
二人が挨拶を交わすと、横の女性も優雅に一礼した。
「セドニク家の者がなんの用だ?会合はまだないはずだが」
言っていることはいたって真面目である。だが、ノルは重ねていた手を外すと、ぬいの肩を掴んで引き寄せた。
急になんだと横を見ると、ノルの顔は警戒心に満ち溢れていた。
「会うたびにお役目の話をするつもりはないんだけどね」
ペトルは困ったように肩をすくめる。
「古い知人と最近の知人に会ったから、声をかけただけなんだけど、お邪魔だったようだ」
「その通り、邪魔だ」
肩を掴む手が強くなる。ちょっと落ち着こうよと、ぬいはノルの腰のあたりを手でつついてみるが反応はない。
「スヴァトプルクの家に再び異邦者の血が入ることになる……か。太く短い血脈は正常に戻される。吉報だね」
「前にも言ったはずだ。そんな理由で選んだわけではない」
ノルはペトルのことをにらみつける。
「そうだね、聞いたよ。前はこちらからお断りだとか言っていたけど。今はどう見ても大歓迎のようだ」
「くっ……」
反論できないことを返されたのか、ノルは口をつぐんだ。
「血?ノルくん、もしかしてわたしの生き血が必要になって、困ってたの?」
ぬいは前に契約の魔法で血を流したことを思い出す。必要ならば差し出そうと、献血感覚で腕をまくった。
「要らないから、不必要に肌を見せるな!」
ノルが大声を上げると、ペトルの横の女性が笑い声を小さく漏らした。口元に手をあて、優雅に笑っている。嘲笑ではなく、純粋な笑みであり、嫌な気持ちにはなるものではなかった。
「それではお邪魔したね。どうぞ、お幸せに」
ペトルはヒラヒラと手を振り、去って行った。
「ノルくん、もしどうにもならない理由があって、血が必要だったら言ってね」
ぬいは前に自ら刺した腕を指さす。
「だから要らないと言ってるだろう。それに、そこはやめろと言ったはずだ。もし欲しくなったなら、指からもらう」
ノルは左手でぬいの右手を掴み引き寄せると、指を一つ一つ撫でた。
「えっと、あのさ。そろそろ離れない?セドニクさんは居なくなったんだし」
未だぬいの肩を掴んだままである。おまけにもう片方の手もふさがれている。
「こんな公の場ではさすがに良くないって。勘違いされるから」
「別に気にしないし、構わない」
「そういう問題じゃないって!貴族間ではよく揚げ足を取られるって言われたし。ノルくんもそう言ったでしょ?」
そう言うと、彼はしぶしぶ体を離した。
「そもそもセドニクさんに見られてたけど、いいの?逆に近づいたりなんかして」
「あいつはやたらめったら、悪く言いふらすような人間ではない」
その言葉は、長年の知己であるがゆえの信頼を感じるものだった。
「あのさ、太く短い血脈って……その、なに?聞いてもいい?」
ノルの過去に関わることについて、ぬいはこれ以上聞くつもりはなかった。だが、嫌な予感がしたのである。
――もしかしたら、ノルはあまり長生きできないのではないかと。
そんな不安を悟られたのか、ノルはぬいの頭を撫でるとほほ笑んだ。
「あまり大声では言えないことなんだが」
ノルは再びぬいを引き寄せる、今度は腰を掴んで密着させられた。理由が明確であるため、ぬいはまた距離を縮められても文句は言わなかった。
「そう不安そうな顔をするな。僕は簡単に死んだりしない」
誰かに聞かれないようにするためだろう、耳元の近くでささやくように言う。
「薄命そうに見えるか?」
「ううん、全然。すごく強そうだと思う。よく鍛えてるし」
こうして何度も引き寄せられていると、ノルがどれほど鍛錬をしているかが分かる。服越しに感じる筋肉は日々の努力を伺わせた。
「たぶん風邪もあまりひいてないでしょ?」
この国で風邪は御業さえ使えばものの一時間で治る。しかし、普段の生活習慣が悪ければそうはいかない。
見たところ、ノルは規則正しい生活を送っていそうだ。ぬい自身もそうであったが、堕神が夜に現れることはないのだろう。
「でもね、だからこそ心配なんだ。強そうな人ほど、ある日急に……」
どんな記憶から基づいて、その言葉が出たかはわからなかった。目が追想しようとして、ノルの嫌がるものに変わっていく。
すると彼はもう片方の手を回して、ぬいのことを抱きしめた。
「不安にさせて悪かった」
突然の行動に、ぬいは元に戻っていくのを感じる。優しく背中を叩かれると、完全に掻き消えた。
「次の休みに家へ来てほしい。そこでスヴァトプルク家について話そう」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?
キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。
戸籍上の妻と仕事上の妻。
私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。
見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。
一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。
だけどある時ふと思ってしまったのだ。
妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣)
モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。
アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。
あとは自己責任でどうぞ♡
小説家になろうさんにも時差投稿します。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる