まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

文字の大きさ
上 下
25 / 139
本編

24:魔道具

しおりを挟む
『なんだよ、ヌイ。今日は休日だってのに』

アンナの家へ行くと、シモンが目をこすりながら出てきた。おそらく昼寝をしていたところだろう。

寝ぼけているのか、言葉が違うがそれにぬいが気付くことはない。

『ごめんね、ちょっとお願いしたいことがあって』

トゥーがシモンに対し、膝をついて視線を合わせる。

『ん……だ……えっ、うそだろ。勇者さま?』

『よくわかったね、その通りだよ』

『うっそだろ、なんで勇者さまが……今までの偉業の数々聞いています!おかげで嫌そうな目で見られたり、煙たがられることもなくなりました』

興奮して矢継ぎ早に話しかけるシモンに対し、彼は優しく頷きながら話を聞く。

その様子をノルはやはり不快そうに見つめている。ぬいとトゥーに対し顔をしかめるのは、最早よくあることである。だが、シモンにもなぜそれを向けるのか。

「あ、そっか。言葉が分からないんだ」

「バカにするな」

あたりだったのか、ノルはさらにしかめっ面になる。

「教養には含まれていないし、読み書きくらいはできる」

まだこの国の文字を完璧に理解できていない、ぬいに対する皮肉だろう。

「うん、それはすごいね。さすがいい育ちだよ」

あの暖かな両親がしっかり教育した賜物だ。もしノルと同年代か下であったら、嫉妬から嫌味を言ってしまっただろう。だがぬいは年上である。軽く肩を叩くとノルは嫌そうに払った。





『頼みたいことは二つ。一つ目は魔力測定機械の借用、もう一つは契約の魔法紙だね』

そう言うと、トゥーは机の上に小さな袋を置いた。音からして中身は金貨だろう。

『いいけど、魔法紙なんて何に使うんだ?まあ顧客の秘密は気にしちゃだめか』

シモンは訝し気に尋ねる。

『あのさ、悪いけど、言葉をこの国のものにしてくれる?ノルくんがわからないから』

『えっ、俺いつの間にか別の言葉話してた?またやっちゃった……』

トゥーは申し訳なさそうに、ノルのことを見る。彼は案の定舌打ちすると、一睨みした。

「わかった……アンナつれてくる。ひとり、わからない」

しばらくすると、シモンがアンナを連れて戻ってきた。ちょうど作業中だったのか、髪の毛をバンダナで一つにまとめていた。

「勇者さま。こんなところへよくぞお越しくださいました」

アンナはトゥーの面を見ると、少し驚いたように言った。

「いいえ、はじめまして。突然の訪問失礼いたしました」

「これ……はかるやつ」

シモンが机の上に器具らしきものを置く。かなり年月が経っているのか所々さびている。しかし、それが骨董品のような雰囲気を醸し出していた。中央には赤色の宝石がはめ込まれ、それだけが鈍く輝いている。

「天秤?」

ぬいが聞くと、アンナとシモンが頷いた。

「みほん、見せる」

そう言うと、シモンが手をかざす。

『魔神アール・マティよ、授かりし力の片鱗をここに』

するとはめ込まれた赤い宝石が輝きだし、天秤の右側がほんのわずかに傾いた。

「普通は良くてこれくらい。大きな魔力持ちは特権階級の人がほとんどなので」

アンナが自分も同じくらいであることを告げる。シモンが手を離すと、天秤は元に戻った。

「大丈夫?すごく疲れてるように見えるけど?」

額には汗が浮かび、酷くだるそうにしていた。目に力もない。

「魔法……つかれる」

そう言うとシモンはふらつきながら、ソファに身を投げ出すように倒れ込んだ。

「やはり御業とは大違いだな」

ノルはバカにするようにというよりは、事実をそのまま告げる。

「何のリスクもなしに、生まれの差も関係ない御業は本当にすごい。おかげで病も完治しました」

アンナは昔を思い出したのか、少し陰のある表情になる。

「よっし、楽しみだ。やっぱり魔法って夢があるよな」

トゥーは腕まくりすると、天秤に手をかざす。

『魔神アール・マティよ、授かりし力の片鱗をここに』

すると、先ほどと同じように宝石が輝く。ただシモンの時と比べ、ほんの少し光が弱く天秤は少しだけ左に傾いた。

ぬいが首をかしげていると、うめき声が聞こえる

「っう……もうだめだ」

トゥーはそう言うと、そのまま重心を失ったかのように背後に倒れた。もちろんその後ろに居たノルは避けた。背中を打ち付ける音が響く。

「いって、あー……なんか目が回る」

「測定機におかしなところはない……その勇者さま。大変言いづらいのですが、殆ど魔力がないようです」

アンナが申し訳なさそうに言う。

「マジか、この様子からしてそうだと思ったけど。ちょっとショックだ。残念すぎる……」

事実にさらなる衝撃を受けたのか、声が沈んでいる。

「うっわ、からだ重すぎる。指すら動かせないって。頼む、ノル。俺に御業をかけてくれ」

「断る」

すかさずノルが返事をした。

「いや、頼むって。このままじゃ迷惑かけるから。それかノルが俺のこと担いで、家に連れ帰ってくれるならいいけど」

さすがにそちらの方が嫌だったのか、ノルはため息を吐く。トゥーが倒れているすぐ横に膝をつくと、両手を組む。

「我らが神たちよ、良き隣人に立ち上がる力をお授けください」

聖句を唱え終わると、ノルは立ち上がる。

「これでいいだろう。さっさと立ち上がったらどうだ?」

「……どうしよう。何も変わらない」

「は?僕はちゃんと御業を使ったはずだが」

「魔力の枯渇に御業は効かないんだよ。回復する手段は森林国で作られた薬剤のみだね」

アンナはすぐに口をはさめなかったことを謝罪する。

「え、そんなの持ってないし……どうしよう。あ、そっか。ノルが俺を「断る」

今度は間髪入れずに即答した。ノルのぬいに対する態度もいいものではなかったが、トゥーに対してはさらにぞんざいだ。同性ということも原因の一つだろう。

「ひどいな~ここから近くとなると……ミレナを呼んできてもらえる?」

またノルが断ろうと口を開くが、その前にぬいが返事をする。

「分かった、ちょっと待ってて」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜

白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか? ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...