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本編
28:神官皇女と共に③
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「急に失礼しますが、次の週末はお暇でしょうか?」
部屋にミレナがやってくると、いつも通り話をした。一通り聞き終わったあと遠慮がちにそう言った。
「うん、特にこれといった用はないよ」
ぬいの週末の過ごし方は勉強か買い食いだけである。特に親しい友人はミレナしかいない。
積み重ねた努力のおかげか、ようやく基本的な文字が読めるようになってきた。なんの変化の兆しもない御業とは大違いである。
「でしたら……その」
ミレナは言いづらそうに口ごもる。ぬいはせかすことなく、黙って待っていた。
「わたくしと一緒に水晶宮へ行って、夜会に参加してもらえないでしょうか」
「へ?」
予想外の誘いにぬいは口をぽかんと開けてしまう。
「異邦者を極端に束縛するのは推奨されていません。ですが、勇者様の偉業を放っておくことはできず、称える会を開こうという話になりまして。それならもう一人を呼ばなければ、ただの特別扱いになってしまうと」
「あー……わたしはおまけってことか」
ぬいはここへきて特に何もしていない。重教義違反者を捕えたのは、ノルとトゥーの功績である。
「もちろん、無理強いはいたしません。ヌイさまは衆目にさらされるのは、あまり好きでないと思いますし」
前に出かけた時、ミレナに対する視線を気にしていたことを気づいていたらしい。
「まあ、その通りなんだけど。できればしたくないってだけで、できないわけじゃないんだ。水晶宮ってさ、ここで一番高いあの建物だよね」
「はい」
ぬいはノルの強奪事件の後、必死に目指し心の支えにした水晶の塔を思い出す。あれは宮殿の一部だろう。
「夜会ってことは、おいしいご飯たくさん出るよね?」
「もちろんです。珍味から上質な素材を使った食事など、幅広く用意されます」
「なら行く」
その言葉を聞いた瞬間、ぬいは即答した。
「本当ですか?ヌイさまがいらしてくださるのなら、とても心強いです」
ミレナは嬉しそうに手を合わせると破顔する。
「あ……でもわたし、そういうところに着ていく服ないよ」
ぬいの給金のほとんどは食事代へと消えていく。旅資金はなかなか溜まらずにいた。
「もちろん、こちらの要請ですから用意いたします。今度採寸に行きましょう」
「覚えておかないといけない、礼儀作法とかある?」
「ヌイさまの所作は美しいですし、失礼にあたるような文化の差はないように思えます」
ぬいはホッとする。また別のマナー教育を受けなければならないのかと、身構えていたからである。
「あと、ここの政治体制が今一つよくわからないんだけど。誰に一番に挨拶するとか、偉いとか、そういうのある?」
帝国と名がついているからには、皇族が支配権を握っているかのように思える。
しかし、ミレナは普通に街中を出歩いているし敬われる様子はない。それどころか、教皇の方が崇拝されているように見える。
「昔は絶対君主制で、皇族がすべての決定権を握っていました。その名残で帝国と名を冠しております。ですが、実際は皇帝と市民の代表。それに加え、毎回違う貴族の代表が話し合って決めます」
貴族と聞くと傲慢な搾取者のように思ってしまいがちだ。だが、ここでは何らかの役目を背負い財力を持ち、市民との橋渡しをするような存在なのだろう。
どうりで街中に横暴な貴族や暴漢を見かけないわけである。水晶国の治安はすこぶる良い。
「ヴァーツラフは加わらないの?」
「教皇さまはあまりにも教義に反していた場合、実力行使で抑える役目……いえ、常ではありませんね。その、動くときもあります。細かいことに口は出しません」
あまりにもらしい回答である。
「はるか昔の長い戦乱の後、神々がここではそうするように決められたのです。それから体制は変わっておりません」
「なるほど。じゃあ、特にどうするとか決まりはないんだね」
「ええ、挨拶をしたあとはお好きに過ごしてくださって、大丈夫です」
部屋にミレナがやってくると、いつも通り話をした。一通り聞き終わったあと遠慮がちにそう言った。
「うん、特にこれといった用はないよ」
ぬいの週末の過ごし方は勉強か買い食いだけである。特に親しい友人はミレナしかいない。
積み重ねた努力のおかげか、ようやく基本的な文字が読めるようになってきた。なんの変化の兆しもない御業とは大違いである。
「でしたら……その」
ミレナは言いづらそうに口ごもる。ぬいはせかすことなく、黙って待っていた。
「わたくしと一緒に水晶宮へ行って、夜会に参加してもらえないでしょうか」
「へ?」
予想外の誘いにぬいは口をぽかんと開けてしまう。
「異邦者を極端に束縛するのは推奨されていません。ですが、勇者様の偉業を放っておくことはできず、称える会を開こうという話になりまして。それならもう一人を呼ばなければ、ただの特別扱いになってしまうと」
「あー……わたしはおまけってことか」
ぬいはここへきて特に何もしていない。重教義違反者を捕えたのは、ノルとトゥーの功績である。
「もちろん、無理強いはいたしません。ヌイさまは衆目にさらされるのは、あまり好きでないと思いますし」
前に出かけた時、ミレナに対する視線を気にしていたことを気づいていたらしい。
「まあ、その通りなんだけど。できればしたくないってだけで、できないわけじゃないんだ。水晶宮ってさ、ここで一番高いあの建物だよね」
「はい」
ぬいはノルの強奪事件の後、必死に目指し心の支えにした水晶の塔を思い出す。あれは宮殿の一部だろう。
「夜会ってことは、おいしいご飯たくさん出るよね?」
「もちろんです。珍味から上質な素材を使った食事など、幅広く用意されます」
「なら行く」
その言葉を聞いた瞬間、ぬいは即答した。
「本当ですか?ヌイさまがいらしてくださるのなら、とても心強いです」
ミレナは嬉しそうに手を合わせると破顔する。
「あ……でもわたし、そういうところに着ていく服ないよ」
ぬいの給金のほとんどは食事代へと消えていく。旅資金はなかなか溜まらずにいた。
「もちろん、こちらの要請ですから用意いたします。今度採寸に行きましょう」
「覚えておかないといけない、礼儀作法とかある?」
「ヌイさまの所作は美しいですし、失礼にあたるような文化の差はないように思えます」
ぬいはホッとする。また別のマナー教育を受けなければならないのかと、身構えていたからである。
「あと、ここの政治体制が今一つよくわからないんだけど。誰に一番に挨拶するとか、偉いとか、そういうのある?」
帝国と名がついているからには、皇族が支配権を握っているかのように思える。
しかし、ミレナは普通に街中を出歩いているし敬われる様子はない。それどころか、教皇の方が崇拝されているように見える。
「昔は絶対君主制で、皇族がすべての決定権を握っていました。その名残で帝国と名を冠しております。ですが、実際は皇帝と市民の代表。それに加え、毎回違う貴族の代表が話し合って決めます」
貴族と聞くと傲慢な搾取者のように思ってしまいがちだ。だが、ここでは何らかの役目を背負い財力を持ち、市民との橋渡しをするような存在なのだろう。
どうりで街中に横暴な貴族や暴漢を見かけないわけである。水晶国の治安はすこぶる良い。
「ヴァーツラフは加わらないの?」
「教皇さまはあまりにも教義に反していた場合、実力行使で抑える役目……いえ、常ではありませんね。その、動くときもあります。細かいことに口は出しません」
あまりにもらしい回答である。
「はるか昔の長い戦乱の後、神々がここではそうするように決められたのです。それから体制は変わっておりません」
「なるほど。じゃあ、特にどうするとか決まりはないんだね」
「ええ、挨拶をしたあとはお好きに過ごしてくださって、大丈夫です」
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