まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

22:御業

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ある日の休日。ようやくノルとの浄化作業から解放されたぬいは街中を歩いていた。

目的は買い食いもあるが、今日は読み書きの練習をするため、いい所はないかと探し回っていた。

その結果、落ち着ける場所よりもすぐに買えるご飯の方に目が行ってしまい、いつも通り両手に抱えていた。そろそろすべて完食しそうになったとき、不機嫌そうな声が聞こえた。

「堕神、ちょっと来い」

後方不注意になっていたせいで、驚きながら振り向いた。数日振りに会ったノルは苦虫をつぶしたような顔で立っていた。

前はその態度と呼び方に対し、ぬいは不服に感じていた。理由を知った今としては、あまり非難する気にはなれない。

「あ、ノルくん。あれからケガの様子はどう?」

ぬいは一瞬迷ったが、元通り名で呼ぶことにした。最初の暴挙に出た理由が判明し、実際に接してみて性格はともかく、人としてねじ曲がっていないことが分かったからである。

急に元のように名を呼んできたのが気に障ったのか、彼は眉を顰めた。

「人の目がある中で、そう言うのはやめろ。いいからついて来い」

ノルはぬいの手をつかもうとしたが、顔をしかめてやめた。目を見ると鼻で笑い、そのまま先へ歩いて行った。

ぬいはもはやそのような態度は気にしていない。理由が理由であるし、何より隠さずに感情を表に出すことがそう嫌いではないからである。

子供を見るような視線を送りながら、大人しく後を追った。



二人が入った店は落ち着いた雰囲気であるが、どこか耽美で昼に入るようなところではない。

店自体は悪くないが窓が少なく、彼が選んだ席は完全なる個室である。

「ノルくん、こんな昼間からお酒でも飲むの?」

不思議そうに聞くと、彼は目を細める。小悪党気味な容姿がさらに強調される。ぬいはこれから、なにか悪い取引でもするような気分に陥った。

「……いいか、二度と体調に関して人前で言うな」

「なんで?心配するのは当たり前のことでしょ?それともここでは違うの?」

「この国には御業がある……これだから堕神は」

ノルは額に手を当てると、呆れたようにため息をついた。

「わたしはここ出身じゃないから、何もわからないんだ。前から思ってたけど、御業ってどの程度まで治せるの?」

目に見て分かる、酷いケガを治す場面をぬいは見たことがない。ゆえにずっと不思議に思っていたのである。

「そんなこともわからないのか」

バカにするように笑みを浮かべながら、皮肉たっぷりに言った。

「うん、わからないよ。だから教えて」

まっすぐに答えると、ノルはさすがにひねくれた態度を取り辛くなったのか、しぶしぶ教えてくた。


――曰く、御業はどんな不治の病であろうと完治することができる。

風邪をひいても、御業を使えば一時間程度でなかったことにすることが可能だ。

ただ原因が栄養不足や不摂生の場合、改善させなければまたぶり返すという繰り返しになるらしい。

魔法のように一瞬で消滅させることは、できないそうだ。

あくまでそのケガや病の元を急速に小さくしていくらしい。患者自身の体力がなければ、病をどうにかしようとも手遅れな場合はある。

もちろん心臓が止まってしまえば、その時点で処置は不可能だ。


御業を使う信徒限定で、教義に大きく反した者だけに一種の鎮静をもたらす例外はあるが、精神的な病に関してはあまり効かないそうだ。

制限は色々とあるが、病を治すためにこの国へ来る人は途絶えないらしい。アンナたちもそんな人たちの一部だったのだろう。

「そっか、この国だともう悩まなくていいんだ」

ぬいは自分の発した声が、想像以上に震えているに気づいた。なぜ今の言葉が出たのかよくわからない。

ハッとした表情で顔を上げると、机に涙が落ちる音がする。

「ごめんね、なんだかな。人前で泣くことなんて、無かったと思うんだけど」

零れ落ちる涙とは対照的にぬいは冷静だった。ハンカチを取り出すと目に当てる。

ノルは何も言わなかった、居づらそうに斜め前を向いている。珍しく文句を言うことなく、ぬいが落ち着くまでただ黙っていた。

しばらくしてようやく涙が止まると、次は別の質問を投げかけた。

「病を治すためにたくさん人が来るって言ってたけど、ほかの国はどうしてるの?そもそもここ周辺ってどうなってるの?」

ぬいは勉強用のノートを取り出すと机に置く。空いている箇所を探すためにページをめくる。

その際に読み書き練習の跡を見られたが、特に何かを言われることはなかった。

ノルは大人しく差し出されたペンを手に取ると、簡単に地図を描いていく。分かりやすく説明するためか、驚くほどにシンプルだった。

三本線を引くと、上から順に三つの国名を書いていく。だが、ぬいに読めるわけがない。

「なんて書いてあるの?」

「上から順に我が国、水晶帝国、魔法連邦国、森林共和国だ」

特に嫌な顔もされず、普通に答えてくれた。ノルは上の方に丸をつけるとそこに文字を書く。

「ここが今僕たちが居るところで、首都だ。けど教皇さまがあまりそう称したくないらしく、ただ街と言うこともある」

「本当にこの三か国しかないの?」
訝し気に聞くと、ノルは頷く。

「それの何が変だと言う。君の所はそんなに国が乱立していたのか」

「うん。えーっと確か百を軽く越すくらいはあったよ」

ぬいの回答が予想外だったのか、彼は目を丸くする。神々よと小さくつぶやくと、話の続きをはじめた。

「厳密にいえばこの縦に並ぶ三か国の周りをぐるりと囲むエネルギー地帯のような場所がある。絶えず雷光がはじけ、そこを踏み出した者は例外なく死に至る。骨すら残らない。最端の雷光嵐と呼ばれている」

「こわっ、そこ絶対処刑場として使われてるでしょ」

ノルの無言の肯定にぬいは身震いした。
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