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本編
29:水晶宮
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「ミレナちゃん、準備できたよ」
「まあ、ヌイさま。本当にご自分で着用されたんですね」
ぬいは青緑を基調としたノースリーブのドレスを着ていた。胸元は首あたりまで隠されているが、背中が大きくあいている。裾には黒いレースが施され、腰には同色のリボンのベルト。腕には肘までの長さがある黒い手袋をつけていた。
髪型はいつもと変わらない二つ結びであるが、編み込みがいくつか施されている。
「ミレナちゃんは……あれ?なんでドレスじゃないの?」
ミレナはいつもよりすこしだけ豪華な刺繍が施された、神官服を着ていた。手には青色の冠が先端についた錫杖を持っていて、所々宝石や水晶がちりばめられている。
「わたくしは皇帝位継承権を放棄し、神官を選んだ身です。後ほど着替えますが、最初は儀礼服と申し付けられているのです」
「そっか、その服も似合ってるね」
「ヌイさますてきです」
互いに微笑みを交わす。ぬいの表情は、口角が軽く上がっただけのように見えるが、その目はとても暖かい。
「で、ここからどうやって行くの?この靴だし、長時間歩けないと思うんだけど」
ぬいは軽く足をあげ、ヒールを見た。そう高いものではないが、何十分も歩きどおしはさすがに堪えるからだ。
「ご安心ください、そろそろいらっしゃいます」
そう言うミレナの頬が桃色に染まった瞬間、ぬいはすぐに察した。
「お待たせ~」
間延びした声が聞こえたと思うと、すぐ横にトゥーが現れた。
「うわっ、ミレナのその服久しぶりに見たけど、すっごい綺麗だ」
トゥーがまじまじと見つめると、ミレナは照れから顔を少しだけ逸らした。
「ありがとうございます」
「もちろん、ぬいもな」
「あ、どうも」
顔は見えないがもし見えるのであれば、さぞさわやかな表情だっただろう。声色だけでそれが分かる。それに対してぬいはいつも通りであった。
トゥーは何の生き物か判断し辛い仮面をつけていた。鹿のようであるが、描かれたまなざしは神々しさを醸し出している。大きな二本の角は何本も枝分かれしていて、狭所にはむいてなさそうだ。
着用している服は中世の貴族のようなものであったが、和風の仮面と合わさると、なんだかちぐはぐな印象である。視線の大部分を面に持っていかれる。
「よっし、それじゃあ行こうか」
ミレナは顔を赤くしながら「はい」と言いそっとトゥーの腕に手を添えた。
空いた手でぬいに手を差し出してきたが、それを無視してミレナの神官服をつかんだ。
トゥーは一瞬止まると、困ったような笑い声をあげる。そして、気を取り直すように剣を引き抜き掲げた。前に見たものよりも見た目重視なのか、キラキラと水晶が輝いている。
「転移!」
◇
「こちらに顕現されし存在は、異邦者にして勇者と名高いトゥーである」
移動が終わったと思いきや、いきなり何かがはじまった。きらびやかな室内に囲む人々。そのど真ん中に三人は転移した。
無遠慮に見渡す余裕もなく、ぬいは固まっていた。
「ありがとうございます!皆様のご協力のおかげです。本日はこのような会を開いていただき、大変うれしく思います」
トゥーは掲げていた剣を仕舞うと、堂々と皇帝と思わしき人物の前に立ち礼をした。
その仕草はどう見ても、この国のものではない。ぬいと同じ出身だととれる行動であった。
ヴァーツラフが陸上部と言ったことから、薄々そんな気がしていたがやはりあたりであった。
ぬいはその様子をぼーっと眺めていたが、頭をあげたトゥーが振り返る。仮面をつけているので、もちろん表情は分からない。
しかし、ミレナが小さく「ヌイさま」と」言ったことから、すぐに察し動き出す。
どこに立てばいいかわからなかったが、間違ってもトゥーの後ろではなく横だろう。ぬいは背筋を伸ばしてそこまでたどり着くと顔を上げた。
目の前には水晶でできた冠を被った皇帝が堂々と立っている。髪の色はミレナと一緒であるが顔のつくりはあまり似ていない。
おそらく彼女は母親似なのだろう。唯一の相違は涼やかな目元であった。
ぬいを見ると、皇帝と言うよりは近所のおじさんのような、親し気な笑みを浮かべる。
「そして、新たに顕現した異邦者ヌイである」
顔を遠くに向け宣言した瞬間、表情が皇帝のものに切り替わる。ぬいは先ほどのトゥーに倣って礼をした。
「どうか、このかつて神であった者たちに祝福と安寧を。末永きこの国の平和を願って」
皇帝が胸元に手を当て、祈りの仕草を取る。
「神々よ、日々の見守りに感謝を」
いつもの祈りの言葉を告げると、周りの人たちも大きく復唱した。
◇
挨拶が終わった後、二人は連れ立って控室に来ていた。
とは言っても、慌ただしく着飾られているミレナに対し、ぬいは軽く化粧を直されているだけである。
「勇者さま……本当にかっこよかったです」
ミレナはトゥーの堂々とした態度が忘れられないのか、頬を染めてボーっとしている。
確かにトゥーの対応は立派なものであった。一見考えなしの無鉄砲に見えるが、ちゃんとぬいに対する気遣いがあった。
あの派手な面も、おそらく自分に目を向けさせるためだろう。そのおかげか、やたらめったら絡まれるようなことはなかった。
少しの間が空いたが、ミレナはすぐに我に返りハッとした顔でぬいのことを見る。
「すみません。変にどう行動するかを説明しては、かえって緊張してしまうかと思いまして」
そうするように、おそらくトゥーがミレナに言ってあったのだろう。
「びっくりしたけど、むしろあの程度でよかったの?」
ぬいがしたことと言えば、お辞儀をしただけである。一言も発してすらいない。
「ええ、皇族が揃って複数の異邦者を独占するのは、よくありませんから」
「なるほど」
ぬいとしても、皇族や貴族の人たちと挨拶周りをするのは遠慮願いたかった。
「この後って、どうすればいいの?」
「好きに過ごしてくださって構いません。わたくしは残念ながら、共に居ることはできませんので」
ミレナは申し訳なさそうに言う。
「もし嫌になって、帰りたければいつでも出ても大丈夫です。ヌイさまの行動は制限されませんから」
「そう、わかった」
「まあ、ヌイさま。本当にご自分で着用されたんですね」
ぬいは青緑を基調としたノースリーブのドレスを着ていた。胸元は首あたりまで隠されているが、背中が大きくあいている。裾には黒いレースが施され、腰には同色のリボンのベルト。腕には肘までの長さがある黒い手袋をつけていた。
髪型はいつもと変わらない二つ結びであるが、編み込みがいくつか施されている。
「ミレナちゃんは……あれ?なんでドレスじゃないの?」
ミレナはいつもよりすこしだけ豪華な刺繍が施された、神官服を着ていた。手には青色の冠が先端についた錫杖を持っていて、所々宝石や水晶がちりばめられている。
「わたくしは皇帝位継承権を放棄し、神官を選んだ身です。後ほど着替えますが、最初は儀礼服と申し付けられているのです」
「そっか、その服も似合ってるね」
「ヌイさますてきです」
互いに微笑みを交わす。ぬいの表情は、口角が軽く上がっただけのように見えるが、その目はとても暖かい。
「で、ここからどうやって行くの?この靴だし、長時間歩けないと思うんだけど」
ぬいは軽く足をあげ、ヒールを見た。そう高いものではないが、何十分も歩きどおしはさすがに堪えるからだ。
「ご安心ください、そろそろいらっしゃいます」
そう言うミレナの頬が桃色に染まった瞬間、ぬいはすぐに察した。
「お待たせ~」
間延びした声が聞こえたと思うと、すぐ横にトゥーが現れた。
「うわっ、ミレナのその服久しぶりに見たけど、すっごい綺麗だ」
トゥーがまじまじと見つめると、ミレナは照れから顔を少しだけ逸らした。
「ありがとうございます」
「もちろん、ぬいもな」
「あ、どうも」
顔は見えないがもし見えるのであれば、さぞさわやかな表情だっただろう。声色だけでそれが分かる。それに対してぬいはいつも通りであった。
トゥーは何の生き物か判断し辛い仮面をつけていた。鹿のようであるが、描かれたまなざしは神々しさを醸し出している。大きな二本の角は何本も枝分かれしていて、狭所にはむいてなさそうだ。
着用している服は中世の貴族のようなものであったが、和風の仮面と合わさると、なんだかちぐはぐな印象である。視線の大部分を面に持っていかれる。
「よっし、それじゃあ行こうか」
ミレナは顔を赤くしながら「はい」と言いそっとトゥーの腕に手を添えた。
空いた手でぬいに手を差し出してきたが、それを無視してミレナの神官服をつかんだ。
トゥーは一瞬止まると、困ったような笑い声をあげる。そして、気を取り直すように剣を引き抜き掲げた。前に見たものよりも見た目重視なのか、キラキラと水晶が輝いている。
「転移!」
◇
「こちらに顕現されし存在は、異邦者にして勇者と名高いトゥーである」
移動が終わったと思いきや、いきなり何かがはじまった。きらびやかな室内に囲む人々。そのど真ん中に三人は転移した。
無遠慮に見渡す余裕もなく、ぬいは固まっていた。
「ありがとうございます!皆様のご協力のおかげです。本日はこのような会を開いていただき、大変うれしく思います」
トゥーは掲げていた剣を仕舞うと、堂々と皇帝と思わしき人物の前に立ち礼をした。
その仕草はどう見ても、この国のものではない。ぬいと同じ出身だととれる行動であった。
ヴァーツラフが陸上部と言ったことから、薄々そんな気がしていたがやはりあたりであった。
ぬいはその様子をぼーっと眺めていたが、頭をあげたトゥーが振り返る。仮面をつけているので、もちろん表情は分からない。
しかし、ミレナが小さく「ヌイさま」と」言ったことから、すぐに察し動き出す。
どこに立てばいいかわからなかったが、間違ってもトゥーの後ろではなく横だろう。ぬいは背筋を伸ばしてそこまでたどり着くと顔を上げた。
目の前には水晶でできた冠を被った皇帝が堂々と立っている。髪の色はミレナと一緒であるが顔のつくりはあまり似ていない。
おそらく彼女は母親似なのだろう。唯一の相違は涼やかな目元であった。
ぬいを見ると、皇帝と言うよりは近所のおじさんのような、親し気な笑みを浮かべる。
「そして、新たに顕現した異邦者ヌイである」
顔を遠くに向け宣言した瞬間、表情が皇帝のものに切り替わる。ぬいは先ほどのトゥーに倣って礼をした。
「どうか、このかつて神であった者たちに祝福と安寧を。末永きこの国の平和を願って」
皇帝が胸元に手を当て、祈りの仕草を取る。
「神々よ、日々の見守りに感謝を」
いつもの祈りの言葉を告げると、周りの人たちも大きく復唱した。
◇
挨拶が終わった後、二人は連れ立って控室に来ていた。
とは言っても、慌ただしく着飾られているミレナに対し、ぬいは軽く化粧を直されているだけである。
「勇者さま……本当にかっこよかったです」
ミレナはトゥーの堂々とした態度が忘れられないのか、頬を染めてボーっとしている。
確かにトゥーの対応は立派なものであった。一見考えなしの無鉄砲に見えるが、ちゃんとぬいに対する気遣いがあった。
あの派手な面も、おそらく自分に目を向けさせるためだろう。そのおかげか、やたらめったら絡まれるようなことはなかった。
少しの間が空いたが、ミレナはすぐに我に返りハッとした顔でぬいのことを見る。
「すみません。変にどう行動するかを説明しては、かえって緊張してしまうかと思いまして」
そうするように、おそらくトゥーがミレナに言ってあったのだろう。
「びっくりしたけど、むしろあの程度でよかったの?」
ぬいがしたことと言えば、お辞儀をしただけである。一言も発してすらいない。
「ええ、皇族が揃って複数の異邦者を独占するのは、よくありませんから」
「なるほど」
ぬいとしても、皇族や貴族の人たちと挨拶周りをするのは遠慮願いたかった。
「この後って、どうすればいいの?」
「好きに過ごしてくださって構いません。わたくしは残念ながら、共に居ることはできませんので」
ミレナは申し訳なさそうに言う。
「もし嫌になって、帰りたければいつでも出ても大丈夫です。ヌイさまの行動は制限されませんから」
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