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本編
26:神官皇女と共に①
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「ヌイさま!先日はありがとうございました」
部屋にやってきて、まずミレナは感謝を告げた。あまりにも唐突すぎて意味が分からず、ぬいは首をかしげる。
「なんのこと?」
「勇者さまのことです!わたくしを選んでくれましたし、なにより……うふふふ」
頬を赤くしながら、過去のことを思い出しているようである。まさか言えるはずもない、理由はあれどあの場所から一番近かったからなど。
「それとヌイさまにもう一つ感謝と謝罪を。今までわたくしの身勝手な行動にお付き合いいただき、ありがとうございました」
ミレナは神官服をつまむと軽くひざを折った。ぬいはそれを膝を痛めそうな作法だと思いながら見ていた。
「ううん、ミレナちゃんは暴走してたって言っても、ちゃんと聞いたら教えてくれてたよ。それに食べ物くれたしね」
あの時の施しが無ければ、ぬいはもっとひもじい思いをしていただろう。
「ですが案内役として、異邦者さまの望みをサポートできておりませんでした。誠に申し訳ございません」
「なんだかんだでなんとかなったし、今更気にしなくていいよ」
ぬいは軽く言う。お腹がすいて倒れそうになったが、本当にひどい目にあってはいない。一番辛かったのはノルに荷物を取られてからで、それはまだミレナと出会う前だ。
その怒りすらも、最近はあまり気にしなくなってきている。ノルが例え嫌っていて、もきちんと説明してくれたからだろう。
「ヌイさま……わたくし出自もありますが、それがなくても敬遠されがちなんです」
ミレナは悲しそうに目を伏せる。長い金色のまつ毛が震えているのがよく見えた。
「ここですと、普通の対応をしてくれるのは枢機卿と教皇さまだけで。年の近い同性の友人がいなかったのです」
どう見ても彼女はヌイよりかなり年下だ。だがあえて突っ込むことはしなかった。
「そりゃあ、ミレナちゃんはきれいだからね」
ぬいはあまり人の美醜に頓着しないが、ミレナは美術品のような美しさがある。よく見てみれば、並みの容姿ではない。
「そっ、そんなことないです。わたくしのお姉さま方のほうがもっと、中身も伴って落ち着いていて、素晴らしい人たちなんです」
どうやら二人の姉と兄がいるらしい。ぬいはいつも通り、うんうんと話を聞いていた。
「わたしも同じようなもんだ……いや、違うね。ヴァーツラフだけだ。相変わらず神官たちには避けられるしね」
「それは……その異邦者を極端に敬うべからず。それは神ではない。最早ただの人間だと教典に書いてあり、それを教え込まれているからです」
まるで誰かが、できるだけ特別扱いされないようにと、あらかじめ組み込んでおいたようだ。実際前にいた誰かがそうしたのだろう。
ぬいは石を投げつけられるようなことがなければ、それでいいと考えている。
「それに神官たちは毎日神の教えと対峙し、御業を使いこなせる方が多いのです。それゆえに、なんとなくヌイさまが他と違うのだと。すぐに分かってしまうのが原因だと思います」
「ミレナちゃんもわかるの?」
「……はい」
ぬいは体から何か出ているのだろうと見てみる。もちろん、そんなものはない。
「神聖な何かを感じるが、特別扱いをするなと教えられたジレンマとで、どうしたらいいかわからないのと……堕神の存在です」
ぬいはもう一度確認するが、やはり何もわからない。
「ここは教皇さまがお守りくださっています。外でもウルバ、セドニク、スヴァトプルクの御三家が守りを固めていますので、滅多なことで事故は起きません。それにこの三家がどうなろうとも、神官騎士たちが居ります」
だとしたら、ノルの場合滅多なことが起きてしまったのだろう。三つも家があるにも関わらず、前線に立っていたのはノルの両親のみだった。
他の二家は別の場所か広範囲に守りを施していたのだろう。
「大きな災害や嵐が起きるとき、それは決まって堕神のせいとされます。建国以前に暴れまわっていた背景があるのですが、それゆえに怖いのでしょう」
ぬいはようやく避けられる理由に納得ができた。そして、罵倒や実力行使に出ない神官たちの心根を見直した。
「ですが、わたくしはヌイさまのことを存じております。どんなお人柄が知っています。ですので……」
ミレナはきっと、自分がされたことと同じことをしたくなかったのだろう。たぐいまれな容姿と出自、基本的には穏やかな人柄から逆に敬遠されてしまう。ぬいと理由は真逆である。
「わたしもだよ。今更敬わないと、最端の雷光嵐に突き出すぞーとか言わないでしょ?」
軽い気持ちで冗談を言ったが、彼女は飛び上がるようにして身を抱える。
「そっ、そんなこと並みの犯罪者でもいたしませんよ……もちろんです」
ミレナはそう言っているが、皇族の大事な末妹に、黒く暗い事実を明かすことはしまい。ぬいは頷くがノルの方を信じることにした。
「わたくし、もっとヌイさまのことを知りたいです。好きな食べ物や、好きなことや」
「食べ物は大体好きだし、こと……うーん、色んな物や建造物、そこに住む人を見るのが好きかな。背景や歴史を想像するのが楽しくて。もちろん自然も好きだけど」
最早日常となってしまったが、礼拝堂や街の雰囲気をぬいは気に入っていた。
「他の街にはすぐ行けませんし、せっかくなので外で食事をしませんか?」
「うん、いいよ」
部屋にやってきて、まずミレナは感謝を告げた。あまりにも唐突すぎて意味が分からず、ぬいは首をかしげる。
「なんのこと?」
「勇者さまのことです!わたくしを選んでくれましたし、なにより……うふふふ」
頬を赤くしながら、過去のことを思い出しているようである。まさか言えるはずもない、理由はあれどあの場所から一番近かったからなど。
「それとヌイさまにもう一つ感謝と謝罪を。今までわたくしの身勝手な行動にお付き合いいただき、ありがとうございました」
ミレナは神官服をつまむと軽くひざを折った。ぬいはそれを膝を痛めそうな作法だと思いながら見ていた。
「ううん、ミレナちゃんは暴走してたって言っても、ちゃんと聞いたら教えてくれてたよ。それに食べ物くれたしね」
あの時の施しが無ければ、ぬいはもっとひもじい思いをしていただろう。
「ですが案内役として、異邦者さまの望みをサポートできておりませんでした。誠に申し訳ございません」
「なんだかんだでなんとかなったし、今更気にしなくていいよ」
ぬいは軽く言う。お腹がすいて倒れそうになったが、本当にひどい目にあってはいない。一番辛かったのはノルに荷物を取られてからで、それはまだミレナと出会う前だ。
その怒りすらも、最近はあまり気にしなくなってきている。ノルが例え嫌っていて、もきちんと説明してくれたからだろう。
「ヌイさま……わたくし出自もありますが、それがなくても敬遠されがちなんです」
ミレナは悲しそうに目を伏せる。長い金色のまつ毛が震えているのがよく見えた。
「ここですと、普通の対応をしてくれるのは枢機卿と教皇さまだけで。年の近い同性の友人がいなかったのです」
どう見ても彼女はヌイよりかなり年下だ。だがあえて突っ込むことはしなかった。
「そりゃあ、ミレナちゃんはきれいだからね」
ぬいはあまり人の美醜に頓着しないが、ミレナは美術品のような美しさがある。よく見てみれば、並みの容姿ではない。
「そっ、そんなことないです。わたくしのお姉さま方のほうがもっと、中身も伴って落ち着いていて、素晴らしい人たちなんです」
どうやら二人の姉と兄がいるらしい。ぬいはいつも通り、うんうんと話を聞いていた。
「わたしも同じようなもんだ……いや、違うね。ヴァーツラフだけだ。相変わらず神官たちには避けられるしね」
「それは……その異邦者を極端に敬うべからず。それは神ではない。最早ただの人間だと教典に書いてあり、それを教え込まれているからです」
まるで誰かが、できるだけ特別扱いされないようにと、あらかじめ組み込んでおいたようだ。実際前にいた誰かがそうしたのだろう。
ぬいは石を投げつけられるようなことがなければ、それでいいと考えている。
「それに神官たちは毎日神の教えと対峙し、御業を使いこなせる方が多いのです。それゆえに、なんとなくヌイさまが他と違うのだと。すぐに分かってしまうのが原因だと思います」
「ミレナちゃんもわかるの?」
「……はい」
ぬいは体から何か出ているのだろうと見てみる。もちろん、そんなものはない。
「神聖な何かを感じるが、特別扱いをするなと教えられたジレンマとで、どうしたらいいかわからないのと……堕神の存在です」
ぬいはもう一度確認するが、やはり何もわからない。
「ここは教皇さまがお守りくださっています。外でもウルバ、セドニク、スヴァトプルクの御三家が守りを固めていますので、滅多なことで事故は起きません。それにこの三家がどうなろうとも、神官騎士たちが居ります」
だとしたら、ノルの場合滅多なことが起きてしまったのだろう。三つも家があるにも関わらず、前線に立っていたのはノルの両親のみだった。
他の二家は別の場所か広範囲に守りを施していたのだろう。
「大きな災害や嵐が起きるとき、それは決まって堕神のせいとされます。建国以前に暴れまわっていた背景があるのですが、それゆえに怖いのでしょう」
ぬいはようやく避けられる理由に納得ができた。そして、罵倒や実力行使に出ない神官たちの心根を見直した。
「ですが、わたくしはヌイさまのことを存じております。どんなお人柄が知っています。ですので……」
ミレナはきっと、自分がされたことと同じことをしたくなかったのだろう。たぐいまれな容姿と出自、基本的には穏やかな人柄から逆に敬遠されてしまう。ぬいと理由は真逆である。
「わたしもだよ。今更敬わないと、最端の雷光嵐に突き出すぞーとか言わないでしょ?」
軽い気持ちで冗談を言ったが、彼女は飛び上がるようにして身を抱える。
「そっ、そんなこと並みの犯罪者でもいたしませんよ……もちろんです」
ミレナはそう言っているが、皇族の大事な末妹に、黒く暗い事実を明かすことはしまい。ぬいは頷くがノルの方を信じることにした。
「わたくし、もっとヌイさまのことを知りたいです。好きな食べ物や、好きなことや」
「食べ物は大体好きだし、こと……うーん、色んな物や建造物、そこに住む人を見るのが好きかな。背景や歴史を想像するのが楽しくて。もちろん自然も好きだけど」
最早日常となってしまったが、礼拝堂や街の雰囲気をぬいは気に入っていた。
「他の街にはすぐ行けませんし、せっかくなので外で食事をしませんか?」
「うん、いいよ」
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