まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

20:その記憶は閲覧禁止

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ぬいは再度まるで宇宙のような、紺色の空間に立っていた。

奥の方には水晶群がそびえたち、左端にノル、その右に男が二人背を向けて棒立ちになっている。

先ほどはよく観察できていなかったが、水晶は無理やり見せられたものと違い、半透明で鏡のように透き通っていた。

それを食い入るように、三人は見つめている。その表情は見えないが、息を吸っているのか心配になるほど動かない。

ノルの元へ向かおうと足を進めると、水晶に見覚えのある子どもが映し出される。


ーーその少女は神童であった。

黒い髪に暗い茶色の瞳。どう見ても幼少時のぬいである。嫌な予感が胸をよぎり、歩みをさらに早めた。

ーー古い名家に生まれ、近年は成功をおさめ豪商ともなった彼女の家。だが両親には問題があった。

「やめて!!」

過去を鮮明に思い出せずとも、拒否反応でぬいは叫んだ。全身に悪寒が走り、吐き気が込み上げてくる。しかしいくら訴えようとも、その上映が止められることはない。

ぬいはノルの屈辱を明確に理解した。これはない、と。

中途半端な歩みを止め、ついに走り出そうとする。

「だめ、ここは通さないよ」

突如目の前に自分自身が現れた。顔から背格好、話し方まですべて同じである。しかし、一つだけ違う点は服装だ。

今のぬいは神官服を着ているが、目の前の偽物はシンプルな青いドレスを着ていた。

それがどこで着ていたものかは思い出せないが、良くない思い出であることは理解できる。

ーーなんでもできた彼女は両親に偽りの愛を与えられていた。しかし成長をするにつれ、彼女は人並みになっていく

「もちろん覚えているよね?だって、わたし自身のことなんだから。両親はわたしのことなんて、大事に思っていなかった。ただの道具。使えないと思ったら、簡単に捨てられる」

進もうとしていたぬいの足は後ろへ下がる。それと同時に偽物は一歩踏み出した。

「……っそ、そのくらいわかってるよ。でも、わたしには」

ぬいは思い出す。暗い記憶は多いが、それだけではなかった。幼少時に支えてくれた存在が確かに居たはずだ。

「今のわたしは大事なことを何一つ思い出せていない、そうだよね?」

偽物は無表情に問いかける。ぬいはついに後退した。相手にせず、逃げて水晶を破壊するかノルに声をかければいい。そう思い、後ろを振り向くが、またすぐそこに偽物が居た。

「だから、無理だよ。自分で自分を制するなんて。わたしは永遠にこのままだ」

偽物は不気味な笑顔を浮かべた。その笑みには覚えがある、昔無理をしてその顔をしていた時期があったからだ。

けれども、大切な誰かに無理をしなくていいと言われ。ぬいは今の表情になった。だが、それが誰か思い出せない。しゃがみ込むと、頭を抱える。

「だれ……どうして、わたしは」

すると偽物は優しくぬいの肩を叩いた。

「安心して、大ヒントをあげる。これを聞けば、あっという間に過去を思い出せるよ。わたしの本当の名前はね「おっと、そうはさせない。お邪魔するよ!!」


あまりに場違いな、さわやかな声が聞こえた。ぬいが顔を上げると、明るい茶色の髪をした青年が水晶群を叩き割っていた。

それが誰かを見る暇もなく、意識は再び薄くなっていった。



ぬいが意識を覚醒させると、目の前には狐面がのぞき込んでいた。距離感がやたらと近い。

「あの、どなたですか?」

「おっ、よかった。起きるの遅かったから、心配してたんだよ」

すぐに後ろへ退くと、手を差し伸べられる。素直にその手を取って、体を起こした。

狐面の青年は声からして、偽物から助けてくれた人物である。面の間から出ている茶色の髪がその証拠だ。

「俺はトゥー。そっちはぬいであってるよね?」

ぬいは首をひねった。どう見ても、目の前の人物に心辺りがないからだ。彼はそのことに気づいたのか、握りこぶしを軽く手のひらに当てる。

「あーそっか……えっと、自分で言うのもなんだけど、勇者とも呼ばれてる。けど、同じ世界出身のぬいには、名前で呼んで欲しいかな」

トゥーは恥ずかしそうに頬をかこうとして、面に邪魔された。いてっと小さくつぶやく声にぬいはくすりと笑いをもらす。

「は?」

トゥーに話しかけようとした瞬間、心底不快そうな声が聞こえた。声の方向を探すと、すぐ近くにノルが居た。

「あっ!そうだ、大丈夫背中?」

ぬいは立ち上がると、ノルの元へ駆け背後に回る。しかし、そうさせてくれなかった。すぐに体を回転される。

「止めろ、背後に回るな」

「でも、傷が……」

背面に回ることはあきらめ、そのまま正面から手を伸ばそうとする。

「触るな!堕神が!」

水晶に無理やり暗部を見せられたせいか、いつもより強く拒絶の声を上げる。伸ばしたぬいの手は強く振り払われ、乾いた音が響いた。

「ごめん。でも、本当に大丈夫?」

あの過去を見たあとでは、堕神と呼ばれることに重みがある。ぬいはなにも非難することができなかった。

「……っく、傷はもう治した。なんで君が」

「だめだよ~ノル。女の子に乱暴しちゃさ」

トゥーの明るい声が聞こえた。ぬいの傍に寄ると、念のためにと言い聖句を唱える。そのおかげで、手に感じていたしびれが和らいだ。

無事に完了したことを確認すると、今度はノルの方へ行き親し気に近寄る。肩を組もうとしたのか、腕を伸ばす。

「止めろ」

冷たい声でノルは杖を振った。当然のようにトゥーは避けると、相変わらずだなと笑い声をあげる。

暗い雰囲気が一気に持ち上げられていくのがわかった。これは本人の気質なのだろう。

「ケガなら俺も手伝って、全回復!元気いっぱいだよ」

トゥーはびしりと親指を突き立てた。この世界では見ない仕草にぬいは同郷の親しみを覚える。だが、あまりにも明るすぎる対応にどうしていいかわからず、ただ頷いた。

「必要ないと言ったのに、無理やり……とんでもない屈辱だ」

「ノルさ、触るなって言うけど。これから俺と一緒に転移するんだから、どうしろって言うんだよ」

軽い口調で彼に言う。

「知るか、勝手に行け。子供じゃあるまいし、僕は一人で帰れる」

宣言通り、背を向けて元の道を戻ろうとする。

「え~、でもヴァーツラフがすぐ連れて来いって言ってるんだけど」

その言葉でノルの足取りは止まった。どうやらトゥーもヴァーツラフに対して、気安い態度を取っているらしい。ぬいは少しだけ安心した。

異邦者は許されているのか、神官にたちになにか言われることはない。これで、安心して本人の意思が尊重できるだろう。

「教皇さまが……そもそもなぜ君がここに来た」

「本当は二人とも、俺のこと行かせたくなさそうだったんだけど、過去映しはさすがにまずいらしくてね」

「……あれの取り扱いが難しいのは、誰でも同じだと思うが」

ノルは不快そうに顔をしかめた。

「なんか俺らの存在意義に関するっぽいらしくてさ。ヴァーツラフが急に来て、頼まれた」

トゥーは楽しそうに笑うが、反対にノルはため息をついた。

「街の外となると、ヴァーツラフは動けないし、ミレナはさすがに転移できない」

「当たり前だ、そうやすやすと行使できるものではない。力があり、一部の選ばれた者のみだ」

「えっ、ノル。俺のこと褒めてくれてる?うれしいな~」

「気持ち悪いことを言うな、吐き気がしてきた」

本当に具合が悪くなってきたのか顔色が悪く、口元を押さえた。

「それならなおさら急がないと!けがは治せても、ここに休める所ないし」

トゥーはちょっとごめんと言うとぬいを横抱きにした。あまりにも自然な動作でそれを行ったため、何も言う隙はない。

だが、その代わりかノルの方から舌打ちが聞こえてきた。どうやら、ぬいのことよりも、トゥーの方が気に食わないらしい。

そのまま飛び上がるようにして、ノルのところへ行くと背中合わせになる。文句を言われているが、トゥーは笑顔のままだ。

「よしっ、じゃあ行くよ~二人とも俺から離れないで」

これから聖句を唱え、水晶を出すのであればどう考えてもぬいは邪魔だ。両手がふさがっていては何も出来ない。

おそらく、腰のベルトに刺さっている長剣には水晶がついているのだろう。

だが、トゥーはそれを触るどころか見もしなかった。

「転移!ヴァーツラフのとこへ」

その言葉はあまりにも短かった。ぬいは前にヴァーツラフが異邦者は簡略化する傾向にあると、そう言っていたのを思い出す。それにしてもこのトゥーという人物は規格外すぎる。

そんなことを考えている間に、転移は完了し、ぬいたちの目の前にはヴァーツラフが立っていた。
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