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本編
33:強制看護
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ノルの傍へと戻ると静かな寝息が聞こえてきた。どうやら疲れ果てて眠ってしまったらしい。
「ノルくん?寝てるよね」
念のため声をかけてみるが反応はない。ぬいは手元のタオルとシャツを見た。
「ま、寝てるならいっか」
◇
「……ここは」
ノルが眩しそうに眼を開く。いままで一度も見たことがない、油断しきった顔である。
「あ、起きた。よかった、よかった」
しかし、ぬいが声をかけた途端顔を強張らせた。辺りを軽く見渡し、自分の状態を確認する。シャツが自分のものではないことに気づいたらしい。
「あー、それね。その辺にあったやつ」
「……なにをした?」
「拭いて着替えさせただけだよ?上だけだし」
大変だったよとぬいが言うとノルは眉間の皺を深めた。
「見たのか?」
「うん、見たよ。じゃなきゃできないし」
ぬいは不思議そうに首をかしげる。するとノルは深く長いため息を吐くと、顔を背けた。
「あっ、ごめん。嫌だったよね。でも緊急事態だったし。それに、苦しんだ状態で放置されるって、すごく悲しくない?」
ぬいは過去の薄い記憶を思い出したのか、顔をしかめるがすぐに戻した。
「消毒液はなかったし……片手は手袋してたから、ギリギリセーフじゃない?うん……えっと、その。よく鍛えてた。さすがだね!」
ぬいはどう言っていいかわからず、支離滅裂なことを口にすると最後は親指を立てて、片眼を閉じる。無理にほほ笑もうとしたのか、口元がどこか引きつっていた。
それを見たノルはしばらく硬直した後、足を曲げ膝に額を付けた。
「本当に君は……意味が分からない。さっきだって、僕が倒れ込んだ時に避ければいいというのに。なぜそうしなかった?」
「わたしが避けたらケガするなって、そう思っただけだよ」
「それだけか?」
「うん、ちゃんと耐えて自分で支えてたし。頑張ったねとしか」
「やはり意味不明だ。そのあとの行動も……こんなひねくれた態度を取る奴に近づかれるなど、不快以外のなにものでもないだろう」
「態度と距離は別ものだし、緊急事態になにを言ってるの?ノルくんにはちゃんと常識があって、なんだかんだで親切だから、そんなこと気にしないよ」
「君は……なぜそうやっていつも人を誉める?なぜ悪態をついたり貶したりしない?」
「うーん、だってさ。子供の頃って基本的に何してもほめられるよね?で、それが成長するごとに当たり前になって、なにも言われなくなる」
「当たり前だろ。真っ直ぐ歩けてすごいなど、皮肉でしかない」
ノルは嫌味たっぷりに言うが顔が見えないため、どんな表情をしているかはわからない。
「でもわたしはそれがなんだか辛くて。大人になるごとになにも言われなくなる。それが嫌で、人のいいところを見極めるようにしてるんだ」
ただの自己満足なんだけどね、とぬいは苦笑いする。
ここでノルは顔を上げる。水晶の過去映しで、彼は彼女の過去の一端を見ている。その言葉が過去に起因するものだと理解したからだ。
「でも、ノルくんが無事でよかったよ。結構心配したからね」
生命の危機という状況から脱したからか、ぬいは安心して自然な笑顔をむけた。その目はどこか慈愛に満ちていて、いつものような無表情さはない。
「っな……」
それを見た瞬間、ノルは顔を赤くする。かけてあったブランケットを引き寄せ、頭からかぶった。
「え?どうしたの?熱でもでてきた?」
ぬいはノルの傍に近寄ると肩に手を置く。
「近づくな!触るな、こ、この堕神!」
大きな声で拒否された。しかしいつものような嘲りは混じっていない。むしろ無理やり罵倒をしようとした様子である。
「そんな大声出して、悪化したらどうするの?そもそも、あの急な具合の悪さはなんだったんだろうね」
「大したことはない、毒を飲んだだけだ」
「えっ!なにそれ……大したことあるよね?うん、大有りだよ!いったい、いつ……」
ノルが口にしていたものは、押し付けたグラスといくつかの食事だ。
後者に関しては同じ皿に盛られていたものを食べている。そうであれば、ぬいもただでは済まなかっただろう。
「もしかして、わたしが渡したお酒?」
ぬいは青ざめる。自分のせいでこんな事態になってしまったのだと。その声色でノルは察したのか、ブランケットを放り投げると彼女のことを見る。
「違う、君のせいではない。この国で、特に貴族社会で毒を盛ることなど日常茶飯事だ」
「なにその、殺伐とした社会」
ぬいは呆れた顔をする。
「この国で解毒は誰もできるし、すぐに対処すれば何の問題もない」
「そうじゃない人はどうするの」
「周りの人がすぐに対処する。異国の者を毒で死なせたとなれば、末代までの恥だ」
だからこそ、この国で他国出身者は生きづらいのだろう。治るからと言って、毒を気軽に仕込むなど意味が分からない。根本的に価値観が異なっているようだ。
「なんですぐに御業を使わなかったの?」
「親しい間柄でなければ、体調不良を知られることは恥だ。特に貴族相手に察されたら、いつ揚げ足を取られるかわからない」
「なるほど」
ぬいは勘違いをしていた。一見平和そうに見えるこの国でも色々と問題はあるらしい。
「何はともあれ、ノルくんはわたしに盛られるはずだった毒を飲んでくれたってことだよね」
「違う。君を狙ってやったことではない。言っただろう、よくあることだと。無作為にそういったイタズラを起こす者はまあまあ居るんだ」
「うわー……」
今まで深刻な文化的差異はないと思っていたが、どうやら違ったようだ。おそらく下剤感覚で毒を混ぜるのだろう。
「もしあれを飲んでそのままだったらどうなってた?」
「死にはしないが、一晩苦しむ」
「最悪だよ。やっぱり礼を言うべきだね、ありがとう」
ぬいは皇帝と対峙した時のように頭を下げた。
「なんで君の方が礼を言ってるんだ。別に……あれくらい誰だって助けた」
ノルは歯切れ悪く言う。その顔はどことなく申し訳なさそうであった。
「ノルくん?寝てるよね」
念のため声をかけてみるが反応はない。ぬいは手元のタオルとシャツを見た。
「ま、寝てるならいっか」
◇
「……ここは」
ノルが眩しそうに眼を開く。いままで一度も見たことがない、油断しきった顔である。
「あ、起きた。よかった、よかった」
しかし、ぬいが声をかけた途端顔を強張らせた。辺りを軽く見渡し、自分の状態を確認する。シャツが自分のものではないことに気づいたらしい。
「あー、それね。その辺にあったやつ」
「……なにをした?」
「拭いて着替えさせただけだよ?上だけだし」
大変だったよとぬいが言うとノルは眉間の皺を深めた。
「見たのか?」
「うん、見たよ。じゃなきゃできないし」
ぬいは不思議そうに首をかしげる。するとノルは深く長いため息を吐くと、顔を背けた。
「あっ、ごめん。嫌だったよね。でも緊急事態だったし。それに、苦しんだ状態で放置されるって、すごく悲しくない?」
ぬいは過去の薄い記憶を思い出したのか、顔をしかめるがすぐに戻した。
「消毒液はなかったし……片手は手袋してたから、ギリギリセーフじゃない?うん……えっと、その。よく鍛えてた。さすがだね!」
ぬいはどう言っていいかわからず、支離滅裂なことを口にすると最後は親指を立てて、片眼を閉じる。無理にほほ笑もうとしたのか、口元がどこか引きつっていた。
それを見たノルはしばらく硬直した後、足を曲げ膝に額を付けた。
「本当に君は……意味が分からない。さっきだって、僕が倒れ込んだ時に避ければいいというのに。なぜそうしなかった?」
「わたしが避けたらケガするなって、そう思っただけだよ」
「それだけか?」
「うん、ちゃんと耐えて自分で支えてたし。頑張ったねとしか」
「やはり意味不明だ。そのあとの行動も……こんなひねくれた態度を取る奴に近づかれるなど、不快以外のなにものでもないだろう」
「態度と距離は別ものだし、緊急事態になにを言ってるの?ノルくんにはちゃんと常識があって、なんだかんだで親切だから、そんなこと気にしないよ」
「君は……なぜそうやっていつも人を誉める?なぜ悪態をついたり貶したりしない?」
「うーん、だってさ。子供の頃って基本的に何してもほめられるよね?で、それが成長するごとに当たり前になって、なにも言われなくなる」
「当たり前だろ。真っ直ぐ歩けてすごいなど、皮肉でしかない」
ノルは嫌味たっぷりに言うが顔が見えないため、どんな表情をしているかはわからない。
「でもわたしはそれがなんだか辛くて。大人になるごとになにも言われなくなる。それが嫌で、人のいいところを見極めるようにしてるんだ」
ただの自己満足なんだけどね、とぬいは苦笑いする。
ここでノルは顔を上げる。水晶の過去映しで、彼は彼女の過去の一端を見ている。その言葉が過去に起因するものだと理解したからだ。
「でも、ノルくんが無事でよかったよ。結構心配したからね」
生命の危機という状況から脱したからか、ぬいは安心して自然な笑顔をむけた。その目はどこか慈愛に満ちていて、いつものような無表情さはない。
「っな……」
それを見た瞬間、ノルは顔を赤くする。かけてあったブランケットを引き寄せ、頭からかぶった。
「え?どうしたの?熱でもでてきた?」
ぬいはノルの傍に近寄ると肩に手を置く。
「近づくな!触るな、こ、この堕神!」
大きな声で拒否された。しかしいつものような嘲りは混じっていない。むしろ無理やり罵倒をしようとした様子である。
「そんな大声出して、悪化したらどうするの?そもそも、あの急な具合の悪さはなんだったんだろうね」
「大したことはない、毒を飲んだだけだ」
「えっ!なにそれ……大したことあるよね?うん、大有りだよ!いったい、いつ……」
ノルが口にしていたものは、押し付けたグラスといくつかの食事だ。
後者に関しては同じ皿に盛られていたものを食べている。そうであれば、ぬいもただでは済まなかっただろう。
「もしかして、わたしが渡したお酒?」
ぬいは青ざめる。自分のせいでこんな事態になってしまったのだと。その声色でノルは察したのか、ブランケットを放り投げると彼女のことを見る。
「違う、君のせいではない。この国で、特に貴族社会で毒を盛ることなど日常茶飯事だ」
「なにその、殺伐とした社会」
ぬいは呆れた顔をする。
「この国で解毒は誰もできるし、すぐに対処すれば何の問題もない」
「そうじゃない人はどうするの」
「周りの人がすぐに対処する。異国の者を毒で死なせたとなれば、末代までの恥だ」
だからこそ、この国で他国出身者は生きづらいのだろう。治るからと言って、毒を気軽に仕込むなど意味が分からない。根本的に価値観が異なっているようだ。
「なんですぐに御業を使わなかったの?」
「親しい間柄でなければ、体調不良を知られることは恥だ。特に貴族相手に察されたら、いつ揚げ足を取られるかわからない」
「なるほど」
ぬいは勘違いをしていた。一見平和そうに見えるこの国でも色々と問題はあるらしい。
「何はともあれ、ノルくんはわたしに盛られるはずだった毒を飲んでくれたってことだよね」
「違う。君を狙ってやったことではない。言っただろう、よくあることだと。無作為にそういったイタズラを起こす者はまあまあ居るんだ」
「うわー……」
今まで深刻な文化的差異はないと思っていたが、どうやら違ったようだ。おそらく下剤感覚で毒を混ぜるのだろう。
「もしあれを飲んでそのままだったらどうなってた?」
「死にはしないが、一晩苦しむ」
「最悪だよ。やっぱり礼を言うべきだね、ありがとう」
ぬいは皇帝と対峙した時のように頭を下げた。
「なんで君の方が礼を言ってるんだ。別に……あれくらい誰だって助けた」
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