27 / 139
本編
26:神官皇女と共に①
しおりを挟む
「ヌイさま!先日はありがとうございました」
部屋にやってきて、まずミレナは感謝を告げた。あまりにも唐突すぎて意味が分からず、ぬいは首をかしげる。
「なんのこと?」
「勇者さまのことです!わたくしを選んでくれましたし、なにより……うふふふ」
頬を赤くしながら、過去のことを思い出しているようである。まさか言えるはずもない、理由はあれどあの場所から一番近かったからなど。
「それとヌイさまにもう一つ感謝と謝罪を。今までわたくしの身勝手な行動にお付き合いいただき、ありがとうございました」
ミレナは神官服をつまむと軽くひざを折った。ぬいはそれを膝を痛めそうな作法だと思いながら見ていた。
「ううん、ミレナちゃんは暴走してたって言っても、ちゃんと聞いたら教えてくれてたよ。それに食べ物くれたしね」
あの時の施しが無ければ、ぬいはもっとひもじい思いをしていただろう。
「ですが案内役として、異邦者さまの望みをサポートできておりませんでした。誠に申し訳ございません」
「なんだかんだでなんとかなったし、今更気にしなくていいよ」
ぬいは軽く言う。お腹がすいて倒れそうになったが、本当にひどい目にあってはいない。一番辛かったのはノルに荷物を取られてからで、それはまだミレナと出会う前だ。
その怒りすらも、最近はあまり気にしなくなってきている。ノルが例え嫌っていて、もきちんと説明してくれたからだろう。
「ヌイさま……わたくし出自もありますが、それがなくても敬遠されがちなんです」
ミレナは悲しそうに目を伏せる。長い金色のまつ毛が震えているのがよく見えた。
「ここですと、普通の対応をしてくれるのは枢機卿と教皇さまだけで。年の近い同性の友人がいなかったのです」
どう見ても彼女はヌイよりかなり年下だ。だがあえて突っ込むことはしなかった。
「そりゃあ、ミレナちゃんはきれいだからね」
ぬいはあまり人の美醜に頓着しないが、ミレナは美術品のような美しさがある。よく見てみれば、並みの容姿ではない。
「そっ、そんなことないです。わたくしのお姉さま方のほうがもっと、中身も伴って落ち着いていて、素晴らしい人たちなんです」
どうやら二人の姉と兄がいるらしい。ぬいはいつも通り、うんうんと話を聞いていた。
「わたしも同じようなもんだ……いや、違うね。ヴァーツラフだけだ。相変わらず神官たちには避けられるしね」
「それは……その異邦者を極端に敬うべからず。それは神ではない。最早ただの人間だと教典に書いてあり、それを教え込まれているからです」
まるで誰かが、できるだけ特別扱いされないようにと、あらかじめ組み込んでおいたようだ。実際前にいた誰かがそうしたのだろう。
ぬいは石を投げつけられるようなことがなければ、それでいいと考えている。
「それに神官たちは毎日神の教えと対峙し、御業を使いこなせる方が多いのです。それゆえに、なんとなくヌイさまが他と違うのだと。すぐに分かってしまうのが原因だと思います」
「ミレナちゃんもわかるの?」
「……はい」
ぬいは体から何か出ているのだろうと見てみる。もちろん、そんなものはない。
「神聖な何かを感じるが、特別扱いをするなと教えられたジレンマとで、どうしたらいいかわからないのと……堕神の存在です」
ぬいはもう一度確認するが、やはり何もわからない。
「ここは教皇さまがお守りくださっています。外でもウルバ、セドニク、スヴァトプルクの御三家が守りを固めていますので、滅多なことで事故は起きません。それにこの三家がどうなろうとも、神官騎士たちが居ります」
だとしたら、ノルの場合滅多なことが起きてしまったのだろう。三つも家があるにも関わらず、前線に立っていたのはノルの両親のみだった。
他の二家は別の場所か広範囲に守りを施していたのだろう。
「大きな災害や嵐が起きるとき、それは決まって堕神のせいとされます。建国以前に暴れまわっていた背景があるのですが、それゆえに怖いのでしょう」
ぬいはようやく避けられる理由に納得ができた。そして、罵倒や実力行使に出ない神官たちの心根を見直した。
「ですが、わたくしはヌイさまのことを存じております。どんなお人柄が知っています。ですので……」
ミレナはきっと、自分がされたことと同じことをしたくなかったのだろう。たぐいまれな容姿と出自、基本的には穏やかな人柄から逆に敬遠されてしまう。ぬいと理由は真逆である。
「わたしもだよ。今更敬わないと、最端の雷光嵐に突き出すぞーとか言わないでしょ?」
軽い気持ちで冗談を言ったが、彼女は飛び上がるようにして身を抱える。
「そっ、そんなこと並みの犯罪者でもいたしませんよ……もちろんです」
ミレナはそう言っているが、皇族の大事な末妹に、黒く暗い事実を明かすことはしまい。ぬいは頷くがノルの方を信じることにした。
「わたくし、もっとヌイさまのことを知りたいです。好きな食べ物や、好きなことや」
「食べ物は大体好きだし、こと……うーん、色んな物や建造物、そこに住む人を見るのが好きかな。背景や歴史を想像するのが楽しくて。もちろん自然も好きだけど」
最早日常となってしまったが、礼拝堂や街の雰囲気をぬいは気に入っていた。
「他の街にはすぐ行けませんし、せっかくなので外で食事をしませんか?」
「うん、いいよ」
部屋にやってきて、まずミレナは感謝を告げた。あまりにも唐突すぎて意味が分からず、ぬいは首をかしげる。
「なんのこと?」
「勇者さまのことです!わたくしを選んでくれましたし、なにより……うふふふ」
頬を赤くしながら、過去のことを思い出しているようである。まさか言えるはずもない、理由はあれどあの場所から一番近かったからなど。
「それとヌイさまにもう一つ感謝と謝罪を。今までわたくしの身勝手な行動にお付き合いいただき、ありがとうございました」
ミレナは神官服をつまむと軽くひざを折った。ぬいはそれを膝を痛めそうな作法だと思いながら見ていた。
「ううん、ミレナちゃんは暴走してたって言っても、ちゃんと聞いたら教えてくれてたよ。それに食べ物くれたしね」
あの時の施しが無ければ、ぬいはもっとひもじい思いをしていただろう。
「ですが案内役として、異邦者さまの望みをサポートできておりませんでした。誠に申し訳ございません」
「なんだかんだでなんとかなったし、今更気にしなくていいよ」
ぬいは軽く言う。お腹がすいて倒れそうになったが、本当にひどい目にあってはいない。一番辛かったのはノルに荷物を取られてからで、それはまだミレナと出会う前だ。
その怒りすらも、最近はあまり気にしなくなってきている。ノルが例え嫌っていて、もきちんと説明してくれたからだろう。
「ヌイさま……わたくし出自もありますが、それがなくても敬遠されがちなんです」
ミレナは悲しそうに目を伏せる。長い金色のまつ毛が震えているのがよく見えた。
「ここですと、普通の対応をしてくれるのは枢機卿と教皇さまだけで。年の近い同性の友人がいなかったのです」
どう見ても彼女はヌイよりかなり年下だ。だがあえて突っ込むことはしなかった。
「そりゃあ、ミレナちゃんはきれいだからね」
ぬいはあまり人の美醜に頓着しないが、ミレナは美術品のような美しさがある。よく見てみれば、並みの容姿ではない。
「そっ、そんなことないです。わたくしのお姉さま方のほうがもっと、中身も伴って落ち着いていて、素晴らしい人たちなんです」
どうやら二人の姉と兄がいるらしい。ぬいはいつも通り、うんうんと話を聞いていた。
「わたしも同じようなもんだ……いや、違うね。ヴァーツラフだけだ。相変わらず神官たちには避けられるしね」
「それは……その異邦者を極端に敬うべからず。それは神ではない。最早ただの人間だと教典に書いてあり、それを教え込まれているからです」
まるで誰かが、できるだけ特別扱いされないようにと、あらかじめ組み込んでおいたようだ。実際前にいた誰かがそうしたのだろう。
ぬいは石を投げつけられるようなことがなければ、それでいいと考えている。
「それに神官たちは毎日神の教えと対峙し、御業を使いこなせる方が多いのです。それゆえに、なんとなくヌイさまが他と違うのだと。すぐに分かってしまうのが原因だと思います」
「ミレナちゃんもわかるの?」
「……はい」
ぬいは体から何か出ているのだろうと見てみる。もちろん、そんなものはない。
「神聖な何かを感じるが、特別扱いをするなと教えられたジレンマとで、どうしたらいいかわからないのと……堕神の存在です」
ぬいはもう一度確認するが、やはり何もわからない。
「ここは教皇さまがお守りくださっています。外でもウルバ、セドニク、スヴァトプルクの御三家が守りを固めていますので、滅多なことで事故は起きません。それにこの三家がどうなろうとも、神官騎士たちが居ります」
だとしたら、ノルの場合滅多なことが起きてしまったのだろう。三つも家があるにも関わらず、前線に立っていたのはノルの両親のみだった。
他の二家は別の場所か広範囲に守りを施していたのだろう。
「大きな災害や嵐が起きるとき、それは決まって堕神のせいとされます。建国以前に暴れまわっていた背景があるのですが、それゆえに怖いのでしょう」
ぬいはようやく避けられる理由に納得ができた。そして、罵倒や実力行使に出ない神官たちの心根を見直した。
「ですが、わたくしはヌイさまのことを存じております。どんなお人柄が知っています。ですので……」
ミレナはきっと、自分がされたことと同じことをしたくなかったのだろう。たぐいまれな容姿と出自、基本的には穏やかな人柄から逆に敬遠されてしまう。ぬいと理由は真逆である。
「わたしもだよ。今更敬わないと、最端の雷光嵐に突き出すぞーとか言わないでしょ?」
軽い気持ちで冗談を言ったが、彼女は飛び上がるようにして身を抱える。
「そっ、そんなこと並みの犯罪者でもいたしませんよ……もちろんです」
ミレナはそう言っているが、皇族の大事な末妹に、黒く暗い事実を明かすことはしまい。ぬいは頷くがノルの方を信じることにした。
「わたくし、もっとヌイさまのことを知りたいです。好きな食べ物や、好きなことや」
「食べ物は大体好きだし、こと……うーん、色んな物や建造物、そこに住む人を見るのが好きかな。背景や歴史を想像するのが楽しくて。もちろん自然も好きだけど」
最早日常となってしまったが、礼拝堂や街の雰囲気をぬいは気に入っていた。
「他の街にはすぐ行けませんし、せっかくなので外で食事をしませんか?」
「うん、いいよ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる