まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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本編

19:ある青年の過去②

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「いいこと、ノル。今からわたくしのことは母ではなく、先生と呼ぶこと」

母親は赤い簡素なドレスに眼鏡を身に着けている。指示棒のようなものを己の手に軽く叩きつけると、気合を入れていた。

前は御業を使うことで光輝いていたが、今は何の輝きもない。造形は父親の持っていた大きな杖と同じで、おそろいに作られたことが分かる。

「はい、先生」

元気の良い返事に、母親は破顔する。しかしすぐにきりりと教師の顔に戻した。

「よろしい。では我が家のお役目について説明するわ。先日行ったあの水晶群。あそこの真ん中にある、水晶の台座。ノルも見たでしょう?その上に彼らは現れます」

「あれ?でも、父さまがこわしてた」

「そうね。けど、彼らが降臨するときは必ずまたよみがえる。選定され異邦者となるか、堕神となりご帰還していただくか……壊すとも言うけれど」

母親は器用に指示棒をくるくると回しながら、あれ壊すの難しいのよねとつぶやいた。

「いほうしゃって、なに?だしんって、なに?」

「堕神は先日のお姿そのものよ。この地に現れてから正常な判断力を失い、災いをまき散らす状態のこと。異邦者はそうならず、無事にこの教皇さまが住まうこの地までたどり着いた状態のこと。例外もあるらしいけど、わたくしは見たことないわ」

ノルはうんうんと頷くと、手を挙げる。

「いほうしゃとだしん、どっちがおおい?」

「良い質問ね。もちろん堕神の方が多いわ。だからこそ、わたくしたちのお役目は重要なの。間違ってほかの人に当たったら、消し炭になってしまうもの」

母親は何かを思い出したのか、目を伏せる。

「だったら、だいざがでたら、すぐにこわせばいい」

ノルが無垢な瞳で言うが、母親は首を振る。

「いいえ、それは無理よ。彼らが現れ対話をし、堕神に変異した後でない限り、あれを壊すことはできないの。一度落ち着いたら、消えてしまうわ」

「ざんねん……父さま母さま、やすめない」

二人を心配しているというより、構ってほしいからこその言葉だろう。母親は優しく微笑むとノルの頭を撫でた。

「ありがとう。でもそんなに頻繁には現れないし、次に来るのも一か月前にはなんとなくわかるの。スヴァトプルクの血を継いでいる人たちは」

「父さまはわからないの?」

「ええ、そうよ。異邦者にいたっては、おそらく百年に一人いるかいないかってところね。ほかの国でどうなっているかは分からないけど。少なくとも、ここではそうね」

「わかった、ぼくがんばる。早くおおきくなって、父さまや母さまを楽にさせる」

やる気に満ち溢れたノルに母親は頬を緩めるが、すぐにきりりと眉尻を上げた。

「わかりました。わたくしの指導は厳しいわよ。そして、覚えておいて。あなたは一人じゃないって」

愛情に満ちた優しい声とともに、ノルは抱きしめられた。



ーーそれはひと時の優しい夢のように、徐々に薄くなっていく。

次の場面は打って変わって雨が降っていた。雷も鳴っているのか、大きな音とともに辺りが時々眩しく光る。


傘を差さずに両膝をついている少年が居た。激しい雨は体を濡らし、頬からはまるで泣いているかのように雨が流れ落ちる。

「なぜだ!!!」

少年は慟哭した。しかしその質問に答える者はおらず、雷鳴にかき消されている。

両手を地につけると、少年は黒砂のようなものをすくい上げる。水気を含んだそれはまるで泥遊びをしているようにも見える。

少年はそれをそっと地面に置くと、這いつくばるようにして辺りを探る。泥の奥をかき分け、少年は大きな杖と小さな杖を見つけた。

そのままそれを呆然と見つめる。

「衝撃で、これだけ飛んでいったのか」

少年はそれらを手に取ると、かき抱いて背中を丸める。泣いているのか、震えているのか。しばらくそうしていた。

「堕神め……絶対に、許さない!!」

雷の合間に、そう叫ぶと少年は「見るな!!!」




ーー突如、場面が急に変わる。何かに引っ張られるような力を感じると、ぬいは紺色の空間に立っていた。

まるで宇宙のような色合いであるが、周りに生えている水晶たちがそうでないことを告げてくる。

「おっと、ずいぶん早いなあ。気分はどうだ?過去のくれぇ所を他人に見られながら、自分の複製品と戦うのは、あ?」

ノルの方を見ると、近くの足元に何かが消え去った様子だけがわかった。

しかし、そんなことを気にしている場合ではないくらい、彼の顔が暗い。こんな表情は今まで一度も見たことがない。

ぬいは心配になって、ノルの元へ駆け寄るとすぐに目があった。

「堕神……」

「大丈夫?けがは」

言葉の続きを発することができなかった。背中に強い衝撃を受けると、押し倒され首に手をかけられる。

「っく、ははっ、こいつぁ面白い。錯乱して、そのまま殺すか。いいぞ、やれ!」

男は余程面白かったのか、腹を抱えて笑いながら、しきりにあおり続ける。

ぬいはまっすぐノルの瞳を見る。先ほどのような暗闇は感じられない。ただただ、悲しげで泣きそうな瞳だった。首に触れた手はどこか震えている。

「苦しいの?」

特に拘束されていない右手を動かし、目元に手を差し伸べようとした。するとノルはその手を避けるかのように、首にかけた手を放し立ち上がった。

「これは違う、元に戻せ!僕は勝利した!!」

ノルは叫ぶと、杖を振る。あたりの水晶が砕け散る音が鳴り響き、ぬいの意識は一瞬途切れた。



目を覚ますと、前に居た所と違う場所に居た。なぜなら、目を開けた瞬間大量の水晶群が目に入ったからだ。

しかし、この光景には見覚えがある。嫌な予感と共に起き上がる。

「おはよう、そしてしばしの別れを」

ぬいの目の前に大きなどす黒い水晶が差し出される。

すぐに顔をそらそうとしたが、後ろ手を拘束され、頭を捕まれると無理やり向かされる。

そしてまたすぐに意識を失った。
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